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101(ワンオーワン)   作者: 叢雲弐月
101人目の魔境王
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カーテシー

 その様子をじっと観察していた華は、ああ、とりつかれたな、と思った。


 彼の目には、すでに周囲の様子が目に入らない。よろよろとした動きで、魅入られたように、華に向かって手を伸ばしてくる。


 危ないなぁ…。これでは、お守りにはじかれてしまう。華は彼に触れられないよう、身体をひょいとよけた。


「ああ、ほら、それ、それを早く外してこちらに渡しなさい。」


 ヨハンは、じれたように言う。華は、冷たく答える。


「いやです。」


「なんだと。」


「これは、身につけているからこそ、価値があるのです。」


「君はそれを献上するのでは。」


「私は一度も同意した覚えはありませんが。」


 華は、すっとぼけた。ヨハンは手を伸ばしていた手の先ひっこめ、拳を握った。


「君は、私の話を聞いていなかったのかね。」


「貴重なご意見、ありがとうございました。」


 華は、クレーマー処理の常套句みたいな言葉を口にする。丁寧に、だが、慇懃無礼に。


「聞いていたのなら、理解したまえ。孤児院で、他の子供達を傷つけるような代物を常に身につけているなど、許されないのだと。」


「なるほど、子供達を傷つけるのは良くないですよね。その割には、ずいぶん酷いことをしてきた人間を長いこと野放しにしていたようですが。こういった団体生活の中で、頻繁に起こる暴力行為や窃盗など、許されるべきではありません。」


 華は、はっきりと言い切った。どうせこの後すぐ、出て行くつもりだ。言いたいことは全部、言ってやる。


「子供たちの安全を図らねばならない?それならどうして今まで、あのような人間を放っておいたのです?ずいぶん調子のいいことを言うんですね。今回、証人、証拠、そういったものがそろった状態で、あなた方は彼を処分できるのです。あなた方の怠慢のせいで、孤児たちは彼にかなりの迷惑を被っていたのに、あなたは平気で他の子供を傷つけるな、などと言う。あなた方が手をこまねいていたせいで、彼らは自分が守ってもらえるのだと信じることができず、被害を訴えることができなかったのではないですか?あったはずの証言や証拠を自ら握りつぶすはめになったのは、あなた方のその態度のせいです。あなた方にとっては、水面下で何か起こっていようと、表向き何もなかったように平和に見えるのなら、それにこしたことはありませんからね。ですが、その結果がこれです。今回の問題の解決、それが誰のおかげだとは今さら改めて言うつもりはありませんが、まさかそのせいで搾取されるはめになるとは思いませんでした。管理者は、規則にのっとって信賞必罰で行うと思っていたのですが、こちらの教会では違うのでしょうか。」


 この孤児院は総主教の息がかかっている。そのせいでかえってここの連中は、波風を立てないように運営をしようとしていたのではないか。華はそう思っていた。


「確かに、彼は悪い。だが、そのように凶悪なお守りは、危険だ。今回は悪いやつをこらしめただけで終わった。でも、他の子供を傷つけることになっては困る。だから、そのお守りはこちらに。」


「お断りします。」


「な、そんな勝手が許されると思っているのか!」


「勝手?私はここに、昨晩の事件の報告をするために来ただけです。それなのに、どうして自分の大切な持ち物をあなたに差し出さなくてはならないのですか?」


「孤児院の子供は皆、教会の子供だ。子供達は皆、食べるもの、寝る所、着るもの、学ぶことなど、一定の年齢まで保証されている。同時に、社会に出た時に、役立つ人間になることも期待されている。」


「それは、食べさせてやるのは、恩返しを期待しているからだ、と聞こえますね。」


「それがわかっているのなら、誰が君達のような孤児を保護しているのか、よく考えたまえ。孤児の分際で、分不相応な持ち物を持つ君のその頑なな態度が、君自身の将来にどのような影響を与えることになるのかも。」


 ヨハンは最初の建前をかなぐり捨て、本音を前面に押し出してきた。


 孤児の分際で、か。最初にモリスを黙らせた段階で、そういう人間だとは予想していたけれど。


「ランゲ主教代理、子供を脅すような事は言わないでいただきたい。今日ここにうかがったのは、事件の報告をするためです。」


 さすがに見兼ねたのだろう、モリスが口を挟んできた。だが、ヨハンはモリスにも八つ当たりをするように、ネチネチと嫌味を言う。


「君は子供達に、いったいどういう躾をしているのかね。このような反抗的な子供は、生意気な口がきけぬよう、厳しくしつけるべきだ。私の言うことが聞けないというのなら、この孤児院には置いておけない。」


 だが、モリスは彼に釘をさすように言った。


「申し訳ありません。ですが彼女は、昨日孤児院に来たばかりの仮登録の子供です。その身分は暫定的なもので、今後どうなるかわかりません。」


 それを聞いたヨハンは、少し静かになった。やはり、華が仮登録であることが引っかかったのだろう。さすがに少しまずいと思ったようだ。


 もし、華が本登録されることなく、誰かに引き取られることになった場合、その誰かが権力者だとしたら、彼のしようとしたことは問題になる。モリスはわざと、そういうことを匂わせたのだ。高価な魔道具を持っている子供なのだ。背景に何があるかわからないうちに、手を出すのは危険だという判断だ。


「ふん。やって来たその日のうちに問題を起こすなど、とんでもない子供だ。だがもし、同じようなことがあったら、その時は容赦なく没収するからそのつもりでいろ。」


 モリスの言葉を聞き、ヨハンはトーンダウンした。かなり嫌味はこもっていたが、流石にその場で華に無理強いすることはやめたようだ。だが、仮に華が本登録になったり、再び同じようなことがあれば、黙ってはいないだろう。


「ご心配なく。どうやら主教代理様におかれましては、勘違いなさっているようですが、事件を起こしたのは私ではなく、彼のほうです。よって、二度目などありません。でもまあ、子供たちを一人たりと傷つけてはならぬ、と広い御心で孤児院の子供達の安全を願って下さる主教代理様ですもの、これからは、今回のような事件が起こらないよう、今まで以上に格別なるご配慮を下さるのでしょうねぇ。では、私はこれで。ごきげんよう。」


 華は両者の同意を得ることなく立ち上がり、ニッコリ笑みを浮かべ、その場で軽くスカートの裾を掴むと、カーテシーをしてみせた。付け焼き刃ではあったが、しばらくプラーガ城で暮らしていたせいもあって、見本には事欠かなかった。城の上級貴族に仕えるような者たちの、流れるような動作を毎日目にしていたのだ。


 その挨拶を目にしたヨハンは、明らかに顔色を変えた。モリスが匂わせたことが、本当になるかもしれない。この目の前の生意気な孤児。継ぎあての当たったみすぼらしいワンピースとエプロンを着た少女が、自分の出世の道具ではなく、障害になるかもしれない…。


 彼は口を開き、さらに何かを言おうとする。


 だが、すでに遅かった。それよりも先に華は相手に背を向け、もう話す事はないとばかりに、さっさと部屋を出ていってしまっていた。


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