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101(ワンオーワン)   作者: 叢雲弐月
101人目の魔境王
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ドーム

 どうやらそこは、一番上の階層のドーム部分にあたる部屋のようだった。天井は高く、偽物の青空が天井を覆っている。翼を持つ、天使のような子供が飛びまわり、上空から地上を見下ろす人々が、だまし絵の様式で描かれている。


 外から見た時に見えたアーチ型の窓は、飴色をした木材に彫刻がほどこされていて、ベンチと物入れを兼ねるように作られていた。部屋の壁、三分の二にあたる部分が窓になっているせいで光が燦々と差し込み、中はとても明るい。


 これがただの観光だったなら…。華は心の底から思った。ドームの周囲に広がる青空と地上の景色。これだけの風景を独占できるのだ。高いタワーに上って国見をするように、純粋に楽しめただろうに。


 部屋の奥の方には、書類の束が積まれた猫足の書斎机がデンと構えており、手前には別に、大きめの机とそれにあわせた椅子が何脚か置いてある。だが、一番目を引くのは、バレーボールくらいの大きさの水晶みたいな石だ。


 それは、ギリシャ風の石柱台座の上で、宙に浮いている。若い、20代半ばくらいの男が、その石柱の前に立っていて、宙に浮いている水晶みたいな石に向かって片手をかざしている。


 二人が中に入ると、男は両手で石に触れ、それを石柱台座の上面にある、ちょうど石の半分が入る大きさの窪みに、そっと押し込んだ。それから、入室した二人のほうへと移動してきた。


 男は、時代がかった黒いフロックコートを着ていた。フロックコートの下は、青と黄色の糸で美しく刺繍された銀鼠色の絹のベスト。どう見てもその刺繍は、ミシンなどで縫ったものではない。ベストのポケットから、金色の鎖がこぼれている。時計か何かをその先にぶら下げているのかもしれない。首元は、ネクタイではなく、スカーフのようなものを結んでいる。なんだかとても、クラッシックな装いだ。


 華は、クラーラが着ているマキシ丈のワンピースを、魔女みたいだと思っていたが、彼もまた、これから結婚式をあげる新郎のような服装だ。ここが浮遊城(飛行船)でなければ、コスプレを疑うところだ。


 しかし…。


 この世界…。華の住むアパートの玄関ドアの向こうに広がっていた世界は、日本では見られない光景ばかりだった。ここは日本とは別世界で、彼らの服装も、こちらでは普通のものなのだろうか?


 男は、華の前に来ると、両足のかかとをそろえ、胸に片手をあて、お辞儀をした。


「○@%#&“*△~¥…。」


 華は愕然とした。


 言葉がわからない…。


 相手は、挨拶らしきことを言っているのだと思う。でも、全く聞き取れない。


 どうしてわからないんだろう?クラーラの言葉は、何の違和感もなく通じるのに。あれは、日本語だから? 


 ううん。ちょっと待って。そもそも、クラーラの言葉は本当に日本語だった?


 最初は、さっぱりわからなかったはず。だとしたらいったい、どういうこと?


 あの時は…。そう、急に日本語に聞こえるようになったから、驚いたんだった。彼女は、ハンドルのついた銀色の万華鏡みたいな筒を持っていて、ハンドルをぐるぐる回していた。それから…。


「ストップストップ。やめてちょうだい、ゾルタン。」


 そこへ、クラーラが口をはさんできた。


「いろいろ話さなきゃならないことがあるのよ。困ったことにね。」


 そう言って、クラーラは華のほうをちらりと見た。ゾルタンと呼ばれた男は、少しムッとした様子で眉を寄せた。


「とにかく、ちょっと座らせてちょうだい。できるだけ早くと思って、これでも急いで来たのよ。他人を連れての転移は、とても疲れるわ。」


 部屋の様子から、彼がエライ人なのは確かだと思われる。彼が、彼女の言っていた、ドラクール公という人物なのだろうか。


 華は、クラーラの話を思い出す。確かドラクール公は選定公で、魔境王と契約して後見をするというようなことを言っていた。ということは、かなりの地位の人と見ていいだろう。そのわりには、二人はかなり気安い感じがする。いったいどういう間柄なのだろう?華は、注意深く観察することにした。


