孤児院を11
まっすぐなデニスの眼差しの強さ。周囲はそれに圧倒され、静まりかえった。
彼等は考えたこともなかったのだ。これまで彼等の頭にあったのは、せいぜいほんの目と鼻先のことだけ。一番重要なのは、パンが食べられるかどうか、お金が手に入るかどうかだ。
デニスの前にいた少女は、頭をかきながら言った。
「あたい達、本当にそんな風に何かになれるのかなぁ…。確かに、このまま何もしなけりゃ、あたい達、ゴミ拾いか、街娼くらいにしかなれない。わかってる。でも、何になりたいかって言われても、わかんない…。」
貧民の子供が娼館で働くことは、まずない。そうなる前に、街娼になってしまうからだ。娼館にいるもののほとんどは平民だが、一口に娼婦といってもランクがある。娼館の娼婦が相手をするのは、それなりに金を持っている者だ。街娼のように小銭で相手をすることなど決してない。
「あたいさぁ、こんなきれいな服、着るのはじめて。」
別の少女が、うっとりとした表情で自分の着ているブラウスの襟先を飾る、レースのフリルを指でなぞる。
「ねぇ、これ、見てごらん、この、ほつれも汚れも一つもないレース!ブラウスは雲みたいに真っ白で、スカートだって一つも継ぎがあたってないんだよ。
新品なんだ、新品!あたい以外、誰も袖を通したことのない服!町の金持ちが着るような服!」
「それがなんだっていうんだよ。」
「シンロク様が言ってた。あたい達は王様に目をかけてもらっている。だから、いいもん食わせてもらってるし、こんな服も着せてもらえる。
あたいはもう、二度とあんな生活はごめんだよ。ゴミ溜めみたいな町の暗がりで、男の手を引いて母ちゃんとこに客をつれていったり、腐ったもん食って腹壊しながら藁を引っかぶって寝るのなんて、もういやだ。
あんただってそうだろ!パン盗んだのが見つかって、店の親父に棒でぶったたかれてたじゃないか!
あたいはまっとうな暮らしがしたい。ずっと、こんな服着ていたい。勉強しろって言われたけど、毎日おいしいもんを食べることができるなんて、天国だよ。
王様は、あたい達にひどいことしない。あんた、なにかっていうとデニスにつっかかるけど、そんなにいやなら他の孤児院に行けばいいじゃない。」
「それとこれとは。」
少女は、少年の否定的な言葉を消し去るように続けた。
「あたいは字を覚える。計算ができるようになったら、店にだって勤められる。町の暗がりで、小銭と引き換えに臭い野郎共の相手なんかしたくない。あたいは新品の服が着られるような大人になる!」
デニスは手を叩いた。
「それは立派な目標だよ。目標があれば、頑張れる。頑張るのは、自分のためだ。誰の為でもない。そうだろう?」
彼の言葉に、少女はうれしそうに頷く。そして、愛しそうにそっと、ブラウスの襟をなぞる。
「そうだよ。あたいは、あたいの為にやる。他の人の為なんかじゃない。」
少女の笑みを前に、少年は小さな声でデニスに言った。
「何だよそれ…王様の為でなくってもいいのかよ…。」
「陛下は、どんな職業を選んでもかまわないって言ってたよ。そりゃ、陛下の側で働けるようなエライ人になったら、喜んでくれるかもしれないけど、料理人でも職人でもなんでもいいって言ってた。そのかわり、やるからには一生懸命やらなきゃいけない。」
デニスは、彼の顔を覗き込むようにして言った。彼の、泳ぐような視線。こいつも突然のことで、どうしていいのかわからず、とまどっているのだな、とデニスは思った。
「新しい孤児院に行くのがいやなら、さっさと言ったほうがいい。でも、陛下の作る孤児院に行くなら、やるべきことをやらなきゃだめだ。」
デニスの言葉に、少年はもう突っかかってくることはなかった。
「それじゃ、いくつか決めなきゃいけないことがあるから、それについて話し合おう。」




