チャペル
「名前にチャペルってついてただろう?姓がチャペルなのは、孤児だからなんだ。聖魔教会に保護される子供は皆、教会の子供だから、チャペルと呼ばれる。
捨て子で名前がわからなきゃ、チャペルでも仕方ないけど、親が途中で死んでしまって保護される子のほうが多いから、皆、途中で名前が姓だけ取り上げられてしまう。
それでも、周囲のやつらは税金と寄付金で養ってもらってるんだから、当然だろって思ってるんだよ。」
名前で孤児を区別しているのか。なんというか、わかりやすくレッテルを貼ってるんだなぁ。誰が決めたんだろう。
「そうなの。じゃあ、私も保護されたら、華・チャペルになるんだね。保護されたら、差別される?」
「いろいろ言う人はいるよ。俺だって、最初から親がいなかったわけじゃないんだけどね。
その名前が嫌なら、どこかの養子に行くか、何かすごい功績でもたてて、自分で家を起こすしかないんだ。えっと、まさかと思うけど、君、孤児院に行くつもりなの?」
「そうねぇ。それもいいかも。」
「ねえ、それ、本気で言ってる?」
アランの目が、華の気持ちをさぐるようにじっと見ている。
「冗談で言ってるわけじゃないよ。ただ、私の場合、正直に言って、一時的に避難したいだけ。言い方が悪くて不謹慎だと思うかもしれないけど。
でも、私に親がいないのは本当。このあたりに行くあてがないのも本当。」
「そう。でも、一時的って、どういうこと。」
「ちょっと、この街に用があるの。それは、私がやらなくちゃいけないことで。でも、何かしようと思っても、この格好じゃ何もできないし、無一文だから食べるにも困るし。」
アランはにや、と微笑んだ。
「まあ、それはわかるよ。さっきも追っかけられてたし。もしかして、あいつら、追手のたぐい?」
「ううん。あれは違う。ただの人さらい。子供をさらって、薬を作るとかなんとか。」
「薬だって?」
彼は急に驚いたように口をはさんできた。
「その話、詳しく聞かせて。俺、実は調べてたんだ。それに書こうと思って。」
アランが指さしたのは、さっき見せてくれたチラシのような紙だった。
「詳しく、と言われても、私もよく知らないの。さっきあったことでよかったら、話すけど。ねえ、これってもしかして、かわら版みたいなものなの?」
「かわら版って何?」
逆に聞かれてしまった。
「ええと、街のニュースとかを書いて印刷した紙、かな。事件とか、みんなが関心を持ちそうな話題とかが書いてあるもので。」
「へえ。俺と同じようなこと、考えるやつがいたんだ。俺が最初に思いついたと思っていたのに。」
しまった、と華は思った。もしかしたら、自分は余計なことを言ったかもしれない。もし彼が、この世界におけるかわら版の創始者みたいなものなら、ここには、新聞みたいなものがないのかもしれないのだ。華は、ごまかそうとした。
「あ、えーと、そうじゃなくって。」
「俺はね、そういうものを作りたいなって思ってたんだ。でも、俺はまだ学校に通って、半日しか働けないから、面白そうな話題や事件だけを追って書くこととかはできなくて。
今は、仲間に手伝ってもらいながら、お店の情報とかを集めて書いて、売ってるんだ。」
お店の情報?てことは、新聞系じゃなくて、広告のチラシのほう?
「さっき、それに何が書いてあるかって、聞いてたよね。俺達は皆、午前中は学校に通って、午後は店番したり、荷物を運んだり、金を稼ぎに仕事場に行く。といっても、もらえる金額はわずかだけどね。
俺は、夜に皆から話を聞いて情報を集めて、これを書いているんだ。新しい商品の紹介したり、売り出しがいつからとか、そういうの。
でも、そうやって書いて印刷しても、なかなか簡単に買ってはもらえない。お金を払ってまで必要な情報って、集めるのが難しくてさ。」
「それは、お金をもらう相手を間違えてないかしら?」
アランの目が、キラリと光った。
広告業の仕組みは、ここにはまだないのだろう。そういったことを知っていなければ、簡単に思いつくものでもない。
華は、少し考え込んだ。こういったことを教えて、大丈夫だろうか?自分がちょっともらした言葉で、変化がもたらされる可能性がある。でも、自分はこちらの常識がまだわかっていない。下手に知識だけを投下して、混乱をまねくことだってある。
「それ、どういう意味?君って本当に…。いったい何者?」
華は開き直ることにした。完全には信用できないけれど、ある程度は信用していい相手だと思った。
「詮索しないんでしょ?あなたは私を助けてくれた。だから、答えられることは話す。それだけ。」
「ああ、うん。そうだね。悪い。」
「ううん、あなたは悪くない。私の方の事情だから。話してもいいけど、それだと、あなたを巻き込んでしまいそうで、嫌なの。知らないほうがいいと思う。だから。」
「別に俺は巻き込まれてもかまわないけど。俺は、自分から君を助けたいと思ったから助けただけだし。」
「ありがとう。そう言ってくれるのはうれしい。」
確かにそうだ。彼は、わざわざ捕まったら面倒なことになりそうな、チンピラみたいな連中から助けてくれた。
「でも、どうして私を助けようと思ったの?」
「ああ、それ…。」
アランは少し苦笑いした。
「君、寝巻姿だっただろ?」
寝巻姿だから目立っていたのはわかるけれど、それがどうして…。
「俺、三人兄弟だったんだ。兄貴と妹がいて、でも、妹が病気で死んじゃってね。寝巻で走ってくるのを見て、なんか、急に思い出しちゃったんだ。それで、ほっとけなくて。」
「そう、だったの。ごめん。」
「生きてたら年が同じくらいかな、と思ったんだ。妹が死んだのは、ずいぶん昔の話で、普段は思い出すこともない。本当、薄情なくらいにね。
それに、君と妹は全然似てない。でも、急に思い出して…。なんか俺、変だよね。」
「ううん。」
それから少し、お互い言葉は出なかった。華は、下手なことを言って慰めるのもよくないと思ったし、助けてくれた理由にも納得した。妹が病気だったから、いつも寝巻姿だったのだろう。ずいぶん昔と表現するくらいだから、彼も幼かったのだろう。そんな時に、小さな妹を亡くしたのならトラウマになっていてもおかしくない。
「ね、そろそろ、移動しない。今なら孤児院の中も、人が出払っているよ。先生に言って、先に着替えてしまったほうがいい。
ここにいて、一人ずつ顔を調べにこられても困る。あいつら、なんかやばそうな奴みたいだし。俺、案内するよ。」
「うん。お願いする。」
華は素直に答えた。すると彼は、華の足元を見てこう言った。
「ああ君、裸足だよね。おぶろうか?」
「え、いいよ。大丈夫だから。」
「そういうわけにいかないよ。裸足で歩かせるわけにはいかない。変に思われる。それに、孤児院までわりと近いんだ。
俺がおぶってれば、具合が悪い子の面倒を見ているぐらいに見られるだけだから、そのほうがいい。」
華は迷った。だが、彼の言うとおりだ。
「わかった。じゃあ、お言葉に甘えます。」
アランは華の前にしゃがんでくれた。華はその背中にそっとおぶさった。
「よし。じゃ、行こうか。」




