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101(ワンオーワン)   作者: 叢雲弐月
101人目の魔境王
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ネックレス

 モリスが手を伸ばしてきたので、華は両手で胸元を覆い、後ずさりした。それを見た彼は、こう言った。


「心配しないで。確認するだけだから。絶対に君のものを取り上げたりはしない。約束するよ。ただ、他の子とのトラブルをさけるために、誰の持ち物かをはっきりさせているんだ。そうでないと、力の強い子が取り上げようとしたりするから。ここには、よくない環境に置かれていた子供も来るからね。」


 確かに、言われてみれば、しごくもっともな理由だ。


「見せるだけなら、いい。でも、これはお守りだから、他人にさわらせちゃだめなの。だから、絶対にさわらないで。」


 華は、お守りのネックレスは絶対外したくなかった。これは命を守る大切なものだ。すでに何度もこれに助けられている。かといって、相手がネックレスに触れようとして、吹き飛んでしまうのも困ると思った。よく知らない相手だ。欲をかかれても困る。だから、強く主張しておいた。


「かまわないよ。誰が何を持っているか、記録をしておきたいだけだからね。持ち物について、あまり細かな詮索をされたくないかもしれないけれど、ここでは、所有権をちゃんとしておかないと、嫉妬から言いがかりをつけてくる子もいる。争いを未然に防ぐことも大事なんだ。盗られてしまうのが心配なら、金庫で預かることだってできるよ。実際、大切な形見の品物や高価なものなんかはそうしている。」


「大丈夫だよ。誰も君からそれを取り上げたりはしない。もし何かあっても、俺は君の味方をする。だって、俺がここに君を連れてきたんだから。」


 二人に口々に言われ、華は抵抗できなくなった。


「わかった。見せる。でも、絶対に触らないで。」


 胸元から、ネックレスを取り出して見せた。だが、外しはしないし、モリスが触れられる距離にも近づかない。


「ほう。これはかなりめずらしいものだね。」


 モリスは少し驚いた顔をした。そして、ネックレスを見ながら簡単にスケッチをし、特徴を書類に書きこんだ。


「ええと、黒い石が五つ、金の鎖…。裏返して見せてくれる?」


 言われた通り、華は裏返して見せた。


「特に文字とかは入っていないようだね。何か紋章でも入っているかと思ったのだけれど。うん、ありがとう。もうしまっていいよ。」


 そう言うと、彼は少し考えこんでいるようだった。


「君の着ている寝巻は、とても高価なものだ。材質も高級だし、レースも刺繍も一級品といえる。こんな寝巻を子供に着せられるのは、貴族でも特に裕福でないと無理だろう。手荒れもしていないから、働かされているようでもない。それにこの魔道具。ネックレスにはまっている石は、私も見たことのない宝石だ。これは、かなり高価なものだね。細工も見事としか言いようがない。名のある職人が作り、何かの魔法が付与されているとしたら、値段もつけられないかもしれない。ドランかエミルのものなら、これの出所がわかるのかなぁ。これに紋章でも彫られていたら、すぐに君の身元がわかると思ったのだけれど。」


 それは絶対に無理だろう。華は頭の中で呟いた。


 自分の身元を知っているのは、わずかな人間しかいない。それに、宝石の出所だってわかるわけがない。出所どころか、何の石かもわからないだろう。ナーガラージャの話に出て来た人間は、はじまりの王だけだ。


 それにしても、名のある職人による見事な細工か…。ナーガラージャが、手品みたいに一瞬でぽんぽん作っていたところを目の前で見ていた華は、その大げさな形容に、少し笑いたくなっていた。


 目の前にいる男をどう見極めるべきか疑心暗鬼だった華は、ナーガラージャのことを思い、ちょっとだけ気分が上昇した。


 依然として疑いは晴れない。が、確証もない。ただ、可能性は大きい。それだけだ。


 一時的な避難だと思って、アランについてここまでやって来たけれど、ここも安全ではないのかもしれない。できるだけ早く、ここを出て行くことを考えないと…。


 華の不安そうな顔は、どうやら相手に別の意味でとられたらしい。


「自分がどこの誰かわからないっていうのは、不安だよね。もし、何か思い出したり、話したくなったら、なんでも話してほしい。私が無理なら、彼でもいい。相談してごらん。ここの生活は、多分君には慣れないことばかりだと思うしね。」


 どうやらモリスも、華をどこか裕福な貴族の出身だと勘違いしているようだ。華は、記憶喪失のふりをしているので、その勘違いを特に正すことはない。そのほうが、貧民の子より丁寧な扱いにしてもらえるかもしれないという、打算も働いていた。


「しばらくは仮登録だね。これから、あちこちに問い合わせをしてみるよ。それで、身元がわかる場合もあるから。君のことを探している人がいるんじゃないかな。」


 その言葉に、華はギュッと手を握り締め、眉根を寄せた。何気なく言ったであろう相手の言葉が、ひどく癇にさわった。


 探している?


 そんなわけない。探している人なんていない。捨てられたのだ。話すこともできず契約できなかったから、死にそうになっていたから、役に立たないから…。


 だから、捨てられたんだ。


「大丈夫?なんだかつらそうだけど。」


 いつのまにかアランが、華の顔を覗き込んでいた。心配そうな顔をしている。そんなにひどい顔をしていただろうか。


「すまない。説明を続けてもいいかな。仮とはいえ、保護することになるから、説明することが規則で義務付けられているんだ。これが終わったら、すぐに休めるから。」


 華は黙ったまま、頷いた。


「ええと、とりあえずは仮登録はこれで終わり。で、本登録になった場合、君の名前は姓がチャペルになる。もし君の身元があとからわかった場合でも、誰も引き取るものがいなかったら、チャペルのままだ。もちろん、身元引受人がある場合は、そうならない。ここは、行き場のない孤児達のための施設だからね。」


 華は、耳を通りぬけて行くだけの話を聞いているふりをしながら、自分の腹の底で煮えたぎるものを押さえこんでいた。


 ここで八つ当たりでもするみたいに、相手に何かを言い返しても、何にもならない。今は、子供のふりをしているのだ。態度を変えたことで、相手に疑問を膨らませてはならない。


 自分の予想通り、相手が元ドラクール公なのだとしたら、どこで華の噂を聞きつけるかわからない。彼の問い合わせがどこに対して行われ、どれくらいの時間で返事が返ってくるのかも。


「それで、と。そのネックレスは、金庫に預けておいたほうがいいと思うんだけど。今なら、孤児院の子は誰もそれを見ていない。そのほうが安全だよ。」


 華は、首を横に振った。


「これはお守りだから、だめ。」


 それを見ていたアランは、華を助けるようにこう言った。


「先生。この子のネックレスは、本当にお守りみたいで、この子を守る魔法がかけられた魔道具みたいなんです。だから、下手に金庫にしまわないほうがいいんじゃないかな。」


「しかし、トラブルにならないか。」


「手を出そうとするものはいるかもしれません。でも、きっと相手の方が痛い目にあうと思いますよ。たとえそうなっても、人の物に手を出そうとするやつのほうが悪いに決まっています。先生、そいつが多少痛い目にあっても、この子は悪くないですよね。」


 その言い方は、誰か特定の人間をさしているように聞こえた。普段から人の物を欲しがって、盗むものがいるのかもしれない。


「ああ、それはそうだ。だが、こんなに小さい子に。」


「大丈夫です。」


 アランは、自信ありげにニカッと笑った。

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