雪の中
「どうしたの、ナーガ?」
「む、我はどうもせんぞ。」
嘘だ、と華は思った。絶対、何か隠している雰囲気だ。
「何かあったの、ジェイド?」
ナーガラージャを追及しても、わけのわからない言い訳をされそうだと思った華は、ジェイドに質問した。
「魔物と契約した人間が森に入り込んできたので、それを追い払うため、主様は雪を降らせたのです。」
「魔物の契約者?追い払うために、わざわざ山や森にこんなに雪を降らせたってこと?」
こっちで華に細々とした魔法をかけつつ、自分の領域全体の天気まで操っていた?
ついこの間、華は下界を見下ろしたばかりだった。たった数日で、こんなに雪を降らせたなんて。
「それって、同時にいくつも魔法を使ってるってことだよね。天気まで操ることができるなんて、ナーガってすごいなぁ。」
「うむ。我はすごいであろう?真っ白になるまで、バンバン雪を降らせてやったのだ。」
「そうですわねぇ。そのせいで、その男は雪で身動きがとれなくなり、立ち往生しているのだそうですよ。魔物をけしかけず、追い出すつもりで雪を降らせたのに、逆効果でしたわねぇ。」
「む、それは…。」
「追い出すって、何か問題でもあったの?」
華が聞くと、ジェイドが答えてくれた。
「その男、華様に会いに来たそうで。」
「む、なぜそれを言う!」
「私に?いったい誰が?」
ナーガラージャをじっと見つめるが、彼は目をそらすばかりで答えない。けれども、華はさきほどの会話で、誰がやってきたのか見当がついた。
「来たのは、総主教?」
横を向いていた彼が、驚いたように華を見る。
「む、なぜわかった?」
「だって、魔物を連れている人で、私がここにいることを知っていそうな人、その人しかいないもの。魔物って、クリシュナのことでしょ?」
「むぅ…。」
なぜだかわからないが、ナーガラージャがムスッとしている。代わりにジェイドが有能な秘書のように答える。
「総主教ユリウス・クロイツェルが、華様にお目通りを願っております。クリシュナを通じて、こちらにそう申し入れてまいりました。」
「で、それを知ったナーガは、大雪を降らせて追い払おうとしたわけね。急に雪なんか降らせて、魔物達は大丈夫なの?花が枯れたり、食べ物に影響が出たりしない?」
「この程度、どうということではありません。華様がいらして、主様は大変お元気になられました。そのおかげで、このような魔法も平気で使われるのです。ここのものは皆、華様に感謝しているのですよ。」
それにしても、どうしてカーデュエルにまで追ってきたのだろう。教会で転移する時、総主教は丁度居合わせた。あわてていた華は、クリシュナに自分のことを話さないよう、口止めする暇もなかった。
「彼は一人で来たの?他に誰かいた?」
「いいえ、同行しているのはクリシュナだけのようです。」
彼は少年の頃、カーデュエルの森に入り、クリシュナを得ている。だからこそ、一人で来たのか。ここが魔物の領域であることを、よくわかっているからこそ、あえて。
半端な腕自慢の者を頭数だけそろえても、ここでは足手まといになるだけだ。相手方の心証を悪くして、華がここから梃子でも動かないとなったら、彼らにはどうすることもできないのかもしれない。華の契約者は、カーデュエルの主だ。できるだけ穏便にしたいから、クリシュナだけを連れ、自ら赴いてきたのか。
何をしに来たのかは、わかっている。華に仕事をさせるために迎えに来たのだ。彼は総主教だ。この世界の人間の代表者なのだ。彼の立場を考えれば、華がここにいると知ってしまった以上、放っておくわけにはいかないのだろう。
『丁重におもてなしして話し合いの場を設け、納得してもらった上で円満に契約の儀をすませるように。』ドラクール公ゾルタンとクラーラに、総主教はこう言ったと聞いた。穏便に、円満に、波風立てず華に動いてもらえるよう、説得するためにここに来たのだ。
彼らが華を召喚したのは、この世界を浄化させるためだ。華が死んでいたら、話は別だ。彼らは無理をしてでも、新たな王を召喚しただろう。だが、華は生きている。華がここで生きている限り、彼らは華に浄化を期待し続ける。その為に贅沢な城を用意し、王としてもてなすのだ。
本来なら、華はドラクール領にいて、ゾルタンと契約していなくてはいけない身だ。だが、それは果たされなかった。華は勝手に、カーデュエルの森と山の主と契約を結び、勝手に魔物の領域で暮らしている。彼は華にドラクール領で何があったか問い正し、これからのことを話しあいたいに違いない。こちらに用はなくとも、あちらには切実な用事だ。
彼は、どのくらいあの雪の中に放っておかれたのだろう?この世界の総理大臣みたいな、超重要人物だというのに。
まるで、カノッサの屈辱だ。
本当に這いつくばってでも来なくてはいけない人物は、どこで何をしていることか…。華は苦笑しつつ、二人に言った。
「その人に会って話をしたい。」




