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101(ワンオーワン)   作者: 叢雲弐月
101人目の魔境王
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報告書

 そう思われるのは、もっともだ。華がもし、ナーガラージャのお守りを持っていなかったら、簡単に餌食になっていただろう。


「この報告書によると、だ。君は持っているものを出せと言われ、それを拒否したため、殴られそうになった。だが、犯人は思いがけず失敗。すると犯人は逆上し、魔法を使おうとした。しかし、それもまた失敗し、逆に犯人のほうが怪我を負った。原因は、君がそういった攻撃を反射防御できるアクセサリーの魔道具を持っていたためである、と。怪我の程度は、全身に深い切り傷と打撲、及び右手の骨折。」


 ヨハンは、簡単に事件のあらましを読み上げた上で、華の顔を灰色の目でジッと見つめる。


 何か言いたいことでもあるのだろうか?


「子供同士のいざこざにしては、ずいぶんな大怪我だね。全身に及ぶ深い切り傷、打撲、骨折。」


 するとモリスは、反論した


「ですが、それについては仕方ありません。彼の怪我は、全て自分のしたことが自分に返ってきただけであって、むしろ、自業自得と言えます。それ以前に、体格、年齢、力、どれをとっても優位にあるものが起こした事件であり、他にも余罪が。」


 ヨハンはモリスに向かって、人差し指を左右に揺らしながら、チッチッチッチッ、と舌打ちをし、モリスの話を無理矢理遮った。


「そういうことを言いたいのではないよ。少し君は、黙っていてくれないか。」


 ヨハンは、モリスの本来の地位や立場を知らないのかもしれない、と華は思った。知っていたら、ここまで強く出られなかっただろう。彼はモリスを完全に格下扱いしている。


「私はね、君がどう思っているのか、聞きたいのだよ。この怪我は異常だ。孤児同士のいざこざとして片付けてしまうには、ひどすぎる。ここまでの怪我を彼におわせたのは、少々やりすぎではないかね?」


 ヨハン・ランゲは、いったいどうしたいのだろう?モリスの作った報告書は読んでいたはずだし、さっき一通り、事件のあらましを話してくれた通りだ。ヴィルの怪我は、ヴィルが相手に負わせる予定だったものが、自分に跳ね返っただけだ。ヨハンが華に何を言わせたいのかわからず、華はとりあえず黙っていた。


「君には同情を覚えるよ。きっと君は、良心が咎めているに違いない。日頃の行いが悪い少年とはいえ、相手は大怪我をしている。しかも、同じ孤児院の仲間だ。周囲も、君が悪いとは思っていないだろうが、君が相手に怪我を負わせたことは間違いない。そのような危険な魔道具を子供の君が持っているのは、あまり褒められたものではない、そう思わないかい?」


 彼の言い方は、多少、芝居がかっている。じりじりと、相手が嫌がりそうなところを舌舐めずりしながら責めて行くのが好きなのか。


 華は、相手の話を注意深く聞いていた。怪我をしたのは本人の自業自得なのだが、ヨハンはそれを捻じ曲げ、論点をすり替えようとしている。


 華が答えないことに何の疑問も持たないのか、ヨハンは顔に愛想笑いすら浮かべ、自説をさらに繰り広げた。 


「我々は、総主教様からここの管理を任されている。君だけでなく、他の子供たちの安全もはからねばならない。わかるだろう?実際、君の魔道具によって怪我人が出ている。それに、孤児がそのような高価なものを持つのはどうかと私は思うのだよ。孤児院では皆、平等だ。一人だけが突出して高価な品を持っていたら、他の子たちは君のことをどう思うだろうね。そんな金持ちが、なぜ孤児院にいるのか、と疑問に思うのではないかい?しかもそれは、とても危険な魔道具だ。悪い少年はいなくなった。ならば、これからの君の生活に、それは必要ないものではないかと私は思うよ。そこでだ。」


 ヨハンは、両手を蠅のようにこすりあわせ、華に向き合う。


「私は君に、提案したい。これは今思いついたんだがね、とても素晴らしいアイディアだと思うのだ。どうだろう、君。そのネックレスを新しい魔境王陛下に献上するというのは。そのように、攻撃を反射防御する素晴らしいものなら、それは陛下にこそ必要だと思わないか?献上すればきっと、陛下もお喜びになるだろう。この孤児院は、恵まれている。魔境王陛下はありがたくも、孤児を哀れに思い、このような施設を作ってくださった。総主教様も孤児を気にかけ、いつも援助してくださっている。そういった日頃の感謝の意を示す意味でも、君が自発的に献上してくれたら、実に喜ばしい。」


