え!?1人で練習を……?
「あいつと野球してると、つまんねぇぜ」
そー言われる出来事があるかもしれない。
一つの出来事で生まれた嫉妬から、1人にやってきた疎外感。
野球は好きだ。
必死な顔をし、ボールに喰らいつこうとする打者を転がすような変化球で手玉にとる瞬間。
渾身のストレートを狙い、フルスイングで仕留めてスタンドに運ぶホームラン。
無警戒なところを飄々と突いて決める、盗塁。
打球方向を予測し、軽やかなグラブ捌きでゲッツーを作る、守備。
何をやっても相手を弄べるスポーツは最高。そんな事を上達させたいのは、決して青春を感じさせる向上心だけでなく、悪戯心というには足りなすぎる事があるかも……。
「ちっ」
そんな天才。あるいは、悪魔とも揶揄される野球少年は、孤立との戦いであった。
もっと、もっと。
自分が凄いプレイヤーになるため、チーム内からも彼のプレイを恐れられても野球を続けた人物。
9人は必要とされるスポーツを、自分1人で十分かのようなスポーツにする。悪魔染みた発想は狂気のトレーニングを産み、さらなる怪物選手へと昇る。
ビュッ
根暗クソ野郎のレッテルを貼られても良い、練習。
その1、1人キャッチボール。
自分が投げて、自分が捕る。それを繰り返す練習。キャッチボールは野球の基本と呼ばれる練習でもあり、これを極めた彼は、たった1人でキャッチボールをこなす。壁に向かって投げる練習ではない。
そのままに。
自分で投げて、自分でボールよりも先回りし、捕球。それを繰り返す日々。続けている内に残像ができてしまった。
後にその応用練習、ベース間キャッチボールとなり、キャッチボールをしながらベーランもこなすという練習になる。
根暗クソ野郎のレッテルを貼られても良い、練習。
その2、1人フリーバッティング。
全力で投手として投げ、全力で打者として打つ。これを彼は1人でこなすのだ。当然、問題もあった。肉体的な問題ではなく、駆け引きの話。投げるのも自分であり、打つのも自分なのだ。球種とコースが分かってしまい、簡単に打ててしまう。投手としての自信が薄れていき、かといって打者の打ち気を減らしては解決にはならない。これは大変だった。
しかし、光明を見つける。無の心だ。
投手として、全力で投げるという熱き魂と神懸かりの投球。対する打者として、全力で打ち砕く熱き魂とフルスイング。心を無にすれば、駆け引きは0となり、その結果。投手としても打者としても最高の実力を研鑽し合ったのだ。
この2つの練習を中心に、彼の野球選手としての実力はさらなる高みへ上った。
これで1人で野球ができる。さぁ、本当の野球の試合をしよう。
が、そこで問題が起こった。
試合をするための審判がいなかった。審判まで用意しないと、試合はしないと相手チームが言うのだ。
根暗クソ野郎のレッテルを貼られても良い、練習。
その3、1人で審判4役。
これまでやってきた練習の成果によって、9人の残像による野球チームを完成させた彼だったが。審判の問題には頭を悩ませた。主審、塁審3名。これをどうやってこなすか。普通に審判を4人確保すればいいのだが、彼は1人だった。彼の野球についてきて、審判をしてくれる存在なんて……いなかった。口下手なんだもん。審判なんて、野球だけじゃなく、スポーツの中では罰ゲームの中の罰ゲームみたいなものだ。
誇りを一度捨てて、試合を委ねる存在になる決意はまだ選手としている彼には、苦痛。苦しいものだった。
だが、選手でもあり、審判でもありたい彼は。
「ストライク!!バッターアウト!!」
やり遂げた。
大変だと感じたのは、選手から審判への早着替えである。グラウンドという広すぎる場所で、着替えを行うなんて恥ずかしい。かといって、やらなければ誰も自分と試合をしてくれない。コンマ0.001秒で行う早着替えを習得し、審判四役を習得する。
野球をしたい一心で彼はメンバー9人(自分)、審判4人分(自分)、ついでに監督とコーチ2人分(自分)。
確保。
さぁ、野球をしようぜ。
「お前なんかと野球するわけねぇーだろ!!化け物が!!」
「負けると分かってる野球なんかするか!!」
結局、彼は周りのせいで野球ができなかった……。
◇ ◇
「………という感じじゃないんですか!?広嶋さんの少年時代は!」
「ぷはははははは。のんちゃん、サイコー過ぎる!!」
そんなアホみたいで、酷過ぎるオチの野球少年を語っていたのは。野球を知らなそうな少女の作り話だった。それを聞いて大爆笑しているのは、これまた野球を知らなそうな大学生の女子。
「ひ、広嶋くんが1人キャッチボールとか……凄くお似合いですよ!」
「友達いない感じ、でてますよね!」
ひでぇ言われようを、本人がいる前で言っている。
その張本人は否定をせず。少し笑っている。野球の話だから、笑っているんだろうという器のデカさ。
「ははは、まー。お前と野球をしたくねぇって言われたのと、仕打ちを喰らったのは、事実だけどな。それだけ妄想を膨らませるなよ、のん」
「ごめんなさーい」
輝く野球少年時代を思い出すお年頃。あの練習はキツかったよりも、あの環境はキツかったと。当時ながら、良い思い出。また野球をしたいとは思っている。だが、できるならかつてのチームメイトと一緒に、白球を追いかけたいところ。
今はこいつ等相手でも、満足している広嶋。
「1人で練習してる広嶋くんって、努力家じゃなくて根倉そのものだね。ぷぷぷ……」
「真面目な人間を馬鹿にするなよ、アホのミムラ」
「そーですよ!広嶋さんだって、練習してるの立派じゃないですか!たぶん、1人だったと思うけど」
「それ付け足すな、のん。……否定できんけど」
さすがにちょっと似ている作り話に笑過ぎだろって、ミムラの頭をチョップする広嶋。
たわいもない事でも、当人は本気で思っている出来事はあるものだ。今となっては怒ることでもないけれど、
「バッセン行ってくる。ミムラものんも、来いよ」
「いいんですか?この流れですけど?」
「行く行く!カッコいい広嶋くん見るよー」
今は2人追加で、野球を楽しめてる。
これだって、悪くないな。