帰還
ガンガラガッシャーン!ガラガラガラ……。
派手な音をたてて、金のカップや冠が落ちていく。洞窟の中で光輝く金色の山の一角が崩れ、雪崩を起こしたのだ。
華は転移魔法によって、最初の狙い通り、黄金色の山の上に着地した。着地したまではよかったのだが、どういうわけかまん中のほうにうまく降りることができず、なぜか金ぴかの山の端っこのほうに降り立ってしまった。
「うわっ、わっ、あっ!」
転移の目標地点を、金ぴかのお宝山にしたのはよかった。だが、そこはもともと金製品をばらまいただけの、いわば砂山のようなものだ。まん中の方ならいざ知らず、端っこのほうは崩れやすい。案の定、華はバランスを崩し、山から足を踏み外してしまった。両手をぐるぐると回し、あわてて身体を起こそうとしたが、遅かった。
やばっ、倒れる!
このままでは後ろ向きに倒れこみ、崩れた金ぴかと一緒に下に落ちてしまう。
ところが、華にはナーガラージャがくれたお守りがあった。華は山から後ろ向きに倒れこみ、金ぴか山の側面に倒れこみそうになったところで、例のごとくバンッ、と弾かれた。
おかげで怪我はない。怪我はないのだが、華は運動神経がよいわけではない。そのせいで、弾かれた反動を利用して咄嗟に身体を起こしたり、体勢を立て直したり、というような器用なことができない。マンガの中で戦っているカッコイイ主人公なら、一発で身体を起こし、なんとかしているところだ。
「ぎゃっ、うわっ!」
例によって例のごとく、広い洞窟内でボールのようにポンポン飛ばされていた。乙女らしからぬ声をあげながら…。
「なんで…、もう…。何がいけなかった…?」
さすがに前回のように高い空の上から放りだされたわけではないので、弾かれ方もゆるやかだ。スーパーボールのような、バビュン、といったスピード感はない。何度か弾き飛ばされるうちに、なんとか体勢を立て直し、やっとの思いで地面に踏みとどまることができた。
華はそのまま、ヨロヨロとした足取りでその場に倒れこむ。そして、そこにあった、固い甲冑の大きな胸当てを背に、座りこんだ。
「はあっ……、疲れた…。」
思わず深い溜息が出る。
初めて自分が使った魔法。それも杖なし、詠唱なしの転移魔法。
ほんの少し前まで死にかけていたのに、魔法を使えるようになっている不思議さ。しかし、それを感動している間もなく、華は山と積まれたガラクタ、に見えるお宝だらけの金製品に埋もれていた。
転移することができた、ブックを使って魔法を発動できた。それ自体は喜ばしいことだと思う。
でも、今一つそれを、素直に喜べない自分もいる。華の心の中は、複雑だ。
華は、ポケットに入れておいたコインと蝋燭を出す。ここに、王都に行った証拠もある。結局、蝋燭は教会に持って入っただけで、使わなかった。華にとって『はじまりの王』のブックは、魔法を使うための本であり、祈りの対象ではない。
それにしても、たった二日だけなのに、たくさんのことが起こった。あまりに色々なことが起こったせいで、昨日のことが遠い昔に思える。
危ない目にもあったし、怖い人もいた。でも、その一方ですごく大切にしたい人間関係もできた。知らない世界の現実を垣間見ることもできた。
不思議なものだ。人と人との出会いやつきあいって、まるで鏡のようだ。嫌なことをされたら、やり返してやろうと思うけれど、親切にしてもらったら、それを返したいと思う。
与えることは、奪うことである。
以前に読んだ本に、そんな言葉があった。全てがそれにあてはまるとは思わないけれど、言い得て妙だと華は思う。奪おうとしてくるものに対しては、奪われまい、と頑なになるものだ。
「大きな物音がするので来てみたら、そなた、ここで何をして遊んでおる?」
いつのまにか姿を現したナーガラージャが、考え込み、座りこんでいる華の上から、のん気そうに声をかけてきた。
「遊んでないよ。自分の運動神経の無さに、ちょっと自己嫌悪に陥っているだけで…。」
華の答えは弱々しかった。たった二日、されど二日間、ずっと緊張の連続だったせいか、ここに戻ることができて、気が緩んでいるのかもしれない。華はへたりこんだまま、すぐに立ち上がる気にはなれなかった。
「ふむ、帰っておったとは知らなんだ。もう少ししたら、迎えに行こうかと思っておったのに。」
「どうやって迎えに来るつもりだったの?そんなこと、ちっとも言ってなかったから、大変な思いをして、やっとの思いでここまで帰ってきたっていうのに。だいたいナーガ、あなた、山から出られないって言っていたじゃないの。」
華は、ちょっぴり恨みがましく言った。
「ふふん。」
ナーガラージャは何やら大変ご機嫌な様子で鼻を鳴らした。
「我は作ったのだ。我にそっくりで立派な姿の我を。」
そっくりな姿?いったい何のことを言っているの?




