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美紀の任務

さいたまセキュリティサービスの所長、田所は神崎美紀を会議室に呼んだ。退社時間十五分前。美紀は時間を気にしつつ、後輩の男性社員、関谷と共に会議室に急ぐ。

「帰る時間に済まないね」

田所は美紀を気遣う。美紀には再婚した夫との間に四歳になる娘がいるのだ。

「いえ、大丈夫です」

美紀は微笑みながら首を横に振る。勤続七年。四十五歳になった美紀は既に主任の役職を与えられている。美紀をこの警備会社に入社させた田所は頭髪の退行が進んだ六十代後半であるが、未だ後進に道を譲る気はない。

「以前もうちで請け負った案件なんだけれど、今回は神崎さんにも入って貰おうと思って」

田所はそう言って、印刷物を美紀と関谷に渡した。


『チベット僧侶三名の護衛』

それが印刷物のタイトルだ。

「もしかしてダライ・ラマの護衛ですか?」

美紀は驚きの声を上げる。田所は笑って、美紀の疑問を一蹴した。

「ダライ・ラマが来日するのならば警察の警備が付く。民間の警備会社に護衛を依頼するのだから、活仏ではない、それでもチベット医学のお医者さんであり僧侶でもあるそれなりの高僧らしいぞ。俺も詳しいことは分からんが。布教活動と講演のために来日だ」

美紀は印刷物に目を通してた。

「デリー発、エアインディア機にて六月二十二日午後四時成田到着、ですね」

「チべット人なのに中国じゃなくってインドからいらっしゃるのですか」

関谷は聞いた。田所は

「何でもインドに亡命したお坊さんらしいぞ」

「はあ」

美紀は英語が得意ではない。外国人の護衛が勤まるか不安である。関谷も浮かない顔をしていた。田所は二人の懸念を払拭するため、

「ボディーガード代わりに日本人の見習い僧を寄越すらしい」

と補足説明をする。

「日本人ってどこにでもいるんですねぇ」

美紀は呆れつつも、このお坊さんを窓口にすれば話が早いだろうと目論見る。


『護衛対象

セラジュ・ トリジャン・ギャッツオ(七十五歳 僧医)

パサン・タシ・ツェリン(四十歳 僧医)

テムジン・カツミチ・テンスイ(四十六歳 僧医インターン)』


美紀は二度印刷物の字面を見る。

テムジン・カツミチ・テンスイ。

「日本人の見習い僧って・・・」

美紀は救いを求めるように田所に尋ねた。彼女の手は震えている。

「このテンスイさんって言う四十六歳の人だ」

田所の返答を聞き、美紀は思わず舌打ちをして頭をかきむしる。常になく粗雑な仕草を見せた美紀に、田所も関谷も驚きを禁じ得ない。

「あ、失礼しました」

美紀は姿勢を正して両手を膝の上に置いた。

「早朝や深夜にかけての警護はあるが、宿泊を伴う任務はない。神崎さんにもできるよね?」

田所は念を押す。

「勿論問題御座いません」

美紀は主任としてそう答える以外なかった。


美紀は四歳になる珠美を保育園に迎えに行き、帰宅した。夕食の準備をしても手が止まってしまう。考えるのは前夫天水克通の事だ。再婚後子どもが出来、夫の連れ子は大学進学と同時に自立して、こんなに幸せなのに何で天水とまた関わらねばならないのか。もしかして同姓同名か?いや、こんな珍しい苗字は他にはない。天水克通、その人である。インドに渡航する前からチべット医学の本を読み漁っていたからチべット医になる事は想定内であったが、まさか僧侶になるとは。さぞかし高慢ちきなお坊さんになって、俗人を見下している事だろう。天水の事を考えると美紀はいらいらして来る。

「ねぇママ」

「何?」

美紀はつっけんどんに返事をした。

「やかんのお湯が沸いているよ」

美紀は天水の事に気を取られてやかんの湯が沸騰していた事に気がつかなかった。美紀はすぐさま火を止めた。

 今日は一度も娘を抱きしめていない。美紀は珠美を抱き上げ、娘の頬に自分の頬をくっつけ、

「今日はたまちゃんの好きな焼肉だよ。ご飯の前にお風呂にしようね」

と優しく語りかけた。

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