第011話「男爵令嬢限定で〇〇な完璧執事」
■04月05日 午後:ジーク暗殺まであと一日半
パーティーへ向かうガタガタと揺れる馬車。
その中で私は目の端で目の前の公爵の執事であるセバスさんを見ていた。
その姿は燕尾服にネクタイ、端正な顔つき、丁寧な物腰、シャキッと言う音が具現化しそうな姿勢と言うどこかの物語で出てくるかのような執事をそのまま出したかのようなものだった。
そんな彼は、私の隣に座るフレイヤを見るなり、大きく息を吸って吐き、足を組むとその口を開き――――
「何で、クソタイムの令嬢がここに居るんだよ。胸糞悪いな。さっさと着かねえかな」
舌打ちと共に今までの評価その全てを台無しにする呟きを吐いていた。
もちろん彼は普段はこのような口を吐かない。
それどころかタイム家以外ではその見た目通りの言動しかしないため、貴族のご婦人たち達の間でファンクラブまで出来ているほどだ。
もちろんタイム家限定でこのような言動をしているのは理由があるのは私も知っていて、死に戻り前もそれを許容していたのだが、彼は今、私とフレイヤが入れ替わっていることは知られていない。
なので、彼が今行っている言動は自分の主人の娘に対して吐いているのと同じであり……
生真面目な彼がそのことを知ったら絶対に責任取ると言って自殺しますよね。
実際に過去にフレイヤに失言したときは、それを止めるのにかなりの労力を使っていましたし。
なので、彼には絶対に私たちが入れ替わっていることは知られてはならず、それに合わせるようにフレイヤも目の奥で涙を貯めながら――――
「申し訳ございません。私もフレイヤ様と共にパーティーの準備で必要と公爵様にお願いされた身なので、しばらくの間ご一緒させてください」
「ちっ、んなの知ってるよ。だから、俺も我慢しているんだよ」
「ありがとうございます!! 感謝します!!」
ああ、今まで無いほど胃がキリキリして、口から血が出てきそう。
セバスさんはセバスさんで無自覚で自分の首を絞めているし、しかもフレイヤはフレイヤで、魔法を使ってまでセバスさんに見えないように『4月5日 セバスに悪口を吐かれた』って、私の手帳に書き始めているし……何で公爵は私三人をこの馬車に入れたんですか!!
……いや、いくらフレイヤのお願いと言っても忙しい公爵が急に予定もなしにパーティー会場に視察するなんてことは出来ないから代理を用意したのは分かるけどさ、もう少し人選と言うものを考えてほしかった。
とはいえ、現状これを止められるのは私だけか。
「セバス、お父さんから言われていると思うけど、リリーは大事なお客様兼、親友なのよ。
もう少し、丁寧な態度で……って、何泣いているんですか!?」
やばい、いきなりセバスさんが泣き始めて思わず素の口調が出てしまった。
「いえ、お嬢様が、いくらクソでゴミ貯めのタイム家の人間とは言え、親友が出来て……
私は嬉しいです。お転婆ですがお優しいお嬢様が何時も一人で居たことを私はずっと気にしていたので……
無意味でゴミカスなタイム家でも使えるゴキブリは居るんですね」
凄い。感動と罵倒って両立するんだ。
まあ、感動しすぎて、私の失言は気づかないでくれて助かったけど。
「たっく、そういう罵倒は心の中で留めておきなさいよ。
はい、ハンカチ。汚いから返さなくて良いわよ」
「ありがとうございますお嬢様。
あとで、新品をお返しさせていただきます」
涙とついでに少し零れていた鼻水を拭うセバスさん。
彼の行動は公爵の執事と言えど、男爵家を侮辱すると言うあるまじきことだが、私はそんな彼の言動を止めることが出来ない。
何故なら、彼の姉は七年前、私とフレイヤが生まれた直後に処刑されたからだ。
それも私たちタイム家の現当主。つまり私の父が作った冤罪でだ。
ソウル家は建国時代から代々続く公爵家であり、領土、権力、財力、その全てが他の貴族たちにとって目の上のたんこぶになっていた。
そんな中で、女児の懐妊と言う報告は貴族たちにとって、不都合な事実だった。
何故なら男なら問題なかったが、女の場合はその権力から次期王の婚約者に充てられると言うことは誰も言わずとも分かっていたことであり、即ち、自分たちの娘が王族。それも次期王との婚姻は不可能だと言うことだからだ。
