少女
「あっちのほうに、食堂や風呂場があるんだ。ここの階段を上がって、二階は男子部屋、三階は女子部屋になっている。」
建物は、中央にある階段を中心に、左右両翼に部屋が展開されていた。
アランが食堂、と呼んだ部屋のドアは開いていた。中はかなり広く、大きな細長い机が二列になるように置かれていて、スツールタイプの椅子がたくさん並んでいた。
その長細い机の上を、せっせと雑巾で拭いている少女がいた。
「あ、ケイトがいる。今日の当番はケイトだったのか。」
アランが名前を呼んだ。
「アラン?なんで早いの?ああ、そっか。呼び売り、ちっとも売れなかったんでしょ?だから言ったのよ。あんなのちっとももうからないから、さっさとやめたほうがいいって。どうせ赤字なんだから。」
彼女はその場で腕組みをしながら、アランにつっかかるように言った。
それを聞いた華は、どうやら自分のせいでアランの今日の稼ぎを犠牲にさせてしまったようだと気付いた。
ケイトが着ている服は、華がさっき衣装箱から持ってきたものよりずっと華やかでぱりっとしている。同じように安物の木綿なのだが、きちんと糊づけされ、アイロンがかけられている。彼女は、紫色の髪に少しつり目がちなせいか、とても気が強そうに見える。
「行くことは行ったんだけどね、まあ、色々あって。」
そう言いながら彼は、後ろにいた華を手で前に押し出してきた。どうやらそういった嫌味のたぐいは、普段から言われ慣れているのだろう。アランは相手の言葉に反論はしなかった。
「何、その子?なんであんたのコートを着てるの?」
彼女は、あからさまに嫌な顔をした。
「ちょうどいいや。リーナだよ。さっき先生のところに行って、仮登録だけすませたばかりなんだ。俺が世話係になった。それで、風呂に入ってもらおうと思って連れて来たんだけど、女子の部屋には俺、入れないから、風呂と部屋の説明だけ、頼んでもいいかな。代わりに俺が、当番の仕事やっとくから。」
「へえ、あんたが拾ったの?」
ケイトの目が、品定めでもするように華を上から下まで見る。
「そう。俺の妹分だから、よろしく。リーナ、ケイトだよ。ここでは一番年長だから、頼りになるよ。」
なんだか知らないうちに、アランの妹分にされていたようだ。昔話を聞かされたせいかもしれない。
「は…、いや、リーナです。よろしくお願いします。」
華は、うっかり自分の名前を言いそうになって、あわてて名前を言いなおした。短い滞在のつもりとはいえ、先輩への挨拶は大切だ。ここでの待遇にかかわってくる。特に相手がこんな面倒くさそうな相手だと。
「あたしはケイト。それにしてもあんた、ひどい格好ね。ちょっと、靴もはいてないの?うわ、なんで寝巻なの。いったいどうやったら、こんな泥だらけに?チビ達だってもっとましよ。ああ、その汚い手であたしが掃除したとこ、触らないでくれる?汚れてると、当番のあたしが文句言われるんだから。」
風呂場に連れて行かれる前に、アランにコートをとりあえず返してしまおうと脱いでいたところ、ケイトに一方的に突っ込まれた。
「ええと…、はい。」
「ほら、行くわよ、風呂場。ついてきて。」
華は、彼にコートを渡すと、ケイトの後ろを追った。
「あ、ケイト。ついでにリーナの足の裏とか、怪我してないか見てやって。ずっと裸足だったから。」
「はあ?勝手に仕事増やさないでくれる?」
「わるいわるい。でも、ケイトは頼りになるから。」
そう言いながら、アランはさっさと雑巾を手に、さっきまでケイトがやっていた掃除の仕事をはじめた。
「まったくもう。」
食堂を出たあと華は、さらに彼女に口うるさく何かを言われるかと思ったが、そうでもなかった。アランに手渡された華の着替えを持ち、風呂場へと向かう彼女の横顔は、ほんの少し紅潮していた。
ああ、そういうことか…。華は気付いた。彼女は彼に気があるのだろう。あれだけ口では文句を言っていたものの、彼に頼られることがいやではないのだ。あんな風につっかかるような言い方をしたものの、なんとなく機嫌はよさそうだった。
「ほら、ここよ。早く入って。他の子が帰って来る前に終わらせるよ。」
そこは、脱衣場らしき場所だった。どうやら、お風呂屋さんみたいに男女別に分かれているわけではないらしい。時間帯でわけているのだろう。
「ほら、脱いで。」
え?と華は思った。このまま、ケイトの前で服を脱がないといいけないのだろうか。
「あ、えっと、私、説明だけしてくれば自分で。」
「は?何言ってるの。その泥だらけの寝巻、早く脱ぎなさいよ。怪我してないか、見なきゃいけないでしょ。」
「ええと、いえ、自分でやるので。それに怪我とかは、してないので大丈夫です。」
「うるさいわね。ごちゃごちゃ言わないで、さっさと脱いで。怪我してるかどうかの判断は、あたしがするの。アランに頼まれたんだから。」
どうやら、アランがケイトに頼んだせいで、責任を全うしようとはりきっているらしい。
うーん、どうしよう。寝巻を脱ぐと、ネックレスがどうしても見えてしまうから、遠慮したかったのに。
華は困ってしまい、視線を下にそらす。
「なによ。あんた、あたしのことを馬鹿にしているの?」
「いや、そういうつもりじゃ。」
「ちょっと、どこ見てるのよ。やっぱりあんた、あたしのことを馬鹿にしてるんでしょ。そうなのね。」
何がどうして、馬鹿にしている話になっているのか、華にはさっぱりわからないのだが、ケイトはぷりぷりしながらそう言い募る。
ふと、ケイトが腰にしているベルトに、小さな巻物が引っかけられていることに気付いた。
「やっぱりそうだ。あたしが魔力が少ないのが、そんなにおかしい?」
魔力が少ない?いったい何のことを言って…。
「あたしがスクロールしか持ってないんで、馬鹿にしてるのね。」
スクロール?巻物のこと?
華は困惑して、ケイトを見る。
「いえあの、馬鹿になんかしてません。何か誤解して。」
「うるさいうるさい!さっさと脱ぎなさいよ!」
ダメだ。相手は完全に頭に血がのぼっている。華はしぶしぶだったが、寝巻のボタンを外し、彼女に背を向けながら、脱いだ。
「そこの椅子に座って。足の裏、こっちに向けて。」
華は、両手で身体を隠すようにして、言われた通りに椅子に座り、足の裏を向けた。
ケイトはしゃがみこんで、華の足の裏を確認した。
「ふん、なによ。最初からそうすればいいでしょ。全く、ガキのくせに色気づいちゃって。何その金のネックレス。元が貴族だろうが金持ちだろうが、ここにきたらみんな孤児なんだから!どうせ行くとこがないから、ここに来たんでしょ。気取ってんじゃないわよ。」




