清彦への罰
魚介のアヒージョが運ばれてきた。藍子はバケットにオリーブオイルをつけながら、
「妹の楓は覚えている?楓も結婚したのよ。しかも子どもまでいる」
「勿論覚えているよ。いつも差し入れを作ってくれた。藍子の家にお邪魔した時にもクッキーを出してくれたよね」
そしてその日に清彦と麗華は出会ってしまったのだ。
藍子は考えまいとしても清彦との記憶は全て麗華に結びつけてしまう。ため息を飲み込んで楓の近況を報告した。
「あの子は料理が好きだったでしょう?高校を卒業した後調理師学校に行ったの。そこで知り合った人と結婚して、旦那さんがうちの会社を継いでくれる事になったのよ。楓の子は男の子だし、うちの後継者問題はこれで一気に解決」
清彦は楓が不登校であった事を思い出し、彼女の進学を喜んだ。
「学校に通えるようになったんだ。良かったね」
藍子は清彦の言葉を聞き咎めた。
「それどう言う意味?」
「ごめん、失礼だったね」
「何で楓の不登校を知っているの?」
それは麗華から聞かされたからだ。しかし清彦はもはやそれを誰から聞いたか忘れている。
「うーん藍子から聞かなかったっけ?」
「ううん、私は言っていない」
藍子は刃物のような眼差しを清彦に向けた。
「麗華から聞いたんでしょ?」
「ごめん、覚えていない」
「あの人は自分の事は棚に上げてよその家の事はペラペラと」
藍子は麗華への憎悪を新たにした。清彦にとっても麗華との過去は嫌な思い出だ。その話はもう良いからと言いかけたが、麗華の事で藍子を傷つけたのは清彦である。藍子の話を遮ることは出来なかった。
「麗華、今私の実家の隣に住んでいるわよ」
藍子は挑発的に言った。清彦はそうなんだとだけ答える。
「旦那さんと上手く行かずにシングルマザーになっている。大変みたい」
その情報は少なからず清彦の気持ちをさざめかした。
「救済してあげたら?今の清彦さんならばできるでしょう?清彦さん、今や社長だし」
囲ってやれと言わんばかりの言いぶりだ。清彦は麗華と縒りを戻せばいい、藍子は半ば本気で思っている。愛の後に何が待っているのか教えてやりたい。悪魔が罪を犯した二人が不幸になるのを笑いながら待っているぞ。自分の血が一滴も繋がっていない躾の悪い継子を育てろ、それが清彦への罰だ。
「いや、会社の実権は叔父が握っているよ。それに麗華とはもう・・・」
清彦は藍子から目を逸らす。藍子はこんなにずけずけした物言いをする女だったのかと訝しく思った。藍子はまだ怒りが収まらず、竹串でタコを突き刺す。
「麗華はとても困っている。旦那さんがイタリア人で宗教上の理由で離婚出来ないの。永遠に別居。あれじゃ再婚も出来ないわね」
やはりあのイタリア人と結婚したのか。清彦の胸は重くなる。
「しかも四歳の息子が言葉が出なくって」
「えっ四歳?」
自分と交際中に出来た子どもならば七歳になっている筈だ。
「うん、四歳だけど」
藍子は確かめるように言う。そしてまた瞳を光らせ、尋問口調で聞いた。
「まさか、麗華は前も妊娠したの?」
「いや、俺は知らないよ」
あの時の子どもはどうしたのか、清彦が聞きたいぐらいだ。本当は妊娠などしていなかったのか、清彦はそう信じたかった。
口数が少なくなった清彦を見て藍子は口をつぐんだ。
「ごめんね。不愉快だよね」
清彦は首を横に振り、
「麗華の事で君を傷つけたのは事実だし。謝るのは俺の方だ。ごめん」
とテーブルの向こうで頭を下げる。
「もういいよ」
藍子は答える。積年の恨みを吐き出し、気持ちが清々した。