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101(ワンオーワン)   作者: 叢雲弐月
101人目の魔境王
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プラーガ城

 城に近づくにつれ、その全体が見えてきた。


 城、と一口に言うのは簡単だが、ドラクール公の城は、一つではなく、いくつかの部分からなる形をしているようだ。


 全体が、高い壁に覆われている。壁は、回廊もかねていて、建物と建物をつなぐような形にもなっている。街を流れる川の上にかかる橋を渡ると、まず、入口となる門のついたコの字になっている部分がある。その後ろに、中庭をはさんで前の建物と並ぶ形の建物。そして、庭をはさむようにして、大きな建物が二棟。さらに小さな建物がいくつか建っている。


 前のほうの建物と、後ろのほうの建物は建築様式が違うのか、ちぐはぐな感じがする。元々あったものに、建て増したのかもしれない。城とは、元々は防衛する拠点だ。けれども、時代が新しくなると、防衛よりも宮廷としての意味合いが大きくなった建物が作られるようになる。この城自体は、高い所に作られているし、街全体が壁で覆われた城塞都市だ。王や領主は、どんな役割をはたしているのだろう?


 川側とは反対の、城のすぐ横手には、かなり広い空き地があった。どうやらそこが、この浮遊城の定位置らしい。浮遊城は、空き地の上までくると、ゆっくりと降下して着陸し、城の壁に横付けされるような形になった。


 そして、側面から通路を伸ばす。城の壁部分のほうからも、同じように通路が伸びてきて、二つの通路はやがて、空中で一つになった。そうやって、城と船は一つの渡り廊下でつながれ、船自体も城の一部分になってしまった。


 なるほど、これもまた城の一部分と考えるなら、空に浮かぶ浮遊城というのもあながち嘘ではないなぁ…。華は変なことに納得していた。


 到着し、船の動きが止まるなり、クラーラは華にマントのフードをかぶらせた。


「いいこと、フードを深くかぶって、絶対に誰にも顔を見られないようにしてちょうだい。そして、誰とも口をきかないこと。」


 華は、返事のかわりに軽く頷いた。誰かとコンタクトをとろうと思っても、多分、言葉は通じないに違いない。今のところ、自分の立ち位置もよくわからない。最初は王と思って連れてきたみたいだが、どうも間違いらしいし、華にとっては元の場所にもどれるかどうかが一番の問題だ。


 船の中で、長々と続いた話のあと出た結論は、とにかく総主教と相談する、それだけだった。要するに、どれだけ話をしても自分達では解決できない。だから、さらにエライ人に問題を丸投げしよう、というわけだ。


 華はとりあえず、クラーラに言われた通りにするしかなかった。ここで帰らせろと騒いだところで、どうにもならない。華をここに連れてきた本人が、自分にはできないと言ったのだ。彼女にできないことを、華ができるとも思えない。クラーラが召喚、とやらに使った機械は、すでに使えないようだったから。


 船から伸びた通路が、渡り廊下のような形で城の壁につながっているので、一行は全く地面に降りることなく建物内に入ることができた。そこから廊下を建物の奥のほうへと進み、別棟の大きな建物へと導かれていく。廊下、廊下、階段、廊下、とにかく広い。訳が分からなくなる。方向音痴な華では、確実に迷子になりそうだ。わざとわかりにくいよう、遠回りにしている可能性もある。


 途中、何人かの人とすれ違った。華は道すがら、フードの陰から常に周囲をうかがっていた。向こう側からやって来た者は皆、華達一行が近くに来るとピタリと動きを止め、廊下の端に寄り、すっと頭を下げる。顔を見られないように、と言われていたが、こちらが通りすぎるまで、相手はずっと頭を下げて控えているので、華はすれ違いながら、そこにいる人の様子を見ることができた。


 彼らは、城で働く使用人のようだった。皆、揃いのお仕着せらしい服を着ている。女性は、白い襟にリボンのついた黒いロングドレスで、その上に白いエプロンを重ねた、昔のメイドさんのような格好だ。スカートの下にはペチコートを重ねているのか、スカートの裾が少しふんわりと広がっている。


 男性は、黒い燕尾服のような上着とベストに、蝶ネクタイをしている。男女とも、お仕着せは同じで、リボンやネクタイの色だけが違う。そこだけは自分で好きな色を選んでいいのか、もしくは色によって上下関係がわかるようになっているのかもしれない。


 華が驚いたのは、すれ違う人の多彩さだった。とても背の高い、美人がいたかと思うと、背の低い、ごつい感じの男がいたりする。


 髪の色も、カラフルだ。華にとって馴染みのある色合いだけでなく、もっと変わった色、紫とか、水色だったり、薄い金色に一筋だけ別の色が混じっていたり、まだらというか、ミックスされたような人もいた。

 

 皆、顔をふせていたので、目の色までは観察できなかったが、華が一番驚いたのは、動物の耳のついた人がいたことだった。


 目にしたのは、犬や猫に似た耳が頭に付いている人だった。犬の耳の付いている人は男で、猫の耳のほうは女の人だった。このような城でお仕着せを着ている使用人が、コスプレまがいの猫耳カチューシャをつけているとは思えなかったし、見た目も毛皮のもふもふ感がある。彼らの背後に回ってみるわけにはいかなかったので、確認することはできなかったが、もしかしたら、尻尾もあったのかもしれない。


 かわいいメイドの格好をした女性に、猫耳がついている。しかも、その顔立ちがちょっと浅黒い肌のアラビア風だったので、華はなんだかエジプトのバステト神を思い出し、興味深く思った。


