ブック
『あれにふれることができるのは、王、総主教、選定公のみ。持ち出せるのは、王だけ。』
華は、思わず宙に浮かぶ『はじまりの王』のブックを仰ぎ見た。普通の者は、ふれることすらできない?
ということは、あれにふれることができたら、自分が本当にこの世界の王であると確認できるってこと?
「魔境王って、ブックを持ち出せるの?」
『そう聞いている。他のものが持ち出そうとすると、またここへいつのまにか戻っているらしい。まあ、持ち出すものはいても、今まで使うものはいなかったようだが。』
つまり、そんな魔法がかけられているということか。勝手に誰かが盗もうとしても、できないようになっている。だから、あんな風に無防備にさらされ、見張りをつけなくても平気なのか。
それにしても、使うものはいないとは、どういうことなのだろう?ナーガラージャは、あれは王の為のブックだと言っていたのに。華は疑問に思ったが、とりあえず最も気になることを質問した。
「どうやって、あそこにあるものにふれるの?」
するとクリシュナは、事も無げに言った。
『呼べばいい。お前が王なら、それは答える。』
呼ぶ…。
そういえば、魔法を使う時、皆、同じような手順を踏んでいた。杖を手に取り、ブックを呼びながら叩いていた。
杖?!!
杖なんか持っていない。華は思わず頭を抱えた。
『どうした?呼ばないのか?』
「私、杖を持っていない…。」
フン、とクリシュナは鼻を鳴らした。
『何を言う。身からあふれ、こぼれるほど主様の魔力を融通されながら、杖がないだと?』
「だって、皆、杖を持って魔法を使ってるよ。」
『バカ者。杖やブックなどなくとも、魔法は使える。魔力の少ないものは、杖を使ったほうが上手く魔力を引き出せるから、使っているだけだ。』
なんと…。
ナーガラージャの言っていたことと、同じことを言う。でも、彼と違って、わかりやすく話してくれるのがありがたい。
アランは、華の持っているお守りが魔道具だと言っていた。ナーガラージャがくれたお守りが発動できたのも、常に魔力が通っていて、何もしなくてもこぼれるくらいだったからなのか。
「ありがとう、クリシュナ。」
華はクリシュナの首に抱きついていた。
『な、いきなりどうした。』
「いろいろ教えてくれたから。ずっと疑問に思っていたの。ナーガラージャの説明って、ちっとも説明になってなくて、わからないことだらけだったから。」
『ん、ああ、それはまあ、仕方ない。主様だから。』
その微妙な反応が、全てを物語っているような気がする。普段からいろいろ説明不足な人だったのだろう。
「私、やってみるね。」
華は、クリシュナから離れ、立ち上がった。
宙に浮くブック。
蝋燭の明かりに下から照らされるそれは、こちらからは輪郭しかわからぬ影のようだ。
当然のことながら、全く手は届かない。多少、その場でピョンピョン飛んでみたところで、到底届くことのない距離。
華は、手を伸ばした。
あれにふれることができれば、自分が本当に王としてここに呼ばれたのだと確認できる…。
中身を見たい。あれに、何が書かれているのか。
百一人目の王だと言われた。ならば、その前に百人の王がいたはずだ。
その百人の王が、華と同じくよその世界から召喚されているのなら、その痕跡を知りたい。それがたとえ、自分の持つ疑問の一部にしか答えないものだとしても……。
華は願い、そして呼んだ。
「来て、ブック!」




