どこへ
その表情に、アランは気づいたのだろう。華の行き先と、自分の行き先が違う事を。
「どこへ、行くの?」
自分はいったい、どこへ行くのだろう……。
それは華だって知りたいくらいだ。
「孤児院に行くのは、一時的な避難だって言ってたけど、もう、どこかへいって行ってしまうのか?」
華は、うなずいた。アランは言い募る。
「でも、昨日来たばかりじゃないか。いくらなんでも、早すぎるだろ。嫌なやつもいなくなったし、これからは。」
わかっている。少なくともあそこにいれば、着るもの、食べるもの、寝る所に困らない。孤児院で一番の問題児はいなくなったし、毒の混入も気にせず、食事もできる。あの娼館のように焼き印を押そうとするものもいない。奴隷のように扱われることもない。
周囲の反応は、事件があったせいでよくないけれど、ジャックやアランと一緒に普通に過ごしていれば、それは時間が解決してくれるだろう。城なんかより、よほど安全だ。
孤児院の孤児として、もう一度子供時代を送り、この世界に生まれ直したと思って人生をやり直す。アランの呼び売りを手伝ったり、普通に学校に通ったりしながら、再び子供時代を送る…。
それはすてきなお誘いだ。寸分たがわず塗りつぶしてしまいたい過去の記憶を捨て、新たな自分を生きる。自分の子供時代を否定し、なかったことにする。塗り絵の余白をマジックで隙間なく埋める。彼等がいれば、前の世界よりもよほど楽しく過ごせるかもしれない。
だが、できない。無理だ。
華の身元がわれるのは、時間の問題だ。それでなくとも、目立つことをしてしまった。すでに主教代理には目をつけられている。このまま孤児院でのんびりしていたら、周囲を巻き込んでしまうことは、目に見えている。
孤児院での滞在は必要最低限に抑え、短いほどいい。それならまだ、着替えを手に入れ、宿代わりにしただけだと思わせられる。
「ごめん。」
「それって、俺が君に嫌な役をやらせてしまったせいか?」
華は目を見開いた。アランがそんな事を考えていたとは、思ってもみなかった。
「違う、違うよ。」
「でも、俺が君にヴィルを取り除く役目をさせてしまった。今朝だってそれで君は。だからそれで嫌になって…。」
気づいていたのか。あの妙な雰囲気が、どうして起きたのかを。
「そうじゃない。最初から、決めていたの。用事もあるし、着替えを手に入れることができたら出て行こうって。だから、ヴィルのことも関係ない。」
「止めても、聞いてもらえない?」
「それは、アランに呼び売りをやめろって言うのと同じだよ。」
すると、彼は急に納得したようだった。華のたとえ話に彼は苦笑いし、頭をかく。
「そっか。それじゃ、無理だね。どうやら俺たち二人とも、とても頑固みたいだ。」
言われて華も、微笑んだ。
そうか、自分って頑固なんだ。言われてはじめて気づくこともある。
「君はまるで、つむじ風みたいだね。走って飛び込んできたと思ったら、人の目をぐるぐる回して、またどこかへ飛んでいってしまう。」
アランは、トンボの眼をぐるぐる回すように、指を回してみせた。
「それで、君はどこに行くの?」
「聖ゲオルギウス教会。」
華がそう言うと、アランは驚いたようだった。それもそうだ。王都にはじめて来たという子供が、なぜ教会を目指すのか。
「俺も、行ってもいい?」
彼はそう言ったが、華は頭を横にふる。
「一人で行く。」
アランは頭をかきむしる。
「勝手について行くって言ってもだめ?」
華はうなずいた。
「そっか……。」
するとアランは、腰に下げている杖を取り出し、ブックを開いた。彼は実験器具でも取り扱っているみたいに、慎重に杖をふる。
彼のブックの表紙は、飾り気のない茶色い革で、小さな石が一つきり、はまっているだけだった。
何をするのかと見ていたら、アランはブックと杖を使って、小さな革の巾着袋を取り出した。その袋の中から、彼は一番小さなコインを取り出す。そしてまた、どこかに巾着袋を消した。ナーガラージャが前にやってみせた、手品みたいな物の出し入れを、彼はブックを使って行った。
これも魔法なんだ…。物をどこかに収納したり、取り出したり。なんだか金庫みたい。でも、しまい込んだ物は、いったいどこへ収納されているのだろう?まるでクラウドみたいだ。
「これをあげる。」
アランはコインを華に差し出した。




