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101(ワンオーワン)   作者: 叢雲弐月
101人目の魔境王
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先生

 その建物は、周囲を塀に囲まれた中に立っていた。このあたりの他の建物には、塀らしきものを見かけなかったので、そこはなんとなく隔離されている印象を受ける。


 横に長い三階建ての建物は、石造りでとても頑丈そうに見え、なんとなく学校のようだった。黒っぽい灰色した外観のせいだろうか、なぜかとても陰鬱な感じがした。


「塀の向こうにある、あっちの建物は聖魔教会西支部、コルンバヌス教会。こっちの小さい家は、先生が住んでいる。」


 大きな建物の斜め後ろに、小さな木造の家があった。孤児院を管理する人の社宅みたいなものかな、と華は思った。


 二人は、その小さな家の玄関ポーチにあがる階段をのぼった。ドアのすぐ脇に、靴の泥をぬぐうためのフットスクレイパーが置いてある。


 アランは華を玄関前で背中から降ろすと、フットスクレイパーに足をこすりつけてから、ドアをノックした。


 すぐに中から男の声がかえってきた。


「お入り。」


「失礼します。アランです。」


 彼は、先生に話してくるから、ちょっとここで待っててね、と華に言うと家の中に入っていった。


 しばらくするとアランはもどってきた。


「おいで。心配しなくていいからね。」


 玄関を入ると、廊下をはさんで左右に部屋があった。古ぼけた草花模様の壁紙は、色あせている。絵の一枚も飾ってないせいか、なんとなく寂しい。


 アランは華を手招きして、右のほうにある部屋へと誘導した。


 その部屋は、どうやら書斎のようだった。部屋に入ってすぐ右の壁一面が本棚になっている。だが、並んでいる本はわずかだ。かわりに、書類のようなものがたくさん、紐で束ねて積まれていた。


 窓際に大きな机が置かれ、黒いカソック風の服を着た男が、ドアに背を向けて座っている。机に座って、窓の外が見えるようになっていたので、アランが華を背負いながら帰って来たのを、男はそこから見ていたのかもしれない。


「二人ともこちらにおいで。」


 男は振り向き、二人を呼び寄せた。金色の髪、少し色の薄い、アクアマリンの目。少し疲れた顔をしてはいたが、華やかな顔立ちをしている。こんなところで孤児院の先生をするには、不似合いな容貌だ。


 男のカソック風の衣装には、総主教のいた役所のようなところの制服と違い、エンブレムや刺繍が入っていない。しかも、皺だらけだ。年は中年ぐらいだろうが独身なのかな、と華は思った。


 書類仕事をしていたのか、手指の先がところどころインクで青く染まっている。その青色に目がいったせいだろう。彼が、衣装のよれ具合とは不釣り合いな、かなり凝った大きめの指輪をしているのが目に入った。。


 なんだか、とてもちぐはぐだ。着ているものと、持ち物とがあっていないような…。


 そう思ってよく見ると、金具のついたベルトには、金の鎖のついた金時計のようなものがぶら下げられている。


 黒い蓋に金の象嵌。鳥と、アラベスク模様…。


 華は顔色を変えた。


 ドラクール公、ゾルタン・ヴァルツァーレクが持っていたものに似ている。でも、似ているだけかもしれない。わからない。確定じゃない。


 落ちつけ。向こうは自分のことなんか知らない。それに、同じようなものが店で売られているのかもしれない。たまたま同じものを持っていたとしても、おかしくはない。


 でも、総主教のいた役所のようなところにいた人は、ブックや杖、剣をぶら下げてはいたが、こんな特徴的なものを持っている人はいなかった。どう見てもその繊細な細工は、高価そうだ。彼が着ているよれよれの服とは、まるであわない。


 華は少しうつむき、アランの後ろに隠れるようにして、彼のシャツを手でつかむ。できるだけ、幼い子供のふりをしていようと思った。


「大変なめにあったみたいだね。けがはないかい?」


 男の問いかけに、華は頷いた。


「君を保護する前に、話を聞かなくちゃいけないんだ。それが終わったら、お風呂に入って着替えてもらうからね。少しだけ、辛抱してくれ。」


 アランが大丈夫だ、といった表情で華の頭をぽんぽん、と軽く叩いた。


「私は、モリス・ヴァルツァー。この孤児院の世話係みたいなものをやっている。皆は私のことを先生と呼んでいる。まず、君の名前と年を教えてくれるかな。」


 華は、ゾルタンの父の名前を思い出そうとしていた。


 元ドラクール領主。名前は確か、ボリス。


 ゾルタンの兄、クリスチャンと同じ金色の髪、ゾルタンと同じアクアマリンの目。やはりモリスは偽名?ヴァルツァーレクをヴァルツァーに縮め、呼ばれた時に違和感なく反応できるよう、響きの似た名前にした…?


 華は、手を強く握り締める。でも、どうしてこんなところに?


 つながりがわからない。偶然にしては、できすぎている。領主の座を息子に譲った途端、どこかに雲隠れしたはずの男が、なぜこんなところで孤児院の世話係をしているのか、全くわからない。


 それとも、この男はよく似た別人?自分の考えすぎなのだろうか?


「わからない?じゃあ、お父さんかお母さんの名前は何っていうのかな?」


 華が難しい顔をして下を向いていたせいだろうか、モリスの聞き方は、幼稚園の子供でも相手にしているようだった。その眼差しが、少し華を覗き込むように上から注がれる。


「困ったなぁ、アラン。私には何も話してもらえないようだ。嫌われているのかな。」


 アランは、華の態度にとまどったようで、頭をかいてごまかす。


「ええと…、変な男達に追いかけまわされていたようなので、大人の男がいやなのかも。」


「うーん、そうか。アランは話をしたんだよね?」


「ええ、まあ。」


「どうやら、アランになついているようだ。」


「それは、俺が助けてやったからだと思います。」


「そうか。じゃあ、君がその子に聞いてくれる?この項目のところ。」


 そう言って、モリスは書類の綴りをアランに見せた。


「ああ、はい。わかりました。」


 彼に代わって、アランが華に質問をする。といっても、内容は先ほどと同じだ。華はうつむいたまま小さな声で、わからない、を繰り返した。


「んー、アランが聞いても、やっぱりわからないんだね。あとは、と。保護された時の着衣は、寝巻。え、靴はなし?足、大丈夫かな。アラン、あとで洗って傷が無いか見てあげて。あ、それから、持ち物だけど、何かある?」


「彼女、ネックレスをしています。それ、魔道具みたいで。」


 華は、思わずアランを睨んだ。


「大丈夫だよ。これは、ちゃんと申告しといたほうがいいんだ。」


 アランは、華の疑問に答えるように言った。


「魔道具のネックレスか、見せてもらえるかな?」





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