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101(ワンオーワン)   作者: 叢雲弐月
101人目の魔境王
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折れた杖

「大丈夫か!!」


 真っ先に部屋に飛び込んできたのは、アランだった。


 アランはまっすぐ華のそばに駆け寄るや、華の両肩を鷲掴みにして、その無事を確かめようと、グラグラと身体を強くゆする。あまりに強く揺すられたので、華は返事を口ごもる。


「だ、大丈夫、大丈夫、大丈夫だから、私はなんともないから、お願いだから落ち着いて。」


「本当に?本当に?」


「うん、本当。本当に、なんともない。」


 何度も何度も問うので、何度も答えるはめになった。アランは、ちょうどヴィルが魔法を放つところを見ていたせいか、かなり動揺していた。


 華が怪我をしていないことを確かめると、今度は安心したのか、華の身体をがばっと抱きしめた。


「うわっ。」


「よかった…、よかった…。ごめん、ごめんよ。俺が、あんなことを言ったせいだ。俺が、もっと気をつけていたら。ごめん、本当にごめん。」


 思いがけず抱き寄せられた華は、びっくりしていた。こんな風に、誰かに抱きしめられた経験などない。こんな時、どうすればいいのだろう?


 けれど、自分の身体に伝わってくる振動で、彼が本当に自分のことを心配していることがわかった。アランは、震えていた。


 彼は昔、妹をなくしている。だから、華に手を差し伸べてくれた。助けたいものをまた失うかと思い、動揺している。華は、そう思った。


「違う、違うよ、アラン。悪いのは、あっち。」


 華はアランからゆっくりと身体を離し、あちらを指さした。


 誰かが部屋の明かりをつけた。息をのむ音が、かすかに聞こえた。弱い光だが、そこで何が起こったかを知るには、充分な明かりだ。


 オオオオ、オオオオオ。


 そこには、言葉にならない唸り声をあげるものがいた。


 ゼンマイ仕掛けのオモチャみたいに床を転げ、血を汗のように流している。喉の奥から湧きあがる母音には、痛みと共に、怨念がこもっている。


 切り裂かれた寝巻は、所々紐になった状態でぶら下がり、かろうじて身体を覆っている有様。


 自らの力を誇示するように腰に下げられていたブックは、雨上がりに踏まれる木の葉のように濡れている。千切れ、散り散りになり、見るも無残な欠片に書かれた記号。血に染まった記号は、意味をなさない暗号のように、床のあちこちに散らばっている。


 真ん中から折れた木の杖が、床でのたうちまわる者に押しやられ、カラカラと乾いた音をたて、壁際に転がっていった。


 子供たちは、息をひそめるようにかすかな音で呼吸をし、部屋の入り口でこちらを伺いながら、遠巻きにしている。血まみれで倒れているヴィルに近寄るものは、一人もいない。


 ヴィルを恐れていたもの達は、今度はベッドの上にただ座っているだけの少女を怪訝そうに見つめる。いったい何があってこうなったのか?皆の顔にはそう書いてあるが、あまりの惨状に、率先して聞き出そうとする勇者はいない。


 床の上でのたうちまわるもの。


 その姿、その様子を、華は傍観者のように静かに見つめていた。


 自分でも冷たいと思う。明らかに怪我をし、苦しんでいるのだ。駆け寄って声をかけ、出血を止める算段でもしてあげるのが親切というものだろう。


 しかし、華はそうしなかった。


 これは、結果だ。ヴィルが華に向かってしようとしていたことが、彼に返っただけなのだ。


 あそこに転がるのは、本当は自分だった。あの痛み、苦しみ、叫び、それら全ては、華が受ける予定のものだった。そうならなかったのは、お守りがあったからだ。華は、契約者によって守られている。


 相手にあんな怪我をさせてしまうほどの魔法。その怪我のひどさに、華は思うのだ。それを放つほどの憎悪を彼が自分に向けていた。その事実を。


 他人から物を奪う、ただそれだけのために、彼はこれだけの力をふるった。魔力の多いものがした、この仕打ち。


 魔法は大きな力だ。色々なことができる。魔法とは、とても夢のあるものだと華は思っていた。しかし、実際に華が目にした魔法は、少なからず相手を傷つけるものがあった。その魔法によって、華は口がきけなくなったし、今度は傷つけられるところだった。


 どんな便利な道具も、どんなすぐれた力も、夢だけを見せてくれるわけではない。強い力は、人を守ると同時に、人を傷つけるものとなりうる。それが小さくても、大きくても、人に幸せを与えると同時に、不幸にもする可能性を持つ。


 だから人は、考えなくてはならない。大きければ大きいほど、それをどう使うか、を。


 ヴィルは、こんなことを誰かにずっとやってきたのだろう。自分に反抗できそうにないものを相手に。華だって、ナーガラージャの守りがなかったら、無事ではなかった。


 ブックと杖を失ったヴィル。


 ナーガラージャは、人はブックを使って魔法を使うと言っていた。それを失ってしまったヴィルは、再びブックを作るまで、魔法が使えないのだろうか?



「どうした!何があった!」

 部屋の入り口でたむろする子供たちをかきわけ、孤児院の管理者たるモリス・ヴァルツァーがやってきた。


 ジャックが一緒のところを見ると、彼が呼びに行ったのだろう。この部屋は、モリスが住んでいる家とちょうど反対側にある。多少、こちら側で物音がしても、彼のところまで音が聞こえていたかは疑問だ。


 真夜中に叩き起された彼は、寝起きそのままで出てきたらしく、ぼさぼさの頭だ。おまけに、着替える暇もなかったのだろう、しわくちゃな寝巻姿のままだった。


 それでも華は、そのフットワークの軽さを管理者として評価した。それに彼は、必要なものを忘れていなかった。手には黒い杖と、例の目立つ飾り、華に彼の身元を確信させた、黒い蓋に金の象嵌細工のある、金時計みたいな形のものをちゃんと持っていた。


 モリスは、床にころがるヴィルを目にすると、まず彼に近づき、声をかけながら怪我の程度を確認した。


「おい、君、大丈夫か。」


 声をかけたが、ヴィルは答えなかった。体中の痛みに思考する余裕もなく、まともに応対できないのか、それとも、思い通りにならなかったことにじれてふてくされているのか。


 モリス・ヴァルツァーは振り返り、華に問うた。


「これをやったのは君か。」



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