 ゾルタンのくせのある、くるくるとした前髪は、目元を隠しがちだ。アクアマリンのきれいな目をしているというのに、その目には輝きがなく、生気が感じられない。華は、男の眼の下にクマができているのを目ざとく見てとった。どことなく、クラーラと顔立ちが似ているような気がする。だが、肌の色は全く違う。少し浅黒い肌の彼女と違い、彼の肌は不健康なまでに白い。


「そこに座って。」


 クラーラは華に奥の椅子を指し示し、彼女は華のとなりに座った。男がクラーラに対して何か言ったようだが、華にはやはり、彼の言葉は理解できない。  


 クラーラの言葉。華にはそれが、日本語に聞こえる。彼女の言葉がわかるのは、あの銀色の万華鏡みたいな筒のせいだったのだろうか?対する男のほうの言葉は、何を言っているのかさっぱりわからない。外国語であるのは間違いない。でも、どこの国の言葉なのかも、見当がつかない。


 華は何も言わず、無言で様子をうかがっている。クラーラに言えば、相手に通訳してくれるのだろうか?何を言っても、さっぱり耳を貸してくれる様子のないクラーラが…。


「何がなんだかさっぱりわからないのよ。私はちゃんと、手順通りにやった。それなのにどうして召喚されたのは女なの?!」


 クラーラはそう言うや否や、華がかぶっていたマントのフードをグイッと力任せに下ろした。何の断りもなく。


 華を見たゾルタンは、驚きで目を見開いている。どうして女であることをここまで咎められなくてはならないのだろう?こんな辱められるようなやり方で。さらすように。しかも、それをやったのは同性だ。華は思わず彼女を見つめた。


 クラーラが身振り手振りで主張している。


「これだけははっきりしている。今回の魔境王の召喚は、失敗だった。だって、召喚されたのは、女だったんだもの。


今までの王は、初代から先代まで全て男だった。だから、これは失敗、もしくは間違い。そうに違いないのよ。


召喚の魔道具が壊れていたに決まっている。壊れているから、この娘が来ちゃったのよ。しかも、こんなやせっぽちな小娘が!学校に通っているような子供よ!!


こんなのあり得ない。だって私は、教えてもらった通りの手順で召喚を進めたもの。何度思い返しても、間違えていないって言える。


とにかく、あの魔道具の魔石はすでに空だから、再召喚はできそうにないし、こちらではもう、どうしようもないの。


この娘を連れて行って、総主教様に面会の申し込みをしましょう。魔道具の苦情を言うの。魔石の交換と再召喚の話をしないと。」


 それに対し、男が何かぼそぼそと答えている。内容は華にはわからない。ただ、クラーラの話に、彼が愕然としていることだけはわかる。


 今までの話から、華が女であることが、彼らにとって非常にまずいことなのだろう。それから、魔境王の召喚を再びやろうとしていること。そして、クラーラは華のことを馬鹿にしており、これっぽっちも考えていないと。


 いったい、華が男だったら何をさせる気だったのだろう?魔境王って何?なぜ、よそ者を連れてこようとするの?後見がどうとか言っていたが、全くわけがわからない。よくある物語のように、魔王でも退治させるつもりだったのだろうか?


 クラーラは、彼女のいう召喚、とやらで勝手に華をこんなところまで連れてきておいて、ごめんなさいの一言もなく、失敗だ、間違いだ、と連呼している。


 まるで、華が全ての元凶みたいだ。華が、女だったから!


『お前のせい!お前が女だったから!』


 頭の中で、思い出したくない声が聞こえてくる。昔、そう罵倒して華をなじったのも、やはり女だった。華にとっては、二度と思い出したくもない出来事だ。それなのに、なんだってまた、全く関係のない場所で会ったばかりの人間に同じことを言われなくてはならないの?!


