実験
脅している、などと物騒な言葉を言ったせいか、二人はモリス・ヴァルツァーのことについて聞きたがった。が、華はそれ以上、答えなかった。
ボリス・ヴァルツァーレクは、どこかに雲隠れした、といわれている人物だ。ここで彼が何をしているのか、華は知らない。孤児院の世話係になって、このままずっとここで隠れているつもりなのかもしれないし、全く別のことをするための隠れ蓑にしているのかもしれない。
だが、今のところ、そういったことは華にとってどうでもよい。なぜなら華もまた、自分の存在を隠している人間だからだ。正体をさらしたくないのは、お互い様だ。
多分、アランが自称モリスに、息子とお揃いの飾り物の話をすれば、彼は華の正体を気にするだろう。それでなくとも、華についての情報は何も答えていない。だいたい、彼に協力するものがいなかったら、こんなところで孤児の世話係などしていられないはずだ。どこかでそれなりに、情報交換をしているはず。
そのうち、ドラクール領で何が起こっているかを知るだろう。そうすれば、華が何者か、見当をつけるかもしれない。華の顔立ちは、このあたりではめずらしいといわれていた。遅かれ早かれ、正体がばれるのは時間の問題だ。
だが華は、明日にもここを出て行く予定だ。いなくなった後で、自分の正体が彼に知れても全然かまわない。ドラクール領で起こっていることの責任の一端に、ボリス・ヴァルツァーレクの名前がないなどとは言わせない。
それは華にとって、ちょっとした意趣返しだ。本来なら、前ドラクール公の彼が、息子の後ろ盾となって睨みをきかせていなくてはならない。だが、彼はそれをせず、ここにいる。そのせいで、ドラクール領は問題だらけと言ってもいい。
華からすれば、こんなところにいるのが悪い。アランの後ろ盾になって、ここで彼がしようとしていることをつぶさないで育てさせるぐらい、孤児院の世話係の仕事の範疇だろうと思った。
アランは華を助けてくれた。だから、自分も彼に助力してあげたい。それだけのこと。だから、少しばかり入れ知恵をする。華が教える知識を生かすも殺すも、それは彼次第。
とりあえずは今やっている、広告でいい。アランはそのうちこれを、かわら版か新聞のようなものにしたいようだったが、それには資金力や協力者が必要になるだろうと華は思ったので、そういった知識については教えないでおく。
そこで華は、とりあえず責任者にモリスを引き入れること、情報紙の名前を決めること、今のように情報を売るのではなく、情報を流したい店側からお金をもらうこと、について話すことにした。
「でも、店が俺たちに金を出すと思うか?」
華が話したことに、最初に反応したのはジャックだった。アランと違って、彼はシビアな面がある。当事者でないため、冷静に見られるのだろう。アランが最初から華のことをすんなり受け入れたのとは違い、上手い話などあるわけがないと、警戒もしている。でもそれは当然だし、それでいい。その警戒心は、ジャックがそれだけアランを友人として大事にしている証拠だ。
「広告の効果を知れば、出すと思う。だから、最初の一回はお試しということにして、どこかで実験してみたらどうかと思うの。」
華は、一つのやり方を示すことにした。
「実験?」
「まず、モリス・ヴァルツァーに相談して、最初の一軒を決める。実験だから、お店からお金はとらない。その際、店に全面的に協力してもらわないといけないから、仲介役として、モリス・ヴァルツァーが必要なの。店の協力をとりつけたら、売りたい商品や、割引される商品についての情報を広告として情報紙にのせるために、あなたは下調べをすることになる。店にどんな人がやって来るか、よく観察して。それから、店員さんから商品の情報をちゃんと聞き出すこと。お客さんと直接対峙しているのは店員だから。そして、聞き出したもの、観察したものからあなたは記事を書くの。記事の中に、その品物を使うと、使った人はこれだけ得をしますよ、こういった印象を人に与えますよとか、具体的に示すように書いて。それを読んだ人が、商品を買いたくなるようにね。その際、モリスと店主、店員、みんなに原稿を見せて意見を聞き、きちんと許可をとること。いいかげんなことを書いてはいけないし、売れなかった責任をこちらに被せられても困るでしょ?絵をいれると効果的になるから、紙面のレイアウトも考えて。そして、印刷してタダで配るの。」
