七年の時間が変えたもの
午後七時に藍子は高円寺駅に到着した。既に清彦は改札口にいて、藍子の姿を認めると手を振った。仕事の帰りらしく、紺色のスーツ姿だ。背の高さは相変わらずだが、全体的に骨太になったような印象をうける。しかし笑顔は変わらず無防備で幼い。藍子は清彦に駆け寄った。
「待った?」
清彦は今来たところだと答え、
「高円寺、変わったな」
と駅前を見渡す。
「七年も経っちゃったし」
藍子は言う。
「そうか、七年か」
清彦は独り言のように答えた。
清彦は駅から離れたスペイン料理店に藍子を導いた。店内は薄暗く、藍子の緊張は少しほぐれる。
「ここも潰れていたらどうしようかと思ったよ」
清彦は安堵したように言う。麗華と来ていたんだろうかと藍子は苦い気持ちになる。清彦は
「親が上京するとよくこの店に来たよ。親がこの店を気に入っていて」
そして
「去年親父が亡くなって、それで急遽俺と母親が会社を継ぐ事になったんだ」
と付け足した
「そんな大変な事が・・・・」
「何か飲もうぜ。シャンパンなんかどう?」
清彦は藍子にメニューを見せる。
「そうね、シャンパンにしよう」
藍子が答えると、清彦は店員にシャンパンと前菜を注文した。
「七年の内に色んな事があったのね」
「俺はね。藍子は?」
藍子は自分の両手を隠すように膝の上に置き、答えた。
「私はそんなには。職場だって変わっていないし」
藍子は今日も左手にダイヤの指輪をつけて来た。藍子自身の大きな変化は結婚だ。しかし今はそれを口に出したくない。
「痩せた?」
清彦は聞く。
「痩せた痩せた」
「仕事が大変なの?」
清彦は心配顔だ。
「ううん、合気道の回数をしたら痩せた。私、運動すればするほど太る体質なの」
「そんな人いるの?」
「いるよ。女子プロレスのレスラーにもリングを下りたら痩せて女らしくなる人がいるでしょう」
「あはは、確かに」
藍子の言葉通り、目の前の彼女は線が細く、薄く化粧を施し、学生時代の闊達さは鳴りを潜めている。肩にかかる髪は緩く波打ち、薄暗い店内で艶を放った。
二人は運ばれてきたシャンパンを静かに合わせて乾杯した。
「一番環境が変わったのはマリイよ。変わったって言うか、夢を叶えたっていうか」
「そうだよな。でももっと早くデビュー出来ても良かったのにな」
「清彦さんがビュレットナイトから抜けなかったらもっと早くデビュー出来たのに」
藍子は恨み節を口にする。
「いやー俺はプロにはなれないよ。そんな才能もテクニックもない」
「そう?この前のマリイの凱旋ライブでは、清彦さんがステージに現れないかと期待しちゃったよ」
清彦は考え考え
「音楽と仕事を両立させるのは難しいよ。それに今は仕事に打ち込みたいんだ」
「そうだよね。もう社長だし」
「とはいえ急に継いだから色々あるんだが。何かお代わりする?」
清彦は藍子にメニューを渡した。藍子はページを繰ってジントニックを見つける。藍子も清彦もジントニックを頼んだ。
「初めて飲んだお酒が高円寺で飲んだジントニックだったのよ」
藍子が初めて清彦のライブに足を運び、その後誘われた打ち上げで清彦がジントニックを飲んでいたからだ。藍子は清彦と会えなくなってからもジンの香りを嗅ぐと清彦を思い出していた。
「結婚しているんだね」
清彦は言う。藍子は今更指輪を隠すこともなく、
「三年ぐらい前にね」
「子どもは?」
「まだいない。いたら夜出歩けないよ。今は子どもはいらないかな」
と思ってもいないことを言う。
「清彦さんは?」
清彦は一瞬黙り、
「実は去年離婚したんだ」
「ごめんなさい」
藍子は自分の不躾な質問を詫びた。
「謝らなくていいよ」
「清彦さんの七年は本当に色んな事があったのね。やっぱり清彦さん、変わったし」
「そう?」
「あ、いい意味でよ。男臭くなったと言うか」
「俺もいい年のおっさんだし」
「あはは私もね」