塀の鍵
モリスが華を連れていったのは、孤児院の隣にある教会だった。孤児院と教会とは、塀で仕切られていたが、互いに行き来できるよう、出入りできる扉があった。
そうはいっても、勝手にそこを出入りできるわけではない。扉には普段、鍵がかけられており、鍵を持っていなくては、通り抜けできないようになっている。鍵を持っているのは管理者だけなので、その扉が使われるのは実質、今日のように用事がある時か、非常時だけだ。
モリスがポケットから取り出した大きな真鍮の鍵には、小さなボタンほどの石がはまっている。鍵穴に鍵を差し込み、それがカチリと音をたてて開錠されると、扉は自動で開いた。
なんとなくその様子をじっと見ていると、モリスが声をかけた。
「面白いかい?」
「この鍵は、魔力が必要なのですか?」
「そうだよ。魔石がついているだろう?」
モリスは鍵を見せてくれた。シトリンのように、黄色っぽい透明な石がついている。
「君が持っている石と比べたら、これはまあ、ランクがかなり低いものだけどね。」
華が持っているのは、石ではなくてナーガラージャの鱗なのだが、それをいちいち訂正するつもりはない。
「魔石って何ですか?」
華は、思わず聞いていた。モリスは一瞬、なんでこんなことを聞くのだろう、という表情をしていた。
「そういえば君は、記憶がなかったんだね。自分が何者かもわからず、寝巻姿のまま、気付いたらこの王都にいた…。」
相手がその話を信じているかどうかはわからない。でも、その設定を前面に押し出しておけば、わからないことをいろいろ聞ける。華は便利な設定を仮面のようにまとう。
しかし、芝居下手な華は、ちっとも自分の異様さを隠し切れていないことにも気づいていた。最初は子供らしさを装うつもりだったのだが、ヴィルの事件があったため、そうしていられなかったのだ。
「魔石はね、生き物の身体の中にできる、魔素や魔力の固まりだ。生き物は、魔素をとりこみ、それをある程度たくわえる器官をもっている。そこは、魔法を放つ魔力のもとになるところだ。魔力を持つものは、その器官で魔素を圧縮させている。けれども、生き物は死んでしまうと、その圧縮された魔素が循環をやめ、急速に固まり、石になる。こういった石は大抵、魔獣を狩ったり、飼育したりしたものからとれるものを小さく砕いて使っているのだ。それ以外に、鉱山から掘られてくる石もあるし、海の貝などから取るものもある。」
話を聞いていた華は、モリスの手の中で輝く小さなシトリンの色が、命の欠片の名残に思えた。見た感じは氷のように冷たく見えるのに、何か温もりを残しているかのように感じる。
魔素が固まって石になる。どこかで聞いたような話だ。そういえば自分の身体は、その魔素を蓄えたり循環させる器官がないために、行き場を失った魔素がたまりにたまって、身体を石に変えつつあったのだった。
ということは、自分が死んだら等身大の魔石ができあがっていたわけか…。彫刻みたいな自分の姿を想像してみる。しかし、全くありがたくもなんともない。
あのカーデュエルの森で獣に食べられる可能性以外にも、かちんこちんの魔石になる未来もあったわけだ。その場合、自分の身体は何色の石になったのだろう?森のオブジェと化して、雨風を受ける姿を少しだけ考えて、華はクスリと笑った。
一方で華は、そんな魔石のついた鍵でもって塀の扉が厳重に管理されていることに疑問を思った。ただの出入り口なら、普通の鍵でもいいはずだ。なんでこんなに厳重なのだろう?