 途中、総主教と至急連絡をとるというゾルタンと別れ、華はクラーラと共に、さらに階段を上がったり、廊下を歩いたりして、とある一室にたどりついた。これだけたくさんの部屋数があると、もはや城が迷路のようなホテルにしか見えない。通された部屋のあるあたりはとても静かで、人の気配のなさそうなところだった。華がいることを知られたくないからなのだろう。


 部屋に入って扉を閉めるなり、クラーラは華に向かって言った。


「明日、私たちは総主教様に会いに行くつもり。あなたにも一緒に来てもらうから、そのつもりでいて。このことは、魔境全体に影響を及ぼす王に関わる問題だから、すぐに面会できると思う。」


 そう言うと、暗くなっていた部屋の灯りをつけた。灯りは、どうやら電気ではないようだ。壁に二つと、机の上に置かれたランプ。どちらも電球ではなく、小さな炎が灯っている。ガス灯かオイル灯か、もしくは別のものかもしれない。


 わりとあっさりとした装飾の、ホテルみたいな部屋だ。高級感はない。部屋は広いが、ベッドと、机と椅子が置かれただけの部屋は、どちらかというと殺風景だ。部屋の奥に、出入り口とは別の扉があって、そこがバスルームになっていた。


 部屋の中を確認するようにあちこち見ながら、クラーラは使い方を少し説明してくれた後で、先ほどの話に念を押すように一言つけくわえ、部屋を出て行った。


「ここで、おとなしくしていて。いいわね、私が明日迎えに来るまで、くれぐれもここから出ないように。誰かが部屋をノックしても、出てはだめ。何が起こるかわからないから。」


 言われなくとも元からうろうろする気はない。確かに好奇心はうずくが、たちまち方向がわからなくなり、遭難することが目に見えている。言葉もわからないから、人に聞くこともできない。


 華は、ガランとした部屋の中をゆっくりと見渡す。


 言葉も通じない、全然知らない場所。それでも、屋根のあるところで眠ることができるのだ、上出来なんじゃない。華は、落ち込む気持ちを自分で慰めるため、そう思うことにした。


 窓辺に立ち、外をのぞく。日が落ち、暗くなってしまったせいか、外はよく見えない。ただ、建物の所々に灯りが灯っている。蛍光灯の昼間のような明るさは、それらの灯りにはない。どこかぼんやりとしていて、暗い。それらの灯りのあるところに、人がいるのだろう。けれども、その灯りに集う人の中に、華の知り合いはいない。


 特に何かをしたわけではないのに、とにかく疲れた。もう、ぐったりだ。華は窓のカーテンを引くと、ベッドの前に移動し、そのまま、バタンと倒れこんだ。


 ぐー。


 そのタイミングで、お腹がなった。そういえば、朝からいろいろあって、朝食を食べたきりだった。華は、少しおかしくなって一人でクフフ、と笑った。こんな時でも、ちゃんとお腹はすく。そして、こんな時だからこそ、ちゃんと食べて備えておかないと。


 華はのろのろと起き上がり、クラーラの黒マントを脱ぎ、背中に背負っていたリュックを下ろした。リュックの中には、水筒とおにぎり、そして何かあった時のためにいつもいれている、板チョコが一枚、入っている。


 クラーラは、明日、自分がここに来るまで部屋を出るなと言っていた。誰か来ても出てはいけない、とも。この部屋に、食糧のたぐいは一切置いてない。後で食事を持ってくるようなことも言わなかった。それはつまり、これ以上、華の世話をする気はないということだ。


 華は、彼女に何かを期待してはいない。それは無駄なことだと思っている。彼らには彼らの目的があり、華にかまけていられないのも知っている。だから、さっさと水筒とおにぎりを取り出し、食事にすることにした。


 水筒のつまみを押し、お茶を一口飲む。


「あったかい…。」


 朝わかしてつめたお茶は、まだ温かかった。ぬくもりが、身体にしみる。あれ、そんなに身体が冷えてたっけ…。華は、そのことにそこではじめて気付いた。


 続いて、ラップの包みをめくり、華はおにぎりを頬張る。


「おいしい。」


 口にしたおにぎりは、当り前のことだが、すっかり冷えている。だが、いつも通りの米の味がした。華は、ゆっくりと米粒を噛みしめる。喉を通っていく感触、華のいつも通りが、身体の中でほろほろとほどけていくのが、愛おしい。


「本当、なんで私、こんなところにいるんだろう?」


 もはや、不安しかなかった。今のところ、帰れる保証もされてはいない。

 一つきりしかないおにぎりは、瞬く間にお腹に消えた。簡単な食事を終えると、華はリュックを開け、中身を全部ベッドの上に取り出し、自分の持ち物を確認することにした。


 本、ノート、パソコン、筆記用具、ハンカチ、ティッシュ、スマートフォン、絆創膏、ソーイングキット、部屋の鍵、財布、食糧はお茶と板チョコだけ。華は、元々物を持っていないし、パソコンや本が重いので、移動するときの荷物も最小限だ。


 こんなことになることが、あらかじめわかっていたら、もっと別の物を持ってきたのに。携帯食とか、着替えとか…。


 パソコンとスマホは電池が切れたら使えなくなる。英語のテキストなども、ここでは無用の長物だろう。先のわからないこれからに、役に立ちそうなものは何も入っていない。


 華は大きく溜息をつき、出したものをリュックの中にもどした。考え込んでもどうしようもない。風呂に入って、明日に備えよう。華は物思いにさっさと見切りをつけることにした。



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