食事
二人が持ってきた食事のトレーの内容は、ほんの少し違っていた。構成は大体同じだ。これは、様式美というやつなのだろう。スープとパン、肉と野菜のプレート、フルーツ、それで一セットのようだ。なんだか定食メニューのAセットとかBセットとかを別々に頼んでいるような気分だ。
「あ、おいしい。」
おなかがすいているせいだけではないようだ。パンもスープも孤児院で食べたものとは全然違う。神様のように尊敬する『はじまりの王』に向けて、あちらの神殿側で高級食材を使って料理しているのかもしれない。パンは、すっぱさやぼそぼそ感がまずないし、肉も柔らかくて食べやすい。
「む、このように食べるのは久しぶりだ。」
「ん?ナーガはいつもどうしているの?」
「我は食べたり食べなかったりだ。眠っておる時は、全く食べなくても平気だ。昨今は魔素が汚れてきていたせいか、我はずっと、眠くて仕方なかったのだ。」
「もしかして、私があげたチョコレートが久しぶりの食事だったの?」
「むぅ、そうだな。うむ、あれは美味だった。残りがあれしかないのが、残念だ。のう、華、王都にあれはあったか?」
「わからない。全然、お店とか見ている暇もなかったし。」
「む、そうか…。」
ナーガラージャは、よほどチョコレートが気にいったらしく、とても残念そうにしている。
「これから私、魔法の練習をする。そうして、この世界のこともいろいろ学んで、ナーガとあちこち行けるようにする。ナーガは、そっちの小さいナーガになって、私と一緒に行く?」
「む、行くぞ。我はそのために、これを作ったのだ。本体は、山に寝かせておくので問題ない。我は本体も、似姿も同時に動かせる。そして我は、華と共に、カンコウとやらに出かけるのだ。この姿なら、人々を驚かすこともない。」
ナーガラージャは、彼の肩に手乗りインコのように乗っているチビのほうをちらりと見た。
「わかった。じゃあ私も、魔法の練習がんばる。そうなると、準備が必要だね。あちこち行くとなると、お金も必要になるし。森に薬草とか生えてるのを探して、売りに行こうか?」
華は、手っ取り早く現金に換えられそうなものはないか、考えた。
「む、金?金貨の類か?それならあるぞ。時々、森に入り込む連中が落としていく。確かそういったものも、シンロクどもが選り分けておるはずだ。」
落としていく?それ、本当に落し物?持ち主は魔物に食われて、荷物だけ残っていたんじゃ…。
だが、ここの森と山は魔物達の領分だ。人間がそれを侵す場合は、それなりの覚悟をしていくものだ。そういったことに、華は口をはさむ気にはなれない。
ナーガラージャは宙に手を差し出し、宝箱のような形をした大きな箱を取り出した。ぱかっ、と箱の蓋を開けると、そこには様々な色合いのコインが詰まっていた。
「うわ、すごい。確かにこれだけあったら、あちこち行けそうだね。」
華がアランにもらったコインと同じ色のものもあった。中には古そうな年代のものもある。
「そうか。それはよかった。」
「でも、ナーガはそれでいいかもだけど、私はお金、持っていないよ。」
「む?華は我の契約者なのだから、これを使えばよい。」
「え、そういうわけにはいかないよ。それでなくても私、ナーガにはもらってばかりだよ。」
「そんなことはない。我には華と契約することで良いことがたくさんあった。我の中にたまっていた魔素の汚れが、少しずつきれいになってきた。」
それは初耳だ。
「魔素が汚れると、ナーガラージャの身体にも異変が起こるの?」
だとしたら、大変だ、と華は思った。『おおいなるもの』は、魔素が淀んだことで狂気を宿していたのだ。
「我ほど魔力が多いと、影響も大きい。」
そのせいもあって、ずっと眠っていたのだろうか。
「浄化したほうがいい?浄化って、どうやれば出来る?」
華は、心配そうに聞いた。それができるのは王だけだ、と『はじまりの王』のブックにもあった。
「む、我はそなたと契約してからすこぶる調子がよくなったのだぞ。特に浄化をせずとも、我の魔力がそなたの中を自然に巡ってくるからなのだろう。少し、不思議な心地だ。」
そう言われて、華は少し胸をなでおろした。
