大通り
少しサイズの大きい、茶色いレースアップのブーツは、歩くとちょっとばかり、長靴のようにかぽかぽする。親指のところの穴が開いていたし、大きいのはわかっていたから、あらかじめ靴下を二枚重ねにしておいたが、それでもまだ大きい。
普通だったら、とっくに靴ずれをおこしていそうなものだが、こんなところにもお守り効果があるのか、不思議と足は痛くならない。
華は、色あせ、擦り切れた布地を寄せ集めたような紺色のワンピースに白いエプロンを着て、アランと一緒に歩いていた。
意外なことに、華はこの格好を気にいっていた。この姿は、ここの人間にとっては貧しい子供の格好なのかもしれない。しかし、華はこことは違う世界から連れてこられた人間だ。あちらには、シャビーシックという言葉がある。使い込まれ、色あせ、擦り切れたみずぼらしさも、華からすれば味のあるファッションに見える。当て布も、見ようによっては、パッチワークみたいだ。
街を行きかう大人の女性は、くるぶしまである長めのスカートかワンピースだ。プラーガ城で見かけたメイドさんと同じように、ペチコートを何枚も重ねてふくらませている。その上に、前掛けタイプのエプロンをしている人もいた。
だが、衣服を見ていると、貧富の差がそこに歴然とした形で読み取れる。貧しい人のスカートの裾は、汚れていたり、擦り切れ、ぼろが継ぎ当てられている。それでも、きちんと直されているものは、ましなほうだ。
孤児院の子供たちは、継ぎのあたったものを着ているものもいたが、それなりに洗濯したり、きれいに直しがされていた。そのあたりは、教会が総主教の目を気にしてそうさせているのか、もしくは、店の手伝いなどをして働くので、小ぎれいにするよう指導されているのかもしれない。
「王都は初めてだよね。」
歩き始めてすぐ、アランは華に尋ねた。華はうなずく。
「それじゃ、迷子にならないよう、手をつないでいこう。昨日みたいに、また人に追われるようになっても困るしね。」
華は少し躊躇したが、素直に従うことにした。全く土地勘のないところだ。彼とはぐれて、またあのような場所に迷いこんでも困る。
手を繋ぐ二人の姿は、背の高さがでこぼこで、後ろから見たら仲の良い兄妹に見えるのかもしれない。全く顔は似ていないが。
「初めてなら、大通りを通って行こうか。」
アランはそう言って、手をひいてくれた。
通りをいくつかまたぐように渡ると、大きな通りに出た。すると、途端に行き交う人の数が増える。
キキーッ、というブレーキ音で、バスくらいの大きさをした乗り物が停車するのが見えた。
通りの真ん中にはレールが敷かれていた。そこを、電車に似た乗り物が走っている。歯車ばかりが装飾のように目立つ馬型の機械が、車輪のついた、デコラティブな装飾の箱を引いている。馬は、両目の部分に、水晶のような石がはめられていて、ブラス色の軸や歯車、ピストンがスケルトン状態で見えている。
まるで遊園地の乗り物みたいだ、と華は思った。レールの上を走っているので路面電車のよう。でも、からくり細工のような機械仕掛けの馬が引いているので、馬車鉄道みたいだ。
「アラン、あれって動力源は何?」
「うーん、魔油だと思う。」
「魔油?」
「うん。主にカーロン領で産出されるんだ。でも、最近カーロン領の魔油は質が悪いらしいって聞くね。先代の魔境王陛下が、カーロン領の浄化に熱心じゃなかったって。」
浄化に熱心じゃないと、魔油の質が悪くなる?
この世界のものは、大なり小なり魔素を含んでいるから、浄化されないと質が悪くなるってことなのだろうか。浄化って、ここのエネルギー問題と直結しているのかな…。
「魔油って、動力に使うだけ?」
「ええと、植物とかからとれる場合は、料理や灯りに使う。ああいった燃料に使うのは、地中から取り出すって聞いたことがある。」
魔油というのは、石油みたいなものかもしれない。魔素を含んだ動物の死骸や植物などが、長い時間をへて、化石燃料になっているのかも。植物性のものは、種や実を絞ったものかな。
そのレールの両脇には、普通に馬車が走っている。乗り物は、レールをはさむ左右の道が反対方向に向かうよう走っているので、簡単な規則があるのだろう。ただ、信号機のようなものはないので、道を横断するのが大変そうだ。見ていると、馬車の行った後を素早く、道を横切っていく人がいる。でも、なんだかとても危なっかしい。これでは、素早く動けない子供や老人は、道を渡りにくいだろう。
しかし、しばらく歩いていると大きめの四辻に出て、その真ん中で高い箱の上に乗っている人が、交通整理のようなことをしていた。お巡りさんのように身振り手振りで乗り物を適当に止め、行き交う人の群れをさばいている。横断歩道みたいだ。
ふいに、華の脳裏に都会のスクランブル交差点の喧騒、車のクラクション、電車がガタゴトいいながら駅のホームを出て行く音、列車のつなぎめのきしむ音、駅員のアナウンス、発車する時に鳴る短い音楽、そんなものが次々と海の波のように流れこんできた。華は途方にくれた迷子のような顔で、かぽかぽ鳴っていた足音を止める。
日常に日常が重なり、潜んでいた不安が顔をのぞかせる。記憶の中にある音が、匂いが、遠い世界を思い起こさせる。
「どうしたの?」
アランがいぶかしそうに華を見ている。
遠い、遠い世界の欠片……。
空を見上げると、魚のフグみたいな形にプロペラのついた飛行船みたいな乗り物が、行儀よく通りに沿って飛んでいる。魚のヒレや尾のようなものがついているのが見える。
華のいるすぐ横を、自転車くらいのスピードで、エンジンのついたキックボードみたいな乗り物に乗って通り過ぎていく少年。
迷いなく道を進み、振り返ることのない人々の群れ。歩いて行く先に目的や帰るべき場所があり、足を止めることもない人々。
「ううん、なんでもない。」
「疲れた?」
「大丈夫。」
子供の身体。子供の服。
似ていても、どこか違う世界。どこか借り物のような自分の姿。
ややもすれば、遊園地でコスプレでもしているような、少し浮かれた気分は、一気に冷めた。そうだった。ここはお伽の国なんかじゃない。観光気分で歩いていてはだめだ。
川の上にかかる橋を渡ると、人々の服装や建物の様子がガラリと変わった。橋一つ渡っただけで、女性のスタイルが、バッスルスタイルに変化した。そういえば、城の中庭で会ったアデーラ・ヴァルツァーレクは、バッスルスタイルにシャトレーヌを下げていた。
川向うの女の人たちは、ここまで凝ったスタイルにはしていなかった。こういった格好ができるのは、ある程度余裕がある人なのかもしれない。子供の服も、華が着ているようなエプロンドレスではなく、アンティークのビスクドールみたいだ。
そんなことを考えていると、華はアランが何かを気にするように、きょろきょろしていることに気付いた。
「どうしたの?何かあった?」
「うーん、なんか今日は、やたら青騎士が多いような気がして。」
そう言われて、周囲を見る。
「ほら、紺色の服に獅子のエンブレムがついている制服を着ている人がいるだろう?」
なるほど。確かに、紺色の制服を着ている人が目につく。彼らは皆、帯剣しているようだ。でも、華は普段の街の様子を知らないので、多いか少ないかの判断はできない。
「何かあったのかな?」
アランは、少し心配そうな口調で言った。