ゆえにどうすれば良いか。
答えは簡単で、出産する前に娘もろとも夫人を殺せば良いと言うものだった。
その矢面に立たされたのが、夫人のメイクも手伝っていた見習いメイドだった。
そのメイドにより綺麗になると言う毒が含まれているおしろいを買わせ、それを使わせた。
少しずつ微量だが入っていく毒。
その効果はすさまじく、徐々に夫人の体力は減っていき、一時期は死の危険もあった。
その結果、運よく夫人は死にこそしなかったが、フレイヤは予定よりも早く生まれ、更に生まれてもしばらくの間は何度も峠を繰り返して居たという。
その後あまりにも容態の変化がおかしいと言うことで調査が入り、そのメイドが逮捕され、裁判にかけられた。
当時、メイク関連でかつその商品を扱っていたのはタイム家だけであり、実際に弟であるセバスさんもその包装にタイム家の紋章が入っていたことを証明した。
しかし、包装を解いて、毒を仕込み、それをまた元に戻せば誰でも可能だと言った父の主張は通ってしまい、結果は、死刑でその数日後にはそれが執行された。
あまりにも早すぎる判決と執行に疑問を抱いた人間は多く、それはセバスさんも同じで何年も何年も調べた。
しかし、その結果は全く出ずに、セバスさん自身も姉の冤罪を晴らすのを諦めた。
延々と晴れない姉の冤罪とその冤罪によって誹謗中傷を受け、傷ついたセバスさん。
そんなセバスさんを解決したのが、当時まだ五歳だったフレイヤだった。
フレイヤは当時の資料を見ただけで、夫人の肉体の変化からいつ頃からただのおしろいが毒入りのものになったかを証明し、加えて毒入りのおしろいを買った店、毒の購入ルート、そして毒を入れられる人物の特定まで行ってしまった。
その結果、私の父の愛人の一人だけが毒を入れられることが判明し、その理由は父の役に立ちたいと言うものだった。
つまり、父は他の貴族に恩を売るために、彼女は父に愛されたいがために、毒を入れたと言うのが真実だったのだが、それが日の目に当たる前に父は愛人でもあったはずの彼女を自らの手で口を封じてしまった。
結果、冤罪を晴らすことは永遠とできなくなった。
しかし、フレイヤの我儘によって、セバスさんはソウル家に働けるようになり、日々の行動から誹謗中傷の声も徐々になくなった。
その結果、事件の以降のセバスさんは冤罪の証拠をそろえてくれたソウル家とフレイヤに絶対的な忠誠をタイム家には苛烈なほどの憎しみを抱くようになったのだ。
ゆえに、たとえ不敬だと周りが言っても、私は彼に対して注意も指摘も何も出来ないのだ。
それほど、私たちタイム家は彼の家族に対してひどいことをしたのだ。
「……はぁ」
まあ、だからある意味自業自得なのですかね。両親が正しい罰で処刑され、そしてその娘である私が冤罪で処刑されたのは……
そんなことを考え、憂鬱な気分を感じながら外を見ていると、馬車の速度は徐々に遅くなり、そして止まるころにはパーティー会場の入口に着いていた。
すると、馬車が停止するや否や即座に立ち上がったセバスさんは、流れるように馬車の扉を開き、その入口近くで、私に向けて手を出した。
「お嬢様。会場に着きました。
気を付けて馬車からお降りください」
「分かった、ありがとうセバス」
自分はフレイヤだ。自分はフレイヤだ。と心の中で呟き、罪悪感に押しつぶされそうになりながら彼に対してなれなれしい態度で彼の手を握りながら馬車を降りる。
そんな私に反して、本当の主のフレイヤに対して彼は――――
「……ほら、さっさと降りろゴミムシ。
お前を下ろしたらこの穢れた手袋をゴミ箱に捨てる重要な仕事が俺にはあるんだから時間を無駄にさせるな」
「……はい、申し訳ございません。心から感謝いたします」
『4月5日 セバスにゴミムシと言われ、私の触れた手袋を穢れた手袋と言われた』
セバスさん。もうやめてください!
あなた知らないとはいえ今、主に対して物凄いことしていますよ!!
と、心の中で言えない台詞をずっと私は呟くのだった。
実はセバスの姉はこの事件には関係ないですが、物語ではかなりのキーパーソンなので、もし良かった彼女のことは覚えておいてください。
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