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101(ワンオーワン)   作者: 叢雲弐月
101人目の魔境王
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侵入者

「人を襲うには、月が明るすぎると思うけれど。」


 あまりにも予想通りな人物がやってきたので、華は拍子抜けしているくらいだった。そのせいか、口から出た言葉は冷静を通り越し、皮肉交じりだ。


 侵入者は華に向かって、持っているものを全部差し出せ、と言った。出さないと、酷い目にあうぞ、と。


「いかにも強盗が言いそうなこと、言うのね。」


 華は苦笑していた。


 相手は華のことを何も知らないはずだ。ろくな下調べもせず、簡単にこんなことをするのは、何度も同じようなことをしてきた成功体験があったからだろう。


 やってきたのは、ヴィルと呼ばれていた少年だった。彼は大胆にも顔を隠すこともせず、寝巻姿にベルトをつけ、ブックと杖を携帯して、華のいる部屋へと忍び込んできた。


「来るかもしれないとは思っていたけど、まさか本人が来るとは思っていなかったわ。案外、働き者なのね、あなた。」


 華が馬鹿にしたように言うと、ヴィルはむっとしたようだった。彼は、何度も同じようなことをここでやっていたのだろう。華の嫌味にも、それほど動じる様子はない。人を脅すことにためらいも感じていないようだ。


「チビのくせに、意外と腹が座ってんだな、お前。ああ、単に強がってるだけか。その強がりが、どこまで続くか、見ものだな。」


 華は、ベッドの上に座ったまま、微動だにしなかった。自分でも、なんでこんなに落ちついているのだろう、とおかしくなった。


 華にとって彼は、わかりやすい人間だった。良いも悪いもない。ただの、わかりやすい悪だ。人のものを平気で取り、簡単に暴力を使う。それでいて、自分が悪いなどとはこれっぽっちも思っていない。だから、搾取しようとしている相手から何かを言われても、ひるむこともない。ただ、目的を達しようとするだけだ。


「まあいい。お前、金のネックレスを持ってるんだってなぁ。よこせよ。」


 ああ、そういうことか。情報源は、ケイトか。ケイトが華の洗濯をしている時にでも、二人は接触していたのだろう。


 最初、ケイトは華に馬鹿にされていると勘違いしていた。だから、話したのか。


 いや、それは違う。食堂でヴィルに押されてドアに当たっただけで、痛そうに腕をさすっていた。もしかしたら、華の情報を聞き出すために、目につかないところを怪我させて脅していたのかもしれない。


 そうだとしたら、ずいぶん手慣れてる感がある。華の寝巻は、誰が見ても値打ちものだとわかるそうだから、それを見て、何か他にも持っているかもしれないと思ってきたのだろう。でも、華の持つネックレスは、ただのアクセサリーではない。


 華は納得した。そのせいで、かかわらなきゃよかった、とケイトは言っていたのだ。こうなることを知っていたから。


「何ぼさっとしてんだよ。さっさと出せって言ってんだろ。それとも、怖くて動けないのか!」


 ヴィルはすごんできた。


「うるさいわね。今は真夜中なのよ。子供は寝る時間。さっさと帰って寝なさい。」


「はぁっ?!」


 自分よりもずっと年下に見える華に、子供呼ばわりされたせいだろう。さすがのヴィルも、カッとなったようだ。一気に距離をつめるや勢いよく拳を振り上げ、華に向かって来た。


 殴られる!


 反射的に華は、腕で顔を守ろうと身構えた。


 ドカッ!!


「ギャァッ!!」


 だが、殴ろうとした腕はすんでのところで華には届かなかった。


 ナーガラージャのお守りによって弾き飛ばされたのだ。ヴィルは華のいたところとは反対側にあったベッドに叩きつけられるはめになった。昼間、華を襲ってきた男と同じように、見えない何かによってはじかれたのだ。


「腕…、腕が、腕が…。」


 ヴィルはベッドの上でゴロンゴロンと、腕を抱え込みながら転がっている。


 すさまじい悲鳴と同時に、大きな音がしたせいだろう。静まり返っていた建物内はにわかに活気づき、他の部屋から物音や人の声が聞こえて来た。


「くそっ、くそっ、くそっ、くそっ!!」


 ヴィルは、しばらくゴロゴロしていたが、そのうち、悪態をつきながら身体を起こしてきた。


「殺してやる!お前、絶対に許さない。殺してやる!!」


「物騒なこと言うのね。強盗のくせに許さない?何か勘違いしていない?許さないって言うのは、こっちのほうだと思うんだけど。」


「うるさい、うるさい、うるさい!奪ってやる、全て奪って、殺してやる!!」


 華に向かってふるおうとしていた拳は、お守りで弾かれたせいで骨にひびが入ったか、折れたかしたのだろう。しかし、彼がはじき飛ばされた場所がベッドの上だったせいか、片腕以外にダメージを負ってはいないようだ。


 ヴィルは、早くもはれ上がってきた腕をかばいつつ立ち上がった。そして、動かしても大丈夫なほうの腕を使い、杖を取り出してきた。


 杖?まさか今度は、魔法を使うつもり?