「そうか。良かった。」
でも、今度は別のことが気になった。アランに言われたことを思い出したのだ。前の王が、カーロン領の浄化に熱心ではなかったせいで、魔油の質が悪くなった、という話だ。
「ナーガラージャはそれでいいとして、他の魔物達はどうなの?浄化しないと、苦しくなるのかな?」
「むぅ、あわてずともよい。我の土地は、もともと人があまり入ってこない。故に、人のおるところほど淀んではおらぬ。人のおるところも、今までの王が浄化をしておる。しばらくは放っておいても大丈夫だ。」
なるほど。今すぐどうこうする必要はないのか。少しずつこの世界のことを知り、魔法を覚えて…。
そこまで考えて、華はハッとした。
私、今、この世界で王の務めを果たすことを考えていた……。
「まあ、そういうわけだから、華が我に何もしていない、というわけではないのだ。我は、このカーデュエルの森と山の主だ。我が契約したものを庇護するのは当然のことだし、そなたを傷つけるものはゆるさん。我のものは全て、そなたが好きにしてもよいと心得ておけ。これも我らの契約のうちにある。」
そこまで厚遇してくれるのか…。
「ありがとう、ナーガ。」
華は心から感謝した。ナーガラージャの体調がよくなったのは、喜ばしいことだ。華の特性が役に立ったのだから。
「あのね、ナーガ。私、王のブックに触れて、登録してきた。だけど、持って帰ってはこなかったの。」
するとナーガラージャは、首をかしげた。
「む、なぜだ。あれは、王のブックであろう?」
「うん、そうだと思う。私はブックに触れることができたし、登録することもできた。だから、本当に私が魔境王としてこの世界に呼ばれたことは理解できた。でもね、迷いもあるんだ。」
華は、食べながら、ぽつりぽつりと、王都であったことを話した。華の目でみた、王都の姿を。
「む、そうであったか。我は華に力と守りを与えたつもりだったが、人の世界は、それだけでは足りないものがたくさんあったのだな。」
確かに、彼の言うとおりだ。力も守りも与えられていた。華が全然、知らなかっただけで。
「私は、こちらの世界のこと、全然わからないことだらけだから、ナーガラージャにとっては当り前のことも、わかっていないことが多いの。だから、試行錯誤して、色々大変な目にあった。でも、無事帰ってきたから言えることかもしれないけど、とてもいい経験になった。もし、私が召喚されてすぐに、すんなりドラクール公と契約して、あそこに囲い込まれていたら、私、ナーガのことも、王都の貧民や孤児院の様子も、全然知らないままだったと思う。」
「うむ、我も外に出ようなどとは思わぬまま、眠っておっただろうな。」
アラン達に会えたのも、いきなりここから王都へ飛ばされたおかげだったと言える。華は、この世界に来て初めて、信頼できる人達と出会えたのだ。
「私、もう少し、自分でどうしたいのか、考えたいの。だから、ブックは置いてきた。あのブックを手に取るには、私は覚悟が足りない気がする。」
「急ぐ必要はない。ブックはいつでも取りに行ける。本来、ブックはなくとも魔法は使える。」
「私もそう思う。王都で魔法を使っている人は、皆、杖を使って形式をふんでブックを使っていたけれど、杖や詠唱は必要なかった。魔法を発動させるのは、そういった形式ではないのだとわかったから、これからちょっと研究してみるつもり。」
二人はそんな話をしながら食事をとった。華は、よほどお腹がすいていたようで、トレーにのっていた料理をめずらしく全部平らげた。お腹がすいていたせいもあっただろうが、料理に使われていた食材が高級だったのと、調理したものの腕もかなりよかったのか、食が進んだようだ。
食べ終わっても、しばらくそこで話をしていたのだが、そのうち華は、船を漕ぎ始めた。気苦労も多く、身体も疲れきっていたのだろう。そのまま自然と倒れこむように、机につっぷしてしまった。
「む、華?」
ナーガラージャは声をかけたが、もちろん返事はない。
「寝てしまったか。」
彼はシンロクの一人を呼び、ここの片づけを頼んだ。そして、華の身体を魔力で包みこむと、ふわりと宙に浮かせ、どこかに運んで行った。




