衣装箱
「アランは、孤児院の中に誰か気に入らない人がいるの?その人を懲らしめたいの?」
「ごめん。ちょっと俺、調子に乗った。でも、あんな男達相手に逃げることができるお守りだから、あいつくらいは平気だと思って。」
やはり、嫌な人がいるようだ。まあ、そんな人間はどこにでもいる、と華は思った。
「ううん。ああ言ってくれて、助かった。このネックレスは、私を守るものだから、肌身離さず持っていなくちゃいけないもの。だから、金庫の中にしまわれてしまったら、意味がなくなってしまう。」
その言い方が、アランには深刻に聞こえたのかもしれない。彼は華にこう聞いてきた。
「もしかして、あの男達に追いかけられていただけじゃなくて、命を狙われているの?」
華は、答えなかった。答えないことで、彼の言葉を肯定しているようなものだったが。
本当のことは言わないほうがいい。華はそう思っていた。
魔境王を召喚するための魔道具は、王が亡くなるまで使えないと言っていた。つまり、召喚された華が死亡しないと、魔道具自体が動かない仕様になっているのだ。
森に捨てたはずの死にかけの子供が、実は死んでいないと確認されるのは、時間の問題だ。そうなったら、華の生存が都合の悪い人達がいる。その人達は必ず、動き出す。少なくとも、誰かが森に確認にくるはずだ。再び口封じに動かないとも限らない。
できれば、アラン達を巻き込みたくない。でも、自分を助けたことで、すでに彼は巻き込まれているのかも…。
「俺は、頼りない?」
「ううん。充分よくしてもらった。だからこそ、巻き込みたくない。」
あれから、アランは華の当面の世話係ということになり、とりあえずの呼び名を決められた。華は、自分の名前を言わなかったので、モリスとアランによって勝手にリーナと名付けられた。名簿を見て、他の子とかぶらない名前が適当にあげられ、その中から決められたのだ。そんな名前で呼ばれても、違和感しかなかったが。
「あの先生って、いつからここにいるの?」
華は、ずっと気になっていたことをアランに聞いてみた。
「うーん、いつだったけ…。三年位前だったかなぁ。そこの主教様が連れて来たんだ。前にいた先生は今、あっちの教会のほうを手伝っている。」
「そう。」
それはつまり、もともと空きがあったところに人員を補充したのではなく、前からいた人とわざわざ交代させて配置したということだ。
若くして選定公になったゾルタン。領主を交代した途端、いなくなった実の父。彼がいついなくなったのかは、知らない。けれど、ゾルタンの年齢を考えると、それほど昔というわけではないだろう。やはり、本人なのか。
「なんで?何か気になることでもあった?」
「うーん、ちょっと知っている人に似ているような気がしただけ。」
「ふうん。なんかあの先生も、ちょっと訳ありっぽいんだよなぁ。悪い人とか、そういう感じはしないんだけど。」
彼の感性は鋭い。人の懐に入っていくのも上手い。おまけに、周囲をよく見ている。
「そうなの?」
「俺たちにはよくしてくれるよ。わりと公平だし。でも、ここへ来た当初は、家事とか身の回りのこととかめちゃくちゃでさぁ。多分、いいとこの出だと思う。」
「さっきだって、しわくちゃの服、着てたよ。」
するとアランは笑った。
「あれでも、以前より少しはましになったんだ。洗濯ものを干す時、シワものばさずに干しちゃうから。前は絞りもしないで、いきなり干そうとしていたからね。なんでしわになるのかも、わかってないっていうか、そういう感じだった。それでここの管理人ってのも変だろ?子供に生活の指導ができないんだから。」
「まあそうだよね。」
「ああ。だから、そっちのことは全然あてにされてない。むしろ、こっちが世話してる感じ。でもあの先生、書類仕事とか、交渉事になるとうまいんだ。」
それはやはり、元領主をしていたせいか。
「ふうん。」
やはりここには長くいられない。服をもらって、明日、アランの兄のところへ事情説明に行ったら、出て行ったほうがいいだろう。長く居座れば、この孤児院自体に害が及ぶ可能性だってある。
「ああ、あそこの奥の部屋に服とかあるんだ。まず、着替えを選ぼう。」
「うん。」
二人は建物一階奥にある物置のような場所に入った。壁が全部収納用の棚になっている。部屋の中は、少しカビ臭いうえに、独特の匂いが立ちこめていた。
ラベンダーのような…?
「ええと、衣装箱がこのへんにあったはず。」
「ねえ、これって何の匂い?」
「ん、ああ。多分、虫よけのハーブだよ。毎年季節になると、虫干しをするからね。ほら、あそこにもつるしてあるだろ?」
部屋に一つしかない小さな窓の近くの壁に、何かの植物が束ねて干してあった。
「ふーん。」
アランは、足元にいくつかあった大きな木の箱を開けた。
「あれ、こっちは男用だ。女用のものは、と。これは、違う。ああ、こっちだ。」
重い木の蓋を開けると、ラベンダーに似た匂いがした。衣類の上に、壁に干してあったのと同じ植物が、軽く布に包んだ状態で入れられている。
「どれにする?俺には女ものの服はわからないから、自分で適当に身体にあててみて、サイズを確認して。」
「わかった。」
茶色や紺のような地味な色ばかりが目立つ。形もどれも同じようで、似たり寄ったりだ。たまに白いと思って広げてみると、それはエプロンだった。
「ああ、そういえば、女の子はみんなエプロンしてるな。ワンピースの上に着てる。」
子供服は、エプロンドレスみたいなものなのか。アメリカの開拓時代みたいな格好なのか。
それにしても、どのワンピースもどこかに必ず継ぎをあてて直した跡がある。、ワンピースが汚れないようにエプロンをするのかと思ったが、エプロンがボロ隠しに役立っているのかもしれない。
「うーん。まともなやつって、なかなかないなぁ。まあ、いいのはみんな、誰かが着ているんだろうな。寄付されたものや、古着とかも仕入れてるみたいだけど、タイミングがあわないと、うまく手に入らないんだ。」
なるほど、ここにあるものは、どれもこれも他の子供の選別からもれた、余り物なのだ。どうりで。
「どれでもいいよ。私は、着替えられればいいだけだから。」
「そうか。でも、ちゃんと洗濯してからしまわれているはずだから、清潔だよ。」
アランは、フォローするように言った。
「大丈夫。多少のことは気にしないから。」
あちらで大学に通っている時だって、いつもシャツにジーンズとか、同じような格好ばかりだった。今さら服が地味だからって、落ち込むこともない。
華は、比較的直しの少ない紺色のワンピースに白いエプロンを選んだ。それから、下着を何枚かと靴下、靴を選んだ。下着も靴下も、継ぎが当たっていて、靴は親指のところに穴があいている。それでも、裸足でうろつくよりはましだったし、着替えられる。
アランは、まともな服が残っていなかったので、華を気の毒がっていたが、本人はそれほど気にしていなかった。ずっとここにいる気はなかったし、少なくともこの格好なら町で目立たない。おしゃれではないかもしれないが、今着ている寝巻より、ずっと安全だ。
「よし。それじゃ、着替えもそろったことだし、風呂に行こうか。」
二人は物置を出て、そことは反対側に向かった。




