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101(ワンオーワン)   作者: 叢雲弐月
101人目の魔境王
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助け

 男の声がした。


 どうして??お守りが全然発動しなかった…!


 急に腕を引っ張られたのに…、なんで?


「俺が助けてあげる。手を離すから、少しの間、黙っていてくれる?」


 助ける?もしかして、善意だったから?それで、発動しなかった?


 それは、新たな発見だった。


 でも、本当に?疑り深い自分が、頭の片隅でささやく。お守りの効果が、どこまでの範囲かはわからない。だから、盲信はできない。だが、その可能性はある。


 とりあえず華は、うんうん首を振って、うなづいた。 


 力をゆるめ、手を離してくれたので、すぐに華は振り返って後ろを見た。そこには、ひょろりと背の高い、赤毛の少年が立っていた。彼は、素早く自分の着ていたコートと帽子を脱ぐと、華に着せつけた。


「道に背を向けて。いいね。」


 華は言われた通りにした。連中が追っているのは、寝巻姿の黒髪の少女だ。確かに、帽子を目深にかぶってコートを着ていたら、目立つ髪も寝巻も見えなくなる。


 さっきまで少年が身に着けていたコートは、あたたかかった。さすがにサイズが大きくてぶかぶかだ。だが、コートの丈が華の足首まであるため、寝巻が見えなくなってちょうどいい。


「よし、あいつら、気付かずに通りすぎたみたいだ。うまくいってよかった。」


 華は、すぐさまコートと帽子を脱いで返そうとした。華の寝巻は、それでなくても泥だらけだ。コートを貸してもらえたのはありがたかったが、汚してはいけないと思った。


「待って、しばらく脱がない方がいい。あいつらがいつ引き返してくるかわからない。そのまま着ていていいから。」


「あの、ありがとう。でも、あなた、寒くない?」


 華は、とりあえず礼を