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101(ワンオーワン)   作者: 叢雲弐月
101人目の魔境王
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群れと一匹

「待たせたね、それじゃ、帰ろうか。」


 モリスはそれほど華を待たせることなく、主教代理の部屋を出て来た。彼もまた、あのあと挨拶程度で部屋を出て来たのだろう。


 華達と入れ替わりのように到着して、隣の部屋に吸い込まれていく一行がいた。どうやらこのあたりの部屋の並びは、何人かいるという主教代理専用なのだろう。


 訪れた人達は商売でもしているのか、羽振りのよさそうな服を着ていた。なぜこのようなところに子供が一人でいるのだろう、と不思議そうな顔をしていたが、華のみすぼらしい服に目をとめるや、興味をなくしたように目をそらした。


 ふー、危ない。


 部屋を出た途端、華は素早くネックレスを服の下に突っ込んだ。これを他の人に見られ、建物内で別のトラブルを起こすのはまずい。ヨハン・ランゲのように、とりあえず矛を収めてくれる人間ばかりではないのだ。目立たないにこしたことはない。 


 華は再びモリスの後に従い、建物内を移動していく。階段を下り、さっき通った守衛らしき人のいる受付に声をかけ、裏口を開けてもらった。


「悪かったね、あのようなことを子供に言わせるなんて。」


 教会の建物を出た途端、開口一番、モリスはそう言った。モリス自身にも、ヨハン・ランゲに対して思うところが色々あったのだろう。


「仕事ができる人物だとは聞いていたのだが、まさかあんな人間とは思わなかったよ。でも君は何も心配しなくていい。彼の言ったようなことにはならないから。」


 華はモリスの言葉を聞いて、もしかしたら、ボリス・ヴァルツァーレクはここの主教の知り合いなのかもしれない、と思った。主教代理に物を言える人物といえば、ここではそれぐらいしかいない。そういえばアランが、モリスはここの主教が連れて来たと言っていたような気がする。そちらに釘をさしておくから、大丈夫だよ、という意味に華には聞こえた。


「それにしても君は…。」


 モリスの中では、華に対する疑念がうずまいているのだろう。何かを言いたげだ。それもそのはず。最初に会った時の、子供っぽさをかなぐり捨てた華の態度は、まるで人格すら入れ替わったような印象を与える。


 見かけはただのみすぼらしい格好をした少女なのに、どういうわけか高価な魔道具のネックレスを持ち、何を考えているのかわからない、得体の知れない子供。どう判断すべきか、彼も考えあぐねているのだろう。


 しかし華は、ちっとも気にしていなかった。華についてのあれこれが彼のもとに届くのは、華のいなくなった後だ。いなくなった後でモリスが何を考えようと、知ったことではなかった。


「君には、すまないことをしてしまったと思っているんだ。あんなことを君に背負わせるつもりはなかった。まさか、あそこまでひどいことをしていたとは思わなかったのだ。いや、私の考えがあまかったというしかない。ヴィルのことは、できれば指導することによって、普通の生活が送れるようになってほしかった…、今でも、私はそう思っている。何かもっと私にできることがあったのではないかと、ね。だが、終わってしまってから言っても、どうしようもない。何もかも、後の祭りだ。」


 言われてみればそうだ。彼は、ヴィルに引導を渡す人物を、結果として同じ孤児院の子供にしてしまった。それも、やってきたばかりの、どう見てもヴィルよりずっと小さな子供に。


 でも…。アランがあんな風に言いだすのは、よほどのことだ。モリスが思わず同意してしまったのも、相当困っていたからだろう。


「あなたは彼を助けてあげたかったのでしょう。でも、あなたは群れの中の一匹を助けるために、群れ全部を犠牲にしかねなかった。」


 華がはっきりと指摘すると、モリスは苦笑いをする。


「そうだね。確かにそうだ。君は、大切なものがはっきりしているんだね。リーナ、君と話していると、君がまだ子供だということを忘れてしまいそうだよ。君はなんというか、ユニークだ。」


 華がそれに答えないでいると、彼はどこか遠くを見つめ、呟くように言う。


「君なら、迷わないのだろうな…。」


 そして、彼は華に問う。


「君は、群れの中の一匹が、君にとってとても大切な人だったら、どうする?それでもやっぱり、群れのほうを助けるの?」


 華は、迷いなく即答する。


「何言ってるんですか。そんなの、決まってますよ。」


「ああ、やはり、そうだよね。」


 モリスは華の答えをきちんと聞くことなく、何かをなくしたような表情をして一人、納得している。きっと彼は、華が一匹でなく、群れを選ぶと思っているのだ。ある意味、それは正解だけれど…。


「そんなの、出来うる限り、みんな助けるに決まってるでしょ?」


 すると彼は、え、という顔をして、さらに尋ねた。


「でも、もし、それができないとしたら?」


「みなを助けることができないのなら、大切な一人のほうを選びます。」


「それが、世界を敵に回すことであっても?」


「仕方ないですね。世界が敵に回るというのなら、そんな面倒な世界、私はいらないです。」


 あまりに簡単に答えたせいだろうか、モリスは一瞬呆気にとられてしまったようで、きょとんとしていた。そのうち、どういうわけか笑いだした。なぜ彼が笑っているのか、華にはわからない。おかしなことを言った覚えもない。


「そんな面倒な世界はいらない、か。うん、なかなかいい答えだ。実に頼もしい。若いっていいね。」


 何が、若いっていいね、だ。そんな年寄りでもないくせに…。華は口には出さず、腹のうちで文句を言っていた。この美中年は、何かを悩み過ぎて失踪したのだろうか。ふいに、華はそんな気がした。


 行きと同じように塀の扉を反対側から開閉し、孤児院の玄関のほうへ回ると、アランが玄関前の階段のところに一人座りこみ、空を見あげていた。


 その姿を見て、華もまた、空を見上げた。空は雲に覆われ、鉛色を帯びつつあった。そのうち、雨が降るかもしれない。昨晩の、空に一人取り残されたように浮かんでいた月が嘘みたいだ。


 華はモリスに断り、アランのところに駆け寄った。


「待たせてごめん、アラン。結構話が長引いちゃって。」


「大丈夫だよ。さっきまでジャックもいたんだ。あ、先生、俺、相談したいことがあるんです。あとでお時間、いただけますか?」


 アランは、孤児院の隣の建物に行こうとしていたモリスに向かって声をかけた。


「ああ、いいよ。いつでもおいで。」


「ありがとうございます。さあ、それじゃ、行こうか。」


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