物種
『やはりそうか。カーデュエルの主様の気配がしていたので来てみたのだが、主様ではなかった。だが、前にかいだことのある匂いだ。なのに、姿が違う。なぜ、縮んだ?』
頭の中に、クリシュナの声が聞こえてきた。思った通りだ。孤児院にいたトビトカゲと同じで、クリシュナもまた、カーデュエルの出身だ。こうやって触れていれば、声を聞ける。
しかも、華の姿が違うと言う。ということは、会った時のことを覚えているということだ。
「毒を飲まされたの。」
『なんと?毒だと?』
華はうなずいた。クリシュナの驚きようから、どうやらドラクール領で起きたことは、総主教のところまで伝わっていないのかもしれない、と華は思った。
『それでなぜ、お前から主様の気配がする?』
クリシュナの青い目が、華を見つめる。
「声を魔法で奪われ、毒で子供の姿になってしまい、森に捨てられてしまったの。そこで魔物に助けてもらって、カーデュエルの主?無限龍と契約した。それで、彼にこれをお守りにもらって…。」
華は、ワンピースの下に隠すように身に着けていたネックレスを取り出し、クリシュナに見せた。
『ふむ、間違いない。主様のものだ。となると、昨日の魔物騒ぎはお前か。』
クリシュナが、遠慮会釈なく、ズバリと指摘した。華は、おそるおそる聞いた。
「結界が壊れたの、皆怒ってる?」
『騒いでおるな。いったいどうしてそうなったのだ?』
「ナーガラージャ、えっと、それって私が無限龍につけた名前なんだけど、彼と契約したあとすぐ、いきなり転移させられてしまったの。
それで、王のためのブックを取ってこい、と言われて…。わけのわからないまま、気付いたらここの空の上にいて、何か足に触れた、と思ったらそれがパリーン、と割れて…。
あとはもう、あちこちピョンピョン飛ばされて、もう、思い出したくないくらい、酷い目にあった……。」
華は昨日のことを思いだし、遠い目になった。昨日といい、今日といい、短い間に色々なことが起こり過ぎている。
『それはまた…気の毒な…。主様は、相変わらずなのだな。』
クリシュナの言葉は、気の毒そうに響いてきた。
相変わらずとは、何?もしや昔から人の話を聞かないで、思い付きでいろんなことをやっていたとか?
『しかし、それなら結界が壊れたことにも納得がいく。主様の鱗が五枚もあれば、仕方あるまい。おまけにそれは、主様が手ずから作ったものだな?』
「わかるの?」
『主様の魔力の気配が漂っているからな。お前自身もそうだ。主様と契約したせいで、主様の魔力が流れている。そのせいで、主様がここに来たのかと思った。』
そうだったのか。それで、あのトビトカゲも勘違いしていたんだ。でも、それだとこれから魔物に会うたびに突進されてしまいそうだ。どうしたらいいんだろう?
「ええと、魔物って、みんな主様?に突進してくるの?」
『問題ない。主様は気になさらん。』
確かに、突進してこられても、そのまま吸収してしまいそうな本体だったし、多少強そうなやつが来ても、痛くもかゆくもないかもしれない。
「いや、ナーガラージャはそうかもしれないけど、私は困るというか、遠慮したいのだけれど…。」
『ああ、嫌ならやめるよう言えばいい。逆らうものはおらん。』
それはそうだけど、突進されてからじゃ遅いから聞いてるんだよ…。特に街中とかでやられたら、非常に目立つだろうし。
『それで…、主様はお元気か?』
ナーガラージャは魔物たちに慕われているようだ。こんな風に気にかけてもらってるなんて。
「元気よ。私と会うまで、ずっと金ぴかの山の上で寝てたみたい。私のせいで起こされて、ちょっと機嫌が悪かったけど、チョコレートは甘くておいしいって、気にいって食べてたみたいだし…。今は、ゴーレムだか分身だかを作るって、忙しくしているはず。」
そうだ。そのせいで、いきなり通信を切られてしまったのだ。でも、食べ物がおいしく食べられるって、健康な印だよね。ナーガラージャが元気そうだって伝わったかな?
するとクリシュナは、目をキラキラさせながら聞いてきた。
『チョコレート?それはなんだ?』
あれ、食いついてきた。もしかして、ここの魔物ってみんな甘いものが好きなの?おいしいお菓子を作ってきび団子みたいに配れば、桃太郎みたいになれる?あ、でも、すでに一番すごそうなものを釣り上げていたんだった…。
「知らない?やっぱりこっちにはチョコレートがないのかな。でも、ごめん。チョコレートは私が元いた世界から持ってきたもので、一つしかなかったから、ナーガラージャにあげちゃってもう持っていない。総主教は甘い物とか、食べないの?」
『ユリウスか?あれは食べる間もないくらい働いておってな…。』
あのきれいな男の名は、ユリウスというのか。今一つ、虎の表情は読めない華だったが、クリシュナが総主教を心配していることは充分伝わってきた。
「時間がなくても、ちゃんと食べさせないと。身体は資本だよ。何事も、生きてなければ経験できないのだから。命あっての物種だよ。」
そう言いながら、自分だって意地を通すためにあやうく死にかけたくせに、と皮肉気に思った。クリシュナのほうは、うろうろ暇そうにしているが、総主教のほうはかなり忙しいのだろう。
『お前の言うとおりだ。』
クリシュナは、話の通じる虎だった。話していて、理不尽な感じもない。契約主を心配する、優しさも持っている。
「私があそこに隠れているの、言わないでくれてありがとう。あの男に見つかってたら、こんな風に話もできなかった。」
『ああ、そういえば困った顔をしておったな。だが、幼子に甘いのは仕方あるまい。世に生まれし小さきものは、愛しむものだ。』
それは、魔物全般に言えることなのだろうか?そういえば、総主教が幻獣を捕まえてこいって無理難題を押し付けられた時も、少年だったと聞いた。華を助けてくれた麒麟のような生き物も、子供だから助けてくれたのだろうか?
「私ね、人間はブックを使って魔法を使うってナーガラージャに聞いて、ここにいきなり飛ばされてきたの。王のためのブックがあるからって。」
『それは、あれだな。』
クリシュナは、顔をあげて上を向いた。
「でも、ここに来てみたら、こんな風にたくさんの人が線香や蝋燭を捧げてるのを知った。そんなものを勝手に持ち出していいわけないよね。」
それは、華なりの確認だった。
『あれに触れられるものは、限られている。』
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