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指の数

 夕飯後、美紀は珠美を寝かしつける。珠美は布団の中で美紀に話しかけて来たが、美紀が寝室から出るとすぐに静かになった。


珠美の妊娠中は不安しかなかった。珠美を宿した時、美紀は既に四十を越えていた。身内に染色体異常がいて、第一子も染色体異常があり、更に母体も高齢。お腹の子どもに障害が出る事は既定路線だ。医師は検診の度に出生前検査を知っているかと聞き、暗に検査を受けることを勧めるのだ。

「受けません」

美紀の答えは決まっていた。今回を逃したらもう二度と妊娠出来ないのは分かっている。どんな子どもでも産む。それが美紀と夫の橋本雅也の選択だった。


台風の夜に美紀は産気付いた。出生後新生児はすぐに産声を上げた。前回の人口早産では子どもはすぐに静かになったが、この子はいつまでも泣き続けた。助産師はまだ血の臭いのする新生児を美紀に渡した。美紀はすぐさま子どもの手足の指の数を数えた。右手が五本で、左手が・・・・・。しかし美紀はすぐに数えるのをやめて、子どもを自分の胸の中に抱き入れた。指があってもなくても自分の子どもだ。生まれて来てくれただけでもう充分だ。

 美紀は新生児の温もりを感じ、自分の好きなように小さな鼻にキスをしたり、授乳を試みたりといじくり回していた。今度の子どもは誰からも取り上げられなかった。私の勝ちだ。

 夫、橋本雅也が分娩室に飛び込んで来た。美紀は入院着の胸元を合わせ、

「生まれたわ」

と新生児を見せた。雅也は子どもを受け取ると子どもの両手両足に手を走らせた。全ての指が揃っている事を確かめた後に赤子を抱き締め、美紀に背中を向けて男泣きに泣いた。


美紀が子どもの保育園の準備をしていると雅也が帰って来た。今は県議会会期ではないので本来の生業である不動産業で忙しくしている。雅也の頭髪は白い物が目立ち始めている。美紀はそれを見て、週末には毛染めをしてやらねばと思った。

「夕飯は済ませて来た」

彼は蔵庫から酎ハイを出して飲んだ。

「私も飲もうかな」

美紀も立ち上がり冷蔵庫を開けた。

「六月の中旬から忙しくなるの。日帰りの出張もあって」

「へー珍しいね」

「だから珠美ちゃんの送迎をお願いしてもいいかしら」

「いいよあらかじめ言っておいてくれたらその日は空けておく」

「ありがとう。あーあこの仕事、断っちゃおうかな」

美紀は出来もしない事を呟くのだった。護衛時には女性のテロリストを確保しなければならない事もある。ラマ僧を守る為には女手が必要であり、護衛に当たれる女性社員は今は美紀ぐらいしかいない。

「大変な案件なの?」

「チベットのお坊さんの護衛」

美紀はプリプリしながら、つい業務上の秘密を漏洩する。

「知ってる!何年かに一回インドのチベット亡命政府からお坊さん達が来るんだよね。今年は埼玉に来るのか。日帰り出張ってどこ?地方にも布教に行くの?」

雅也は興味津々である。更に

「僕もチベットのお坊さん達と会って対談とかしたいなぁ。うーん、どの先生に頼めばお坊さんに繋いでくれるかな」

とスマートフォンを見て自分の予定を確認し始める始末である。

「会わなくていい」

美紀はぴしゃりと言った。

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