 華の性別が女なのは、華が選んでそうなったわけでもない。だいたい、クラーラの話だって、きっぱり断っていたはずだ。それに、もどりたい、と何度も伝えていた。けれども、華の希望や事情は全く無視された。それなのに、まるで華が男だったら、全てが解決していたかのような口ぶり。つまり、華が男でも女でも、最初からこちらの事情は全く考慮する気はなかった、ということだ。


 夢のような話は、どこにもない。あちらでも、こちらでも。


 華のお腹の底は、マグマだまりのようだった。表にはまだ出てこない。しかし、不快感や腹の底で煮えたぎるものが、ぶくり、ぶくりと深いところから大きな泡ぶくとなって顔をのぞかせる。その回数は、着実に増えている。ぼこぼこと破裂し、怒りを充満させていく。


「総主教様だって、この領の現状を知らないわけじゃないわ。王の後見をする予定のあなたの言葉を無視するわけない。


だって後見役は、選定の儀で一番強く願ったものが選ばれるのでしょう?そのための魔法のくじ引きなんだもの。領内の安定のためには、どうしても強い王が必要。


あなたには、これまでのどの王よりも強い王が必要だった。だから、あなたに後見役がまわってきた。


その時は、なんて運がいいのかって思ったわ。王を味方につければ、世界は思い通りだもの。でも、召喚されてきたのは、この娘だった。」


 クラーラは自分の言いたいことだけをさらに言い募る。


「他の領なら、女の領主もいるし、当主もいる。でも、この領では女の地位はとても低い。それでなくても、あなたは第一夫人の子供じゃない。


第二夫人だった私の妹も、この領の出身じゃなかった。純血であることを何よりも重んじる石頭ぞろいの貴族連中は、領主であるあなたの言うことを聞かないっていうのに、女の王の言うことなんて、もっと聞くわけない。きっと、総主教様なら理解してくださるはずよ。」


 へぇー、二人は伯母と甥なのか。華は、ひどく醒めた頭で話を聞いていた。彼の母親は他領のよそ者で、第二夫人。そのせいで、出自が劣っているとみなされているわけか。でも、その出自でどうやって領主になれたのだろう?第一夫人の子供は?


 二人は親戚。どうりで気安いわけだ。あれ、でも母親はどこ?なんで、そのよそ者である母親の姉が、こんなに甥にべったりなんだろう?母親以上にうっとうしい感じだけど。


 ああでも、そんなことどうでもいい。私には関係ないもの。


 だいたい、貴族連中が頭がかたくて領主の言うことを聞かない?女の王の言うことも聞くわけがない?


 どの口が言うのだろう!華のお断りも、帰りたい、も一切聞く耳もたなかった人間が!!


 なんて身勝手な人たち。人の都合などおかまいなしに、華のいつも通りを壊したくせに!これ以上、付き合っていられない。


 華は、ことさら静かに口を開いた。


「報告は終わったかしら。私は、あなたたちの事情なんて、これっぽっちも興味ない。あなたもまた、私の事情に興味がないわよね。


私があなたについてきたのは、元の場所に帰りたいから。王がどうとか、総主教がどうとか、知ったことじゃないし、全く関係ない。


勝手に人をこんなところまで連れてきておいて、詫び一つ言わず、いつまでも自分たちのことばかり。私がここにいるのは、全部、あなたたちの都合に巻き込ませたせいだわ。


私は最初からあなたの話しを断っていたし、受ける気もなかった。あなたたちには、私に対してやったことの責任がある。いいかげん、私を元の場所に帰してくれる?」


 ゾルタンが、驚きの表情で華を見つめている。


「彼が誰だか知らないけど、ちゃんと私が何を言ったか教えてあげてよね。どうせ、通じてないんでしょう?」


「言葉、わからないの?」


 クラーラがきわめて意外だ、という顔をした。


「なぜわかると思うの?」


「ほら、やっぱりこの娘は王じゃないのよ。だから、言葉がわからない!」


 本当、最悪!クラーラは最低限のこともやる気はないわけだ。


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