「配るの?お金とらないで?」
アランは、口をぽかんとあけている。ジャックが言う。
「でも、それじゃ、もうからない。それどころか、赤字だ。仕事にならないよ。」
「実験だもの、それでいいの。そのかわり、店主に協力してもらって、統計をとりなさい。売り上げがどれだけ伸びたか、広告の効果がどれだけあったかを具体的に確かめるの。店主や店員に実感してもらうことも大事。あなたも現場に足を運んで、普段と客層がどれだけ変化したか、確かめて。どれだけの人間が広告によって店に来てくれたか、普段と人出がどれくらい違うか、人数を数えてごらんなさい。実際に数字で効果があれば、アランのしたいことがお金になるって目に見えてわかるでしょ?これで、店主側にメリットがあるとわかれば、次からは有料でやればいいし、別の店で同じ方法を使う時、説得材料にもなる。店からどれくらいのお金で仕事を引き受けるかの判断材料にもなる。そして、次からはきちんと契約を結んで仕事を受けることにするの。」
「なるほど。それで先生に相談しろって言ってたのか。俺達がいきなり実験させてくれって言っても、簡単に協力してもらえるとは限らないからな。効果があっても、なかったとごまかされても困る。」
「確かにそうだ。これで売り上げがあがるってわかれば、ほかの店でも使ってもらえるかもしれない。」
「私が話したのは、一つの方法にすぎない。それをあなたが使うかどうかは、あなた次第。それは、あなたが考えること。もとは、あなたが考えついたことだもの。今まで通りの方法を、そのままやってもいいの。私はただ、情報を欲しい人からお金をもらうのではなく、情報を流したい人にお金をもらう方法に変えたらどうかって、思っただけ。方法は一つって決まっているわけじゃないし、あなたはまだ、一人立ちしているわけじゃないから、いろんな方法を試してみればいいと思う。」
華は、自分の思った事を全て押し付ける気はなかった。ただ、そういった方法があることを教えるだけでもいいと思った。人それぞれ、やり方はあるのだ。それは、本人に選ばせるべきだ。
だが、アランは華の手を取り、こう言った。
「俺、やる。君の言ったとおりにやってみたい。それで、俺がやろうとしていることが、ちゃんと仕事になるんだって、証明したい。」
彼はすっかりやる気になっているみたいだ。
「そう。少しでも、アランの役に立ったのならいいわ。でも、いろんな人に協力してもらわないといけないから、一人でというわけにはいかないと思う。」
「そうだね。でも、やってみたい。君の言うとおり、先生に相談してみる。確かに、一人じゃできそうにないけど、その実験はやってみる価値があると思う。」
「お金をもらう相手を変える、か。うん、発想の転換だな。目からウロコって、こういうことか。本当、あんた、何者?先生も謎だけど、あんたも謎だわ。アラン、お前、えらいもん拾ってきたな。」
ジャックが茶化すように言う。だが、華は内心、苦笑していた。自分は単に、そういうことを知っているだけだ。知っていることの欠片を、口にしただけ。
本当にすごいのは、情報を生かして商売にしようとしていたアランのほうだ。自分は、そういうことを知っていても、やろうとはしない。全然、知識を生かせてない。だから、つまらない知識を頭にぎゅーぎゅー詰め込んだだけの、ただの頭でっかちにさえ思えてくる。
でも、アランが今、楽しそうに笑っているのは、華もうれしい。じゃれあう二人の少年を見ながら華は、助けてくれた彼に、これで少しでも恩返しができたならいいな、と思っていた。