この孤児院だってそうだ。まるで社会から切り離されているかのように、塀で囲まれている。昨日入ってきた入口付近も、夜間は出入りできないように門が閉められている。
これでは、保護されているのか隔離されているのか、わからない。なんだかもやもやする、と華は思った。
塀の扉をくぐると、そこには丁度、華が最初にあてがわれた部屋から見えた鐘楼があった。二人は鐘楼の後ろを通り、その隣にある、大きな建物へと移動する。
教会、と聞いていたが、裏から建物を見ているせいか、華が頭で思い描く教会のイメージとは全く重ならない。飾り気のない、そっけない建物に見える。
二人は、大きな建物の裏口付近に立った。
モリスは、懐から房のついた五角形の金属板を取りだす。前にも目にしたことがある、身文証か許可証のようなものだ。それを彼は、扉のよこにある窪みに押し当てた。すると、扉が開錠したのか、カチッ、と音がして開く。
やっぱりここって、進んでいるのか、遅れているのかよくわからない世界だ、と華は思いながら、モリスと共に建物の中に入っていった。
入ったところは、チケット売り場か夜間病院の受付みたいなところだった。白い壁に小さなガラス窓がはまっていて、小さなカウンターになっている。でも、その場所自体が小部屋のように仕切られていて、どこにも出られないようになっている。
モリスがそのカウンターの前に立つと、部屋の中にいた男がガラス窓を開け、声をかけてきた。
「ああ、先生じゃないですか。今日はどんな要件です?」
「今日の当番は君か。夜中の内に書類を送っておいたんだけど、そこに指示書がきてないかい?ランゲ主教代理に来るよう言われたんだ。」
男は、トレーの上に重ねられていた紙の束を取り出し、何枚かぱらぱらとめくった。そのうちの一枚で手をとめ、紙を抜き出した。
「あ、ありました。これですね。部屋は、と。三階右手奥にある、ランゲ様の部屋です。」
「わかった。ありがとう。」
守衛らしき人のチェックが終わると、壁とばかり思っていたところがすっと開いた。どうやらそこは、セキュリティチェックを行う場所だったようだ。開いた先は廊下になっていて、普通に部屋が並んでいる。
これが教会?
華は、疑問に思いながらモリスの後を、物珍しげにきょろきょろしながらついていく。建物内は、会社かお役所みたいだった。たまにすれ違う人は、天秤のエンブレムのついた、黒い制服を着ている。教会と言われるより、市役所だと言われたほうがしっくりくる。
階段をあがり、指定された部屋へ向かう。壁は半分腰板でおおわれていて、その上は漆喰で塗られているかのように白い。部屋のドアは木製で、ドアの前にはそれぞれプレートがかかっている。そこに、文字のようなものが書かれているのだが、華はこちらの文字を知らないので、何と書いてあるのか読めない。
「ここみたいだ。」
モリスは、プレートの文字を確かめると、部屋のドアをノックした。
「どうぞ。」
中から男の声がした。
モリスはドアを開け、華と共に部屋に入る。
「おはようございます、ランゲ主教代理。お時間とらせて申し訳ありません。」
「おはよう、先生。」
ランゲ主教代理は、部屋の奥にある大きな机から、鷹揚に挨拶を返してきた。
「こちらが事件の被害者である、リーナです。リーナ、こちらは聖魔教会西支部、コルンバヌス教会のヨハン・ランゲ主教代理だ。」
「え、と、おはようございます。」
華がたどたどしくあいさつをすると、ヨハンは軽く挨拶を返し、立ち上がった。
「そちらで座って話そうか。」
彼が指し示した先には、低いテーブルと、それをはさむように背もたれのない長椅子が置かれていた。それは、事務用の応接セットといった申し訳程度のもので、それほど高級感はない。こんな風に、訪ねて来る客と話をするために置かれているのだろう。
ヨハンは、茶色い髪を後頭部に向けて、ポマード状のものできっちり撫で付け、聖魔教会の制服である、天秤のエンブレムのついたカソック風の黒服を着ていた。ベルトに下げられているブックは、アランが持っているものと比べると、ずっと装丁の凝ったものだったが、モリスやゾルタンの持つブックと比べると、ずっと格が劣るように見えた。もっとも、この二人の持っているブックは、例の金時計のような特別な飾りものに入っているので、余計にそう思ってしまうのだろう。
「聖魔教会附属孤児院の子供、リーナ・チャペル。」
相手の制服や持ち物を見て考えこんでいたせいか、華は少しぼんやりとしていた。おかげで名前を呼ばれているにもかかわらず、返事ができなかった。
「リーナ、呼ばれているよ。返事をしなさい。」
モリスが華に促した。
「…はい。」
もともとアランとモリスによって、適当につけられた仮の名だ。すぐに反応できないのは、仕方がない。
だが、華が返事をしなかったのと、幼く見える外見のせいだろう。どうやらランゲ主教代理にはとろくさい子供だと思われたようだ。
「緊張しているのかい?ヴァルツァー君の書いた報告書を今、読ませてもらったところだ。同じ孤児院の少年が、夜中、君の部屋に忍び込んで盗みを働こうとしたのを撃退したんだって?なんだか、にわかには信じられないね。」




