森の入口
すでに場は友好的とはいえない。挨拶をする以前の問題だ。
華はとりあえず、相手の出方を伺うことにした。下手に出ることはやめた。相手は、この世界における権力者だ。だからといって、こちらが何でも言う事を聞くと思ってもらっては困る。
「申し訳ありません、陛下。ですが、我々にそのようなつもりは全くございません。あの子供は、森の中に薬草取りに入っていたものです。足に怪我をし、動けなくなっているところを私が保護いたしました。ところがそのあとすぐ雪が降り始め、私共は身動きが取れなくなってしまったのです。その為、麓の村に連れて行くこともできぬまま、子供一人をその場に置いてくることもできず、ここまで連れて来てしまうことになってしまいました。その結果、思わぬことになってしまい、我々も困惑している次第です。ですが、あの子供は私が保護したもの。私の指導が至らないため、このようなことになりましたこと、心からお詫び申し上げます。大変申し訳ありませんでした。」
ユリウスは、華のことを陛下と呼んだ。クリシュナに話を聞いており、華がこの魔境の王であることを承知しての呼びかけだ。華がわざと言葉にした不信感丸出しの言葉にも、彼は表面上、動揺を見せない。
「口ではなんとでも言えます。ですがここは魔物の領域。わざわざ子供が薬草を採りにくるのかしら。」
華は意地悪く聞いたが、相手は紫水晶のような目を一つも曇らせることなく、真摯に答えるだけだった。その受け答えには誠実さと安定感がある。
「確かにここは、魔物の地です。ですが、森の入口付近であれば、魔物も子供を襲うようなことはない、と麓の村では昔から言い伝えられておりました。カーデュエル近辺の村では、薬草採りは子供の仕事なのです。」
華は疑問に思い、ジェイドに確かめた。
「そういうものなの?」
ジェイドは頷いた。
「かなり昔のことですが、子供が無理を押して、森に入り込んだことがありました。聞けば病気の親のために、薬草を探しに来たと言うのです。主様は、その心根を良しとし、それ以来、子供に関しては目こぼしされることにしたのです。」
「そうなの。」
いかにもナーガラージャらしい話だ、と華は思った。彼は優しいから、いくら『はじまりの王』との約束で決まりがあっても、そういった話を聞けば子供に情けをかけ、目こぼしくらいするだろう。
だが、ジェイドはこう続けた。
「ですが、あの子供は明らかに変です。」
「変?どこかおかしかった?」
「カーデュエル近郊の村の子供は、魔物を前に、あのような態度をとることはまず、ありません。」
「?森に入って、魔物に遭遇して怖かったからじゃないの?」
「そういうことではないのです。」
華は視線でジェイドに続きを促した。
「村の子供は、魔物に遭うとまず、跪きます。勝手に森に入り込み、薬草を採る許しを乞うためです。そして、大抵の場合、決まり文句を言います。『カーデュエルの森と山の主様の寛大なる慈悲に感謝いたします。』といったような言葉です。我々は、主様の意向により、子供については一切構わぬことにしております。」
「なるほどね。要するに、はるか昔にナーガが子供を助けてあげたから、そのことが村人には何らかの形で伝えられているんだ。だから、薬草採りにくる子供達には、どのような態度をとるべきか、森に入る前に指導されているのね。でも、だとしたら、あの子供はどうしてあんな態度を?」
華にはわからなくなった。あの子供は、貧民のような格好だった。痩せて、大きな目ばかりが目立っていた。ん、貧民?
