第001話「将来悪役令嬢として扱われる冤罪令嬢の最期」
一作目です。よろしくお願いします。
肌を刺すような寒さのある日、イス王国の中央広場は多くの人が無料で配布されたパンと葡萄酒をあおり、談笑しながら、その中央にある断頭台の刃が降ろされるのを今か今かと待ちわびていた。
そんな中、ラッパを音楽隊のそばで多くの吟遊詩人が口を開き、詩を歌い始めた。
『男爵令嬢、恋をした。
第一王子に恋をした。
二人は共に国を支える夫婦になると誓った。
鳥がさえずる庭園で二人は愛を育んだ。
されど、王子は王にはなれなかった。
平民の血が流れる王子は王になれなかった。
ゆえに、王子は男爵令嬢に頭を下げ、己の血に嘆いた。
その姿を見た男爵令嬢決意した。
王子を王に変えると決意した。
ある日、男爵令嬢、ワインに一滴の毒を入れた。
飲んだ第二王子、血を吐いた。
貴族と王の血を垂れ流し、男爵令嬢によってその命を奪われた。
ある日、男爵令嬢、盗賊に命令して襲われた。
男爵令嬢、盗賊を皆殺しにして王子の婚約者に罪をかぶせて殺した
ある日、男爵令嬢、帝国に国と王女を売った。
帝国、王女を捕まえ、弄んだ。
ある日、男爵令嬢、王様に一滴の毒を入れた。
王様飲まずに、男爵令嬢を捕まえ、牢に入れた。
暗い牢獄、男爵令嬢叫び続ける。
自分は無罪と叫び続ける。
牢屋に入れられ、愛した王子に見放され、無罪を叫ぶ男爵令嬢、家族殺された。
共犯として殺された。
男爵令嬢殺される。
首切られて殺される。
殺され、王国に平和が訪れる』
これがもし、物語だったら確実にその主演女優は悪役だろう詩。
その歌を多くの吟遊詩人が歌っている最中、不意に断頭台の周りにいた人たちの声が一気に高くなり、薄汚れた容姿の少女であり、今から殺されるリリー・タイムが連れてこられた。
手首には鎖がつけられ、引っ張られていく彼女の姿を見た民衆は、近くにあった石を拾っては投げを繰り返し、罵声を浴びていく。
されど、リリー・タイムは自分は無罪だというかのように、若干震えながらも、歯を食いしばり、まっすぐ歩く。
その姿に、打ちひしがれ、死に恐怖するのを待ち望んでいた民衆は反省していないのかと言う言葉を吐きながら更に強く、苛烈に石を投げる。
ああ、痛いなあ。
そう思いながら、私は一歩ずつ死に向かって歩き続ける。
もちろん、私だって死は怖い。
私の足の先にあるギロチンの気配を感じるたびに足が、投げられた石が視界いっぱいに映るたびに目が、その先にある蔑んだ視線が刺さるたびに体が震える。
だが、それでもし泣いて死にたくないと言ったところで、彼らは投げる石を止めてはくれないし、処刑を止めはしないし、視線を良いものには変えてくれない。
それに何より私がみっともない姿を見せたら、私が冤罪だと信じて死に物狂いで頑張ってくれた彼女たちに顔向けができないから。
だから、私は最期のその瞬間まで決して自分は悪くない。冤罪だということを体を張って証明し続ける。
そう思い、それに合わせて足を進めていき、13個の階段を登った私は、体を板に括りつけられ、首に固定された。
赤黒く嫌なにおいを発する地面から目をそらすように私は前を向く。
そこには、自身の子供を殺され怒り狂った視線を私に向ける王妃とこちらに一切視線を合わせない王。
そして……
絶望したような、申し訳ないようなそんな顔をする私が好きだった第一王子と、彼の婚約者で私の親友で私の冤罪を晴らそうと死に物狂いで行動してくれた公爵令嬢のフレイヤ・ソウルがいた。
だからだろうか、彼らには見えていないだろうと知っていながらも私はパクパクと口を動かす。
きにしないで……と。
その姿が偶然見えたのだろうか、私に向けてフレイヤが手を伸ばす。
しかし、その手は私に触れることはなく、彼女の手を遮るように手を上げた王の手が一気に下げられ、金属が擦れる音とともに、私の首に軽い痛みが走った。
瞬間、私の視界は一気にはるか先の王の背中へ行き、視線の先には地面に落ちた私の首と、ギロチンだけが残っていた。
ああ、私、本当に死んだんだな。
走馬灯のように、過去の記憶が一瞬で浮かんでは消えていく。
たとえそれが、二度と見たくないと思っていた苦しい記憶でも、その全てが今となっては懐かしくて愛おしく。
その記憶の中を見ながら私は――――
「あの頃に戻りたい。やり直したい」
そう呟いた瞬間、視界は歪み始め、強い虚脱感のような、何かによって体中の力という力が吸い取られるような感覚。
その感覚が終わり、歪んだ視界が元に戻ると同時に私の視界には何故か驚いたような表情をしている子供の頃の私が居た。
子供のころの私の姿を見るなんて、これも走馬灯の一種なの?
確かにやり直したいと過去に戻りたいと思ったけど……それにしては、あまりにも記憶が鮮明すぎるし、肌から感じる風の感触も、日の暖かさも本物すぎる。
混乱する頭の中で、一切動くことが出来ない私を見かねたのか、背後にいたのであろう男の人が私の肩を叩いた。
「そんなに驚いてどうしたんだ? フレイヤ。
ほら、ご令嬢に挨拶をしなさい」
「は、はい、すみません。初め……へ?」
反射的にスカートの裾を持ち上げ、頭を下げるが、その言葉の意味を理解した瞬間、私の頭は更に混乱した。
男の人は私をフレイと言って、目の前の私に挨拶をしろと言った。
それはつまり――――
「ご挨拶遅れて申し訳ございませんでした。
初めまして、フレイヤ・ソウル様。
私の名前はリリー・タイムと申します。
第一王子の婚約者候補として、第二王子の婚約者であるフレイヤ様とは一緒に王妃の勉強することになるかもしれないので、その時はどうぞよろしくお願いいたします」
混乱している私を他所に、眼前にいる子供の私はまるで全てを察知したかのように、茫然とする顔を微笑みに変え、一歩前に進みつつ流れるような礼をし――――
「七年後の記憶があるのなら、この後四阿へ行きましょ。リリー」
私だけに聞こえる音でつぶやいた瞬間、私は全てを察し、理解した。
私は冤罪で処刑され過去に戻った。ただ、戻り先は私の体ではなく、私のそして親友であったフレイヤ・ソウルの体で、そしてその代わりにいま私の体に居るのは……
「さてと、それじゃあ、始めましょうか。リリー。
あなたの未来の冤罪を晴らすために」
花が咲く四阿の中で、私の体にいるフレイヤ・ソウルはそういったのだった。
結構長くなりそうですが、最後まで頑張って二人の物語を書いていこうと思います。