青騎士寮
「こっちだよ。」
小さな子供のように手を引かれ、華はアランと共に歩く。
「青騎士のいる建物はあそこ。兄貴のいる寮は、あのずっと向こうにあるんだ。ここは独身寮だから、家族のいる人はよそに部屋を借りたり、家を買ったりして通ってるんだよ。」
どうやら、やっと目的地についたようだ。華はすでにヘトヘトだった。だが、アランのほうは全然平気らしく、体力の差を見せつけられた。ここでは、このくらいの距離を歩くことは普通のことなのだろう。
広い敷地は、ぐるりを門で囲まれている。門の出入り口らしきところに、詰め所のような小屋があった。小屋には、小さな受付カウンターみたいなものがついていて、青騎士の制服を着た男が二人、そこにつめている。門番をかねた、受け付けのような仕事をしているようだ。
アランは小屋の前に来ると、ポケットの中からたたまれた紙を取り出し、制服を着ている男にさし出した。
「ん、お前は確かローレルのとこの。そっか、今日、あいつは非番か。」
カウンター越しにアランから紙を受け取った男は、それを机の上に置かれた卓上ランプのようなものにかざす。すると、紙には透かし模様が浮かび上がった。獅子の模様と文字のようだ。お札の偽造チェックみたいだ、と華は思った。
「おはようございます、ミヨスさん。兄に会いに来ました。」
ミヨスと呼ばれた男の耳は、犬か狼のような形で、頭の上についている。その耳に、小さなドロップ型のイヤリングがぶら下がっていた。前に総主教のところに出かけた時、転移先でセキュリティチェックをしていた人がつけていたものと同じだ。普通の人より、イヤリングの位置が上になるせいか、なんだか目立つ。
「おう、そっちの嬢ちゃんは?」
「昨日、孤児院に来たばかりの子で、俺が面倒見てるんです。実は昨日、おかしな話をこの子から聞いて、その話を青騎士の方の耳に入れたほうがいいと思い、連れてきたんです。とりあえず兄に話して、判断してもらおうと思って。」
華は一応、アランの背後からちょこん、とお辞儀をした。
「おはようございます。」
「へえ、ちっこいのに、ずいぶん礼儀正しい子だな。おはようさん。今、ローレルを呼んでやるよ。」
ミヨスは、耳にぶら下がるイヤリングに軽く手を触れ、誰かと話をはじめた。アランのことを確認しているようだ。どういう仕組みでそうなっているのかはわからないが、あんな風に会話ができるのだから、ナーガラージャがネックレスを通じて話をしていたのも、ここでは特別おかしなことではないのかもしれない。
それにしても、家族に面会をするだけなのに、結構厳重なチェックが入る。顔見知りでも、簡単に中には入れてもらえないようになっているようだ。
しばらくそこで待っていると、若い男が一人、奥の建物の方からやって来た。アランと同じ、赤い髪をした男だ。非番なので青騎士の制服は着ていないが、背が高く、がっしりとした体型をしている。その耳には、やはりドロップ型の同じイヤリングをつけているので、これは騎士に支給されている装備品なのかもしれない。
「おう、アラン、今日は遅かったから来ないのかと思ったぞ。」
「悪い。ちょっと出がけに色々あってね。」
二人は互いに片手をあげ、宙でパンッ、とハイタッチをかわした。
「それで、その子が話があるって新入りの子かい?」
「そう。リーナって言うんだ。」
華は未だに片手をアランにつながれたままだったので、その場で軽く挨拶をする。
「俺はローレル。アランの兄だよ。さ、おいで。」
彼は二人を手招いた。
小屋の横にあった小さな門が開き、華はアランと共に中に足を踏み込む。青騎士の勤務地らしい大きな建物を横目に、華たち三人は裏のほうへと回った。
建物の裏は、どうやら騎士達の訓練場のようだ。広いスペースがあって、グラウンドみたいなところと、円形に囲われたような場所がある。そのまた向こうには、ちょっとした木々の生い茂るところがある。小さな林のようだ。
その林の真ん中にある小道を行った先に、青騎士の寮はあった。
寮の入り口は、開けっ放しだった。大きめの玄関を入ると、その正面は食堂のようで、ガラスの向こう側でパンを頬張る人の姿が見える。男性も女性もいるので、孤児院と同じように階によって住み分けているのかもしれない。
建物の左右に向かって廊下が伸びていて、部屋の前にはプレートがかかっている。そこが個室のようだ。なんだか華は、大学の寮にでも来ているような気になった。
ローレルの部屋は、三階だった。彼は、懐から五角形の金属板みたいなものを取り出し、それをドアの窪みに押し込む。どうもそれが、部屋の鍵をかねているようだ。
「女の子が来るとわかっていたら、もう少し綺麗に片付けとくんだったな。」
ローレルは、そんな冗談を言いながら部屋のドアを開け、二人を部屋に招いた。
部屋の中は、シンプルな作りのビジネスホテルみたいだった。部屋はそれほど広くない。部屋の大半はベッドが占めていて、あとは机と椅子が主な家具だ。荷物はクローゼットに入れられているようで、壁に二本の剣が飾られている他には、飾り気もなく、物も少ない。奥には浴室も備えられているようだし、食事は階下ですませればいいわけで、一人で住むには充分な部屋だと思われた。
壁際に置かれたテーブルの上に、簡単な茶器のセットが置かれていた。小さな魔石のついた四角い箱の上に、ローレルはホーローみたいなポットを置き、そばにあった水差しから水を入れる。
彼が箱の上についている石を指で触れた。すると、石は透明から少しピンクがかった色に変化する。どういう仕掛けになっているのか、すぐにポットの中身が沸騰してきた。一度ピンク色になった石は、湯が沸騰するにつれて色を薄くしていき、しまいには再び透明にもどっていった。
華が黙り込んだまま、あまりにもじっとローレルのすることを興味深げに見ているので、アランは笑っていた。
「どういう仕組みになっているの?」
華はアランを突っつき、小声で聞く。
「これも、魔道具の一種だよ。」
「でも、あんなもの、孤児院にはなかったよ。」
「そりゃ、ああいった魔石がついたものは、それなりに高価だからね。それに、ある程度魔力がないと魔道具は使えない。孤児院じゃ、魔力の少ない子もいるから置いてないんだよ。あの魔石は空だったから、あんな風に魔力を通してやって…。」
華はアランの言葉をさえぎり、質問した。
「ちょっと待って。魔力を通すってどうやるの?さわるだけでいいの?」
するとアランは不思議そうな顔をした。
「君がそれを言う?じゃあ君、あのネックレスをどうやって使ってたの?」
え?
逆にアランに聞かれてしまった。
「君のネックレスは、魔道具なんだろう?」
そう言われたが、華には自信を持ってそうだ、と言い切れない。華は、魔道具自体、何だかよくわからないからだ。
華のネックレスは、ナーガラージャの鱗だ。彼が魔法で加工してくれた。
「鱗って、魔石と一緒?」
「その石、鱗だったの?」
「随分、仲がいいんだな。」
二人が小声でやり取りしているうちに、いつのまにかお茶が入っていた。部屋には余計な食器がないようで、ティーカップは二客だけ。ローレルはそれを二人の前に並べてくれた。
「ねえ、兄貴。魔物の鱗とか、魔石になる?」




