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101(ワンオーワン)   作者: 叢雲弐月
101人目の魔境王
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聖ゲオルギウス教会

 空からわずかに覗いた青空を見た後、アランをその場に残し、華は去った。まだまだ空は鼠色だ。


 一人になった華は、後ろを振り返ることもなく歩く。小さな右手の中には、アランがくれたコインがある。小さなコインは軽く、同時にとても重い。華は、そのコインを握り締めながら歩いた。


 一歩進むたび、濡れた石畳の水がはねる。はねた水滴は水溜りに落ち、小さな水の花を咲かせ、わずかな波紋を広げる。濡れた石畳が、水鏡のように人影を映す。あちら側に反転して映る、子供の姿。


 教会のあった広場へは、青騎士のいた建物前の道をまっすぐ一本。迷子になる心配は全くない。雨が降っていたせいなのか、道に人は少なく、すぐに聖魔教会の建物が見えて来た。


 広場に面している建物の中で、一際高く、目立っている。正面から見ているだけだとわからないが、奥に向かって長く、さらに後ろの方で別の建物と繋がっている。横にも別の建物があるので、後ろがどうなっているのかは見えない。


 教会の入口は開かれていたが、それ以外のところは、黒っぽい鋳物の縦格子で囲まれていた。正面入口にたどり着き、下から建物を仰ぐように見る。両開きにされた入口の上には、目立つレリーフがかかっていた。


「あれ…?」


 プロビデンスの目だ。光背をいただく、三角形と目。なんでこんなところにこんなシンボルがあるのだろう?それは、神の全能の目を表す印だ。『おおいなるもの』の象徴なのだろうか?その目が、建物に入っていこうとする自分を見張っているようで、若干気味悪い。


 入り口前の階段を急ぎ足でかけあがり、見事な彫刻のほどこされた青銅の扉を横目に、中へと入る。そこは、ちょっとしたホールになっていて、長細い机の上に線香や蝋燭、小さなメダル、絵葉書のようなカード等が籠にいれられ、並べられていた。みやげものみたいだ。


 品物を見ていると、販売をしている老人がこちらを睨むようにジッと見ている。なんだか、勝手に品物にさわってはいけない雰囲気だ。夕方のせいか、教会に入ってくる人は少ないようで、他に客はいない。


 そういえば、今の自分は穴の開いた靴を、かぽかぽ間抜けな音を立てながら歩く、濡れネズミみたいな子供だった。それも、継ぎの当たったワンピースを着ている、貧しそうな子供。老人がこちらを見ているのは、品物を盗まれると思っているせいかもしれない。アランがコインをくれたのは、同じような目にあったせいだろうか。


 プライスカードみたいなものが、品物の前に置いてあった。華には読めない字で書かれている。アランに忠告された通り蝋燭を買おうとするが、値段がいくらかわからない。手の中のコインの絵柄をそっとなでつつ、華は老人に声をかける。


「蝋燭を下さい。」


 もらったコインで足りるかどうかわからず、ドキドキしながら老人に渡す。握りしめていたコインは、呆気なくお釣りと蝋燭一本に交換された。どうやら充分だったらしい。


 華が蝋燭を買い終わると、老人は興味を失ったように華から目を放し、品物の整理をはじめた。そろそろ店じまいなのか。あまり時間の余裕がないのかもしれない。


 だが、アランの言った通りだった。蝋燭一本で、華は身なりのよくない盗みをするかもしれない貧民から、教会に祈りを捧げにきた子供に格上げされた。華はアランの心遣いに感謝しつつ、蝋燭を持って中へ急ぐことにした。


 扉を一枚開けると、予期せぬものが、空から降ってきた。


 音だ。


 パイプオルガンの音。


 大伽藍の中で響き渡る、天の声。


 華の目が、絢爛豪華な伽藍の中に、あるものを見つけた。特に探していたわけではない。見つけた、というよりも、自然と目がそこに引き寄せられたといったほうが正しい。


 建物中央の一番奥は、何段かひな壇になっている。その辺りは、人が入らないように、真っ赤なロープ・パーテーションで区切られていた。


 そのひな壇の上に、ぽつんと一つ、金色の枠に、赤い座面を持つ豪華な椅子が置かれている。真後ろは大きなステンドグラス。背後から光背のように窓の光を受けながら、置かれた椅子。


 その椅子のちょうど真上、空中高くに、探していたものは浮いていた。


 一冊の本、ブックが。


 あれが『はじまりの王』のブック……。


 不思議なことに、ブックは鎖や紐で吊るされているのではなく、文字通り、何もない空中に浮いていた。しかも、むき出しの状態で…。あれで大丈夫なのだろうか、とこちらが心配に思うほど無防備に。


 高さがあるから平気?いや、宙に浮いている時点でおかしい。魔法でもかけられているのだろうか。


 華は、一番隅っこの窓際に移動する。ひな壇に向き合うよう、左右に規則正しく並べられた長椅子の最後尾に、するりと滑り込むように座った。石造りの床は、足音が響く。オルガンの音にそっとまぎれるよう、華は影のように動いた。


 天から降り注ぐ音は、神の声のように伽藍に響き渡り、荘厳な雰囲気を醸し出すのに一役買っている。厳かに響き、降ってくる音をシャワーのように浴びながら、上を眺める。


 あまりに高い天井ゆえ、のけぞるように上を見ていると首が痛くなりそうだ。外から眺めるよりもずっと、建物は高く見える。それにしても、この音、この天井…。


 広い空間を支えるために工夫された、ゴシック建築のヴォールト。ここのそれは、少し変わった形をしていた。柱の先が、植物のパピルスに似た形になっている。扇形をしたヴォールトだ。建物はどうも、垂直型のゴシック建築のようだ。


 まるで、石でできたパピルスの林にいるよう…。天井で扇を広げたような形は、クジャクが羽を広げているようにも見える。装飾が、うるさいくらいされているため、線を目で追っていると、目が眩みそうになる。


 高い尖頭アーチ窓を彩るステンドグラスは、物語の一場面を切り取ったように、人物と背景が描かれている。外の光を柔らかに透過したグラスの赤や青の色模様が、床に映しこまれる。色石を幾何学模様に組み合わせて敷き詰めたツルツルの床。夕方の弱い光のせいか、映る色はひどく曖昧で、昼間の明るい光の中でその色の影が見られたら、どれだけ綺麗だったのだろう、と思わされる。


 ひな壇の手前付近に香を焚く場所があり、けぶっている。その両脇に一つずつ、蝋燭立がおいてあった。金属製の長い横棒に、棘のようなものが沢山ついた蝋燭立てには、たくさんの人が奉納したらしい、蝋燭の明かりが灯っている。一つ一つはぼうっとした柔らかな光だが、あまりにたくさん灯っているため、大きなシャンデリアをひっくり返したみたいだ。


 降り出した雨と、閉館時間が迫っているせいか、見物人は少ない。何人かの人が、前の方の長椅子に座っているだけ。貴重なブックが宙にむき出しで浮いているわりには、見張りらしき人も見当たらない。


 華は困惑していた。





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