兄弟
「それは、その魔物によるね。よほど高位の魔物の鱗でないと、魔石にはならない。含まれている魔素が少なすぎるからね。
魔石になるほどとなると、それはかなり特殊なものだと思うよ。少なくとも、その辺の魔物じゃ無理だね。
俺が青騎士になった時、『はじまりの王』の宝の一つと呼ばれるものをちょっとだけ見せてもらったことがある。
騎士は魔物と戦うことがあるから、それに関係するものの一つということで騎士になった当初、皆に特別に見学させてくれたんだ。
普段は教会の奥深くに厳重に守られていて、その時と研究所のものくらいしか見られないそうで、その宝というのが、魔の森と山の主である龍の鱗といわれるものだった。
世界にそれ一枚きりしかないという、とても貴重なもので、大きめのブックくらいの大きさだったなぁ。それは今も、王都の結界に使われているんだ。」
思わぬところでナーガラージャの鱗の話を聞き、華はギョッとした。世界に一枚しかないといわれているものを、ここに五枚も持っていると言ったら、いったいどんな顔をされることやら…。
モリスがこれを、見たことのない石だと言ったのも無理はない。結界に使われ、滅多に見ることのできないものだったので、元領主であっても知らなかったのだろう。
それにしても、『はじまりの王』にも鱗を一枚与えていたのか。しかもそれが、王都の結界に使われていたなんて。道理でその辺りのチンピラやヴィル程度では、なんともないはずだ。一枚でも王都を守れるのに、それが五枚も連なっているのだから。
しかし、ローレルがナーガラージャの鱗を見たことがあるのだとしたら、ネックレスの石が何で出来ているか気づくかもしれない。形は小さくなっているとはいえ、色や光はごまかせない。できれば、見せないほうがよさそうだな…。
「実は昨日、その結界が壊れて魔物が侵入したと言われ、騎士団は大騒ぎになってたんだ。」
「え、そんなすごいことがあったの?どうりで青騎士が普段より、街にいっぱいいると思ったよ。でも、魔物が入ったって、大丈夫だったの?結界を壊すほどの魔物って、とんでもない力を持っていそうなんだけど。」
やばい……。
華は思わず頭を抱えたくなった。内心ドキドキしながら、何気ないふうを装う。
あれは、華の転移のせいで壊れてしまったのだ。足が当たっただけでひびが入ってしまったと思っていたが、ナーガラージャの鱗が使われているのなら、数の多いほうが強いに決まっている。
それにしても、たった一枚で、この広い王都を覆ってしまえるような結界を作れるなんて…。ナーガラージャが、なんか変な感じがした、と言ったのは、自分の鱗だったからか?
「一人、魔物らしいものを目撃したという爺さんがいたのだが、なんだかそれが半分ボケたような爺さんらしくて。話を聞いても少しも要領を得なかったと、事情聴取したやつがぼやいていた。
なんでもその爺さんが言うには、空を見ていたら、何か黒いかたまりのようなものが、あちこちポンポンぶつかるように飛び跳ねていったそうなんだ。
しかし、周辺をどれだけ探してみても、どこからもそんなものは出てこない。何かがぶつかって壊れたような様子も全くない。おまけに、他に魔物を見たというものもいなくてな。どうも嘘くさいんだ。
毎日家の前に椅子を置いて、日向ぼっこをするのが爺さんの日課だそうで、そこの家族も、半分ボケてるから爺さんの話なんてあてにならないって言うんだ。
その結界自体、かなり大昔に作られたみたいで、鱗の中の魔素も薄れ、力も弱っていたのではないかと研究所の者も言っているらしい。総主教様の命で、すぐに結界のはり直しにかかっているようだが、復旧にどれくらい時間がかかることやら。」
あー、なんか、魔物扱いされている…。
着ていた寝巻も汚れていたし、長めの髪も黒いから、早い動きで飛んで行ったら、それは黒いかたまりにも見えただろう。まさか空から子供が落ちてくるとは、誰も思わないだろうし…。
ごめん、どこかのお爺ちゃん、お爺ちゃんは本当のことを言っているのに、ここでボケ老人扱いされてるよ…。ローレルの話を聞きながら、華は心の中で手を合わせた。
「ま、それはともかく。それにしても、お前が誰かを連れて来るなんて初めてだな。」
「ちょっと聞いてほしいことがあってね。」
「そういえば、そんなことを言っていたな。なんだ。」
「子供がさらわれる話だよ。」
アランがそう言うと、ローレルは急に顔を曇らせた。
「お前、まだそんなことを言っていたのか。いいかげん、現実を見ろと言っただろうが。」
どうやら雲行きがあやしい。そういえばアランは、子供がさらわれる噂話を調べているって言っていた。彼の呼び売りをお兄さんが反対しているようなことも。
「お前の魔力なら、充分上級魔法を受ける資格があるはずだ。成績だって悪くない。どうして好き好んで不安定な道へ進みたがるんだ。お前なら上の学校に進んで、もっといいところに就職だってできるのに。」
「俺は、別にいいところに就職したいわけじゃない。兄貴だって、青騎士でなく黒騎士になれたのに、そうしなかったじゃないか。」
「俺のことはいい。もうすんだことだ。それに、青騎士になることは、俺が自分で選んだ道だ。それよりお前の将来のことだ。俺は兄として、みすみすお前が不幸になるのを見過ごすことはできない。」
「なんでそこで俺が不幸になるって決めつけるんだよ。俺はいつまでも兄貴に守られていなきゃいけない子供じゃない!」
華は困ってしまった。二人は別にいがみあっているわけじゃない。お互いがお互いを思って言っているのだ。しかも、話の内容は進路について。家族間のプライベートなことに、他人が口出ししていいものだろうか。それも、こちらの事情を全く知らない自分が…。
「いいかげんにしないか!なぜ俺の話を聞けないんだ。いつまでもつまらない思いつきにしがみついて、子供みたいなことを。失敗して、全てを失ってからでは遅いんだ。」
「なんだよそれ。俺が父さんみたいになるって言いたいのか!」
「アラン、やめて。お兄さんも、少し落ち着いてください。」
それ以上、華は黙っていられなかった。華にそう言われて、ローレルはとりあえず、アランに向かって開こうとしていた口を閉じ、華にわびた。
「すまない。客の前で兄弟喧嘩など、みっともない。」
アランはローレルをにらんだままだ。
「ローレルさん、アランが今日、私をここに連れて来たのは、私が昨日、おかしな男達に追いかけられて、大変な目にあったからです。
アランは私の話を聞いて、お兄さんや、青騎士の人達の捜査に役立つのではないかと思ったんです。
それで、私に起こったことを話すよう言ったんです。そうでなかったら、私はここに来ませんでした。」
「おかしな男に追いかけられた?」
兄弟による口喧嘩で、未だ気持ちは高ぶっていたであろうが、さすがに仕事上、そういったことは聞き逃せないのだろう。ローレルは華の話を聞く気になってくれたようだった。




