調理
まさかあの総主教が、ここの出身だとは思わなかった。思わぬところで彼の噂を聞く。
「とても優秀だったっていう逸話が残っているからね。でも、あの人がいてくれたおかげで、ずいぶんここの設備や待遇が良くなったって、兄貴が言っていた。今も確か、寄付をもらってるはずだよ。」
「ふうん。」
なるほど、そういう話を聞くと、なんだか出来た人間に見えてくる。少なくとも、孤児であることを恥じ、黒歴史みたいになかったことにするような人ではないようだ。
「兄貴が青騎士になれたのも、総主教様がいたおかげかもしれないな。孤児でも能力があるものは取り立てようっていう風潮になったから。」
緑色の皮をむきおえた芋を切り終わると、アランは台所の隅に天井からつるしてあった、重そうな麻袋をとってきた。調理台の上に袋をドサリとのせ、彼がその袋の紐をゆるめると、途端に袋の中からキーキーという、ネズミの鳴き声みたいなものが聞こえて来た。
まさか…、ソレ…、食用???
華はびっくりして、思わず後ずさりした。
アランは鳴き声など気にもとめず、腕を袋の中に無造作に突っ込む。
げ、まさか袋から出して…。
ところが、アランが袋の中から取り出したものは、生き物ではなかった。
「何、これ…。」
見かけは紫タマネギみたいだ。取り出されたタマネギもどきは、キーキー元気に大合唱している。
「それ、キーキーいうの、気にならないの?」
華はアランに聞いてみた。
「え、気にならないよ。これなんか、おとなしいほうだし。」
それはつまり、もっと激しいやつがいるってことか…。
「もしかして、これ、見たことないの?」
華は黙ったまま、頷いた。
「鳴き声とか動くとか、普通だよ。だって、ここではどんなものも魔素の影響を受けないものはいないから。」
魔素…!
華の身体の中に、それを魔力にする器官がなかったせいで、固まりになりつつあったものだ。確か、魔境王の仕事は、その魔素を浄化するものだって…。
魔素って、何だろう?どんなものも魔素の影響を受けないものはないって、それって空気みたいなもの?
もしかして魔境王って、空気清浄機???!
華は頭をかかえた。
その予想が当たっていたら、王が必要とされ、高待遇を受けるのもわかる。浄化されなければ、魔素は汚れ続け、全ての生き物に影響を与えることになるからだ。
「どうしたの?」
華はアランの問いかけには答えなかった。今は魔素の浄化とか、そういったことを考えても仕方がないからだ。
だが、華が浄化をしないことでこの世界が影響を受けるのなら…。そういったことについて、調べなくてはならない。そう、頭の片隅にメモした。
アランは、タマネギもどきを取り出すと、袋の口をきゅっと締め直す。すると、袋の中身はおとなしくなった。
「あれ、キーキーいわなくなった。」
「ああ、これは光が大好きでね。暗いところだとおとなしくなるんだ。だからこんな風に、袋の中にいれとくの。」
そう言って、アランはタマネギもどきの皮をするっと手早くむく。光があたると叫び出すとか、ひっこ抜くと叫び声をあげるという話が伝わるマンドラゴラみたいだ、と華は思った。
皮をすべてむき終わると、彼は熱湯をわかした鍋に、タマネギもどきをまるのままドボン、とつける。
するとキィ、という哀れな断末魔の叫びと共に、タマネギもどきは沈黙した。
タマネギもどきが鍋の中で黙ると、アランはそれを網じゃくしですくいあげ、ナイフでスライスした。そして、再び同じ鍋の中にもどす。なるほど、タマネギもどきが事切れて静かになったところを見計らって切り、またもどすのか。
アランが作っているのは、どうやらスープのようだ。少しのお肉と、野菜を煮込み、ハーブで臭みをとり、塩で味を調える。シンプルだ。スープのほかは、ケイトがあらかじめ買っておいたらしい、大きな丸いパン。
華は、パンを切り分ける手伝いをしながら聞いた。
「果物とかはないの?」
「果物?あっても、今は高くてとても手がでないよ。」
そうだったのか。華が、あのお城で何も食べられない時に食べていた、あの妙な色と形をした果物は、どうやら高級品だったみたいだ。
「他にはどんなものを作るの?」
アランは首をふった。
「これでおしまい。」