「村人は、食べ物がないくらい、困っているの?村の子供って、みんなあの子みたいなボロボロの服を着てる?」
ジェイドが、ナーガラージャの後ろに控える他のシンロク達と顔を合わせる。さすがに魔物達だと、子供の健康状態や着ている服の様子までは気にしていないか…。
「よろしいでしょうか?」
軽く手をあげ、どういうわけかユリウスが発言してきた。
「どうぞ。」
「今回、私はカーデュエルの森に入る際、麓のアルゼ村を通って参りました。村に飢饉のような兆候はなく、村人たちの顔もいたって穏やかで、子供達の服装もあの少女のように汚れたり破れたりといったような様子ではありませんでした。あのあたりの子供達は、わりと恵まれています。それは、ここの薬草採りで得た収入があるからです。」
それが本当だとしたら、あの子供は何なのだろう?だいたい、子供たちの薬草採りが貴重な現金収入だと自覚しているのなら、滅多なことはしないはずだ。魔物を怒らせたらどのようなことになるか、知らないはずがない。大人の冒険者達が腕試しのように森に入っていき、簡単に帰ってこられないことを彼らは知っている。
「それにあの子供は、このあたりの者ではありません。雪に閉じ込められている間、私が子供から聞いた話によれば、何人かの子供と一緒に馬車に乗せられ、王都の方からやってきたのだそうです。怖い親方が元締めをしていて、薬草を規定量以上取って戻らないと食事を抜かれたり鞭打たれたりするのだとか。たくさん持ち帰った子供は、褒美に食事が少し豪華になるようで、子供同士で競わされていたようです。そのせいか、必死で薬草を集めようとしていました。」
王都の方から連れてこられた子供?怖い親方、鞭打ち、褒美、競争…。それではまるで、奴隷のようではないか。薬草、薬草、薬、集められた子供…。
薬、子供?華は最近、これと似たような話をどこかで聞いたような気がした。
「あーーーっ!!」
そうか、そういうことだったのか。華の頭の中で、子供と薬草の話が突然つながった。あの時は、意味がわからなかった。でも、そういうことなら理解できる。
「子供に薬を作らせているのじゃなくて、子供に薬になる薬草を採らせていたんだ。だから、子供でないとだめだったんだ!」
「ど、どうしたのだ、華、いきなり。」
華が急に大声を出したので、ナーガラージャがびっくりしている。おチビまでもが、一旦華の肩から飛びあがり、パタパタはばたいて座りなおした。
最初、子供が薬を作るためにさらわれていると聞いた時、華はもっと別の予想をしていたのだった。ただ薬を作るだけなら、大人に作らせたほうが効率的だ。それをわざわざ子供をさらっていると聞き、華は薬を作る為に必要なものが子供にあるのでは、と思っていたのだ。つまり、子供を材料にして薬を作っている、又は何かの人体実験に使われているのでは、という最悪の事態を予想していたのだ。
だから、子供の誘拐が即、子供の死につながっているわけではないということがわかり、少しだけ安心した。しかし、子供がさらわれ、劣悪な環境で使い捨てられているだろうことは予想できる。
「ナーガラージャの思いやりが、悪用されている。」
華が呟くように言うと、ナーガラージャは怪訝な顔をした。
「何のことだ?」
「子供が飛ばされちゃったから、証言がとれないなぁ。でも、なんとなく仕組みはわかった。あとは、どこの誰がかかわっているのか、何の薬を作っているのかってところか…。だけど、捕まえてもまた同じようなことをする奴がいるかもしれないなぁ。きっと、大元の連中は王都にいるだろうから。さて、どうすべきか…。」
村は子供達の薬草採りのおかげで現金収入があり、潤っている。つまり、必要とされている量を採取しているのではなく、完全にそれが商売として成り立っているわけだ。ナーガラージャの情けの上に村人はあぐらをかき、悪者もまたそれにつけこみ、子供をさらっては森に投入してくる。
つまり薬草採りは、それほどもうかるおいしい商売ってことか…。それもそうだ。誰だって病気になることはある。病気になったらなったで、死にたくはない。その薬が高価でも、飲んで助かるなら、藁にもすがる思いで財産をはたいて買うだろう。
「どうしたのです、華様?」
ぶつぶつと独り言を言う華。二人に応えるよりも先に、華はユリウスへと向き合う。まずは現状確認だ。
「青騎士のところから、あなたのところに報告はきていますか?最近、王都で子供が誘拐されているという話しのことなんだけど。」
ユリウスは少し遠くを見つめ、頭の中から情報を探しているようだった。神童と言われた総主教は記憶力がいいのだろう。すぐに思い当たるものがあったようだ。
「聞いております。貧民の子供ばかりがさらわれる事件で、まだ解決しておりません。さらわれた子供たちに共通項が見つからない上に、手がかりが少なく、難航しているようです。主に貧民の子供が狙われているため、いなくなっても騒がれなかったり、気付かない場合もあるようで、全体を把握するのが難しいのです。」
「子供が薬作りに必要だという話は?」
「?それは…、申し訳ありません。私は存じません。」
華が青騎士をしているローレルにもたらした情報は、さすがにまだ、彼のところまであがっていないようだった。だが、それは仕方ない。華がローレルに話をした当日の夜、ユリウスは華の姿を教会で目撃し、それどころではなかったはずだからだ。
「事件と薬草採りの子供に、何か関係があるのですね?」
「多分。」
華のそっけない解答に、ユリウスの美しい顔が一段と険しくなった。




