遺跡
ぼんやりとしていた視界を取り戻した時、華はクラーラと共に、全く別の場所に移動していた。
気がついた時には、すでに全てが終わっていたのである。
不思議な記号も、金色の粒も。おぼろげになり、不安定に崩れ去り、溶けていったことも。
どこか遠いところに置き忘れてきたように、現実に起こったこととして実感できない。
華は、思わず両の手を見つめた。消えていった身体、正確には欠片に分解されつつあった身体。さっきまで、そういうものを見ていたはずだ。それなのに、それら全てが嘘だったように、華の身体は普段通りに呼吸し、規則正しく鼓動を刻む血肉を取り戻していた。
狐につままれたような心地で、華はぼんやりとしてしまっていた。あり得ないことばかり起こるせいで、言葉を忘れ、無口になってしまったようだ。気持ちがついていけず、置き去りにされている。
二人が移動した先は、円形に石を積んだ、小さな石舞台のようなものの上だった。周囲には、壊れた石の柱がごろごろ散在している。人影は見当たらない。
円形の舞台の床一面に、水の流れのように流麗な、読めない文字らしきものや、意味不明な記号が刻まれている。それは、ファンタジー世界の挿絵に描かれていそうな、秘せられたエルフの魔法文字といった風情だ。さっき、ちらりと見えたクラーラの本のページにも、同じようなものが載っていた。何か関係があるのかもしれない。
その石舞台の前には、鳥居に似た形の門のようなものがたっている。あちこち壊れ、崩れ、満身創痍の態の石柱に、蔦に似た植物が、これでもかというくらい絡みついている。石のほんの少しのひび割れにも根を張り、たくましく宿主を侵食しながらも、同時に、せっかく得た依り代をなくすまいと、懸命に締めあげ、崩壊を食い止めようとしているようにも見える。
石舞台は華に、ドルメンやメンヒルといった、古代の遺跡を思いおこさせた。荒廃した廃墟というより、時間がたち、雨風にさらされ、それ自体がまるで大昔から全く変わらず、そのままの状態で景色として存在しているかのような、そんな忘れられた感のある遺跡。
クラーラは、鳥居のような門をくぐって石舞台を降りると、やっと、華をつかんでいた手を放してくれた。
「ここ、どこ?いったいどこに向かっているの?私、帰りたいんだけど。」
華の声は、心なしか弱かった。さっきから何度も似たような言葉を言ったけれど、クラーラの態度は一向に変わらない。華の言葉は聞こえていても、意図的に耳を素通りさせているようだ。
華はキョロキョロしながら、周囲の様子を伺った。植栽は、さっきまでいた場所と、さほど変わっていないように思った。もしかしたら、それほど遠く離れていないのかもしれない。さっきの場所まで自力で歩けば、アパートのほうに帰れる手がかりがあるだろうか?
華から手を放したクラーラは、忙しそうにハンドバッグの口金を再び開く。クラーラはバッグ内を探るように二の腕まで突っ込み、将棋の駒形をした手のひらサイズの金属板を取り出した。ペーパーウエイトか、文鎮みたいに見える銀色の五角形の表には、なにやらまた、華の読めない記号が彫られている。中央には、水晶にカッティングをほどこしたような小さな石がはまっていて、板の端には青い絹の飾り房がぶら下がっていた。
クラーラは腕を伸ばし、雲ひとつない青空に向かってその五角形をかざす。
ぶらぶらと揺れる房飾り。光を受け、中央にはまる石が、プリズムみたいに光の帯を空に反射する。
その細い光の線につられるようにして、その行き先へと視線を空に向けると、チカチカッと空に小さな火花のような光がまたたいた。
どうやらそれが、合図だったらしい。先ほど火花がまたたいたあたりの周囲が、チョコレートみたいにどろどろと溶け始め色を変化させ、そこに大きな物体が姿を現した。
クラーラは五角形を空に向けたまま、華と目も合わさずに言った。
「ドラクール公の浮遊城よ。」