治癒魔法
「いいえ、彼です。」
華は簡潔に、シレッと答えた。モリスは華の答えに、納得はしていないようだ。そこで華は、こう続けた。
「彼が私に向けた暴力と魔法が、私のお守りによってそのまま、彼自身にはね返りました。魔法を放ったのは彼なので、どんな魔法を使ったのかは知りません。お守りがなかったら、そこに転がって血を流していたのは、私だったでしょう。」
華の言葉に、アランがこう続けた。
「先生、俺がこの部屋のドアを開けた時、ヴィルがちょうど魔法を放つところでした。やめろとさけんだが、彼はやめなかった。発動した魔法の光は、まっすぐ彼女に向かっていき、そのまま反射された!彼女は指一本動かしてもいなかった!悪いのはそいつだ!自業自得だ!」
魔法が放たれた時、やめろと叫んだアラン。
彼は物音を聞き、もしやと思い、まずヴィルのベッドを確かめたそうだ。しかし、ベッドは案の定、空っぽだった。そこで、ジャックに先生を呼ぶよう頼み、自分は三階に上がってきた。
規則では、男子は三階にあがることはできない。だが、異様な叫び声と物音は続いていた。普段ならともかく、どうみても異常事態だ。そこで、なりふりかまわず上がってきて、声をかけてまわった。女子は、怖がって部屋の中でかたまり、年長のものがそっとドアを開け、様子を伺っていたらしい。
そういったことを一通り聞くと、モリスは再びヴィルに向き合った。
そして、あの金時計に似た飾りものの蓋を開ける。中は、金属のパーツが見えるスケルトン。心臓の拍動みたいな動きをする、トゥールビヨンに似たもの。その中で、小さな青い稲光が走り、そこから黒い本が飛びだしてくる。
同じだ。やはり、ゾルタンの持っているものと同じ仕組み。
宙に浮く本。大きくなり、その表紙がはっきりと見えてきた。宝石がいくつもはまり、金色の細かな線が踊るように文様を描いている。頑丈そうな鍵は、カチリという音と共に開き、その特別で美しい中身を予感させる。
めくられていくページの色鮮やかさ。赤、青、金、黒、万華鏡のように複雑な色合いが残像のように華の目に映る。
どうみても、さっき見たヴィルのブックとは格が違う。
「すごい、先生のブック、はじめて見た。」
アランが息をのむようにじっと、モリスのブックを見つめている。多分、この部屋にいる子どもたちは皆、同じところを見ていたことだろう。
モリスの杖は、慣れた動きでふるわれる。コンダクターの指揮棒みたいな動き。
なめらかに、踊るようにふるわれる杖の先から放たれた魔法は、美しい青い光。
これだ。これこそが、魔法。華がイメージする、美しい魔法。
「あれは、治癒魔法だね。」
いつのまにか、ジャックがそばに来ていた。
「あんた、来て早々、大変な目にあったね。大丈夫?」
「ええ、私は大丈夫。」
「全然驚いてないみたいだけど、怖くなかったの?」
華はジャックの問いに答えようとした。
「うるせぇっ!触んな!!放せ!!」
ヴィルは、治癒魔法で傷口をふさいでもらった途端、身体を起こしてきた。その起き上がった半身であたりをぐるりと見回し、周囲を威嚇するように睨め付ける。そして、華の姿を確認するや指差す。
「お前!よくも、よくもやったな!絶対、絶対お前だけは許さない!殺す!!殺してやる!!」
大声で喚き散らし、自分の周りの床にゴミ屑のように散らばる紙切れを払いのけ、手探りで何かを探そうとしている。
「ヴィル、やめなさい。動き回ると傷口が開く。身体の傷は、表面をふさいで血が流れないようにしているだけだ。内部まで治ったわけじゃない。一時的にふさぎ、苦痛を和らげてはいるが、そんな風に暴れたら、またすぐに開くぞ。」
「俺に指図すんな!ブック、俺のブック。俺のブックはどこだ!」
早くも乱暴に動き回ったせいか、腕の傷口が開いてしまったようだ。彼の手は、せわしなく動き、あるべきものを探す。が、見つけることはできない。
「ブック、くそっ、どこへ行った。あいつ、今度こそあいつを絶対に、俺は。畜生、ブック、俺の、杖、ブック。どこ、どこだ。」
目の色を変え、ぶつぶつと呟きながら探し物をするヴィル。
「君のブックなら、そこで散らばっている。どうやらバラバラになってしまったようだ。杖も折れている。魔力を叩きつけられて耐えられなかったのか、反射の負荷が大きかったのか。」
「嘘だ!返せ!」
ヴィルは、周囲に散らばっている紙切れが、自分のブックだったとは、どうしても認めたくないようだ。何度も同じことを繰り返し言い、モリスを困らせた。モリスは深い溜息をついた。
「いいかげんにしなさい。杖もブックも、もう無いんだ。私はこれ以上、君に治癒魔法を使う気はないよ。言っておくが、君に復讐の機会はない。そんなことは、私がさせない。君はこれから、私と一緒に来てもらう。」
「はあっ?なんで俺がお前の言うことなんか聞かなきゃならないんだ。俺はあいつのせいで、怪我してんだ。いいか、俺は被害者だ。怪我させられたんだ。あいつのせいだ。連れていくのは、あいつのほうに決まってんだろ。」
「君はどうしてここにいたのかね?」
ヴィルの主張に対し、モリスは質問を投げかけた。
「男子は三階に上がってはいけない決まりだ。なぜ君はここにいたのか、説明してくれないか。」
「知るかよ。そいつに来てくれって、誘われたんだよ。」
ヴィルは、ケイトを指差していた。