 華は眉をひそめ、身体をかたくする。今までお守りは、物理的攻撃をはじいてくれた。しかし、魔法はどうだろう?同じように、ちゃんとはじいてくれるだろうか?


『我の鱗は、どんな攻撃も弾く強い鱗だぞ。小さきものどもの悪意程度など、ものともせぬ。身につけている限り、そなたは守られる。』


 小さきものの悪意…か。


 寝巻の下にあったネックレスを、華は胸元から取りだす。


 華の手の上で、ナーガラージャの鱗がチカチカと瞬く。線香花火のような独特の輝きは、薄暗い部屋の中でも、貰った時と変わらず光り輝く。小さいのに、爆発するかのような力強さ。宇宙の闇のように何もかもを包んでしまうほどに黒く深い色の上で、目を驚かせるような瞬間的発光。これほど華にとって頼もしい光はない。


 金の鎖がしゃらりとかすかに鳴り、三日月のような形が抱き抱える石は全部で五つ。


 華は、その一つ一つを指でなぞり、冷たさを確かめる。


 あの、チョコレート。華があちらの世界から持ってきた、最後の持ち物。それを差し出し、契約した。その契約者がくれた、お守り。


 この王都の結界を壊した時でさえ、ナーガラージャにとっては『何か変な反応があった』程度の反応だった。小さきものどもの悪意など、ものともしないに違いない。


「よこせ!!俺は奪われた。だから、奪い返してやる。何もかも。だから、お前からも奪う。奪って、奪って、殺してやる!」


 ヴィルの言葉は、まるで呪詛のようだった。


 何度も繰り返されるその短い言葉の中に、彼の持つ、深い闇をかいま見る。


 何があったのだろう?何が彼をこんな風にしたのだろう?生まれた時から、そんな言葉を吐いていたわけではなかろうに。


 人から奪い、殺してやる、と叫ぶ彼の目に宿るもの。そこには何か、華には知ることのできない深い恨みや憎しみが、冬のツララのように凝っている。


 そんな風に、ずっと恨みを抱え続け、八つ当たりのように人から奪い続けないと、彼は平静を保っていられなかったのだろうか?建設的とはとても言えないドロドロとした欲望を動力源に、ふるわれ続けた暴力。ほんの少しの優越感のために、誇示された力。


 奪っても、奪っても、深くえぐれた心の穴は、ちっとも埋まらなかっただろうに…。


 華は、彼を憐みの目で見つめた。


「悪いけど、私はもう、これ以上、何一つ失うことはしないし、誰かに譲る気もないの。」


 華は、ただ静かに、ベッドの上に座っていた。月の光を背に受け、陰になった華の胸元で、チカチカ瞬く光。


 階段を、廊下を、誰かがドタドタと走ってくる音が聞こえる。足音は一つではない。誰かの名前を呼ぶ声も聞こえる。怒鳴り声と、あわてたように乱暴に開けられるドア、叩きつけられるような音、踏みならされ、きしむ床…。


「全部、壊してやる。全部、全部!!」


 のぼる月はすでに中天。


 杖で乱暴に叩かれ、紐解かれたブックを、月の光がささやくように照らす。宙に浮き、開かれたページは、華には見えない。


 ヴィルが何かを叫んでいる。でも、部屋の周囲が急ににぎやかになったせいで、彼が何を言っているのか、華には全く聞きとれない。


 華が無言のうちに、事態は進行する。何もかもが、ゆっくりとコマ送りされているような感覚が、華を襲う。


 部屋の扉を誰かが乱暴に開いた。すぐそこで、魔法を発動させようとしていたヴィルに気づき、誰かが大声で叫ぶ。


「やめろぉっ!!!」


 だが、遅かった。ヴィルの魔法は発動した。


 振られた杖の先。眩しい光が華に向かって放たれる。


 定規で引いた線のように、まっすぐに進む光。


 発動した魔法の光は、記号で指定された通り正確に、必要な熱量を運ぶ。


 やがて、目的の地に結果をもたらすために。


「ギャアァァーッ!!!」






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