 魔境王にネックレスを献上しろ、陛下にこそ必要だから。


 華は、話を聞いていて笑いたくなった。


 そうだ。この男の言うとおり、必要だ。このネックレスは、魔力を持たない最弱の人間、他のものと契約を結ばなくてはここで生きていくことさえできない、魔境王にこそふさわしい。そんな弱い生き物だからこそ、ナーガラージャは華にこれを持たせてくれたのだから。


 本当、相手が子供だと思って、言いたいことを言ってくれる。だが、相手はただのお花畑ではないようだ。怪我をさせたという子供の罪悪感をつついて、うまくまるめこもうとしているのだから、とんだタヌキだ。子供からこのネックレスを舌先三寸で取り上げ、自分の手で献上できれば、彼にとって損はない。実に安上がりで効果的な上へのおもねり方だ。


 それに、献上するといって取り上げ、自分のものにしたっていいわけだ。なにしろ相手は自分よりも格下の格下、ただの孤児院の孤児、何の力も持たない子供にすぎない。あとで文句を言われても、孤児がこんな高価なものなど持っているわけがないと握りつぶすことだってするだろう。


 華からすると、ヴィルもこの男も変わりない。一人は力で、一人は説得で、それぞれ、華からネックレスを奪おうとしている。やり方は違ってもやろうとしていることは同じだ。


「魔境王陛下は、どうしているのですか?」


 華は、そんなことを考えているとはおくびにも出さず、しれっと聞いてみた。少しはドラクール領の噂が聞けるかもしれない。


 彼は、華が王に興味を持ち、簡単に話にのってくれそうだと思ったのだろう。機嫌よく答えてくれた。


「ふむ。もうすでに召喚されているようなのだが、未だにお披露目をする様子がないねぇ。そろそろ戴冠式の予定だけでも発表されてもいいと思うのだが。でもまあ、きっともうすぐだよ。次はどのような方が王位につかれるのかねぇ。噂ではお若い上に、お身体が弱いということらしい。こちらの環境に慣れるのに苦労されているのかもしれん。ドラクール公は何を考えているのか、一切そういった情報を流してくれないのだよ。そこで君が、このネックレスを献上するのだ。こんな孤児院の子供でも陛下のことを思い、自分の大切なものを献上する気持ちを持っていると知れば、陛下もどれだけ喜ばれることか。君も、陛下に歓迎の意を示せて、うれしいだろう?」


 へー、と華は思った。


 王の性別はおろか、病状が重くなった上に城からいなくなったことなども含め、情報が流出しないよう、緘口令でもしいているのか。


 どうやらすでに、ヨハンの中では華がネックレスを献上することになっているらしい。孤児が自分に逆らうなど、彼にとってはあり得ないことなのだろう。


 モリスは、ヨハンに口をつぐめと言われていたためか、しばらく黙っていた。だが、昨日の華の様子を知っているだけに、口を挟むべきか迷っているようだ。探るようにヨハンと華を見ている。


「確認しておきたいのですが、私は何か事件のことで責められるようなことがあるのでしょうか。」


 ちょっととろくさい、ぼんやりした子供のように思っていた華から、そのようにしっかりとした言葉が出て来たことに、ヨハンは何の疑問も持たないのか、調子よく答えた。


「いや、そんなつもりはないよ。だって君、被害者なんでしょ?」


「そうですか。確認できてよかったです。」


「それで、そのネックレスだが、今、持っているのかね。」


 華はニッコリ笑って、うなずく。


「そうか。では、だしたまえ。」


 ヨハンは、図々しくも片手を出してきた。


 華は、ワンピースの襟元から首にかけているネックレスの鎖をつまみ出し、服の上に飾った。色あせた紺色のワンピース。継ぎがあたり、パッチワークのように当て布がされ、ごわごわする布。そんなみすぼらしい、貧民のような服の上で輝く光。


 ヨハン・ランゲは思わず身を乗り出し、目の色を変えてネックレスの石を見入っている。


 無限龍の鱗を魔法でギュッと圧縮した黒色。


 朝の光の中で、その輝きはいや増すばかり。チカチカと走る細かな光は、フラッシュのように瞬間を切り取る。三日月のような金に抱かれ、行儀よく並んだ五つの石に金色の蔓が絡まり、流れ、ゆるやかに鎖に連なっている。


 ヨハンは、ゴクリ、と喉を鳴らした。


「なんと、これほど美しいとは…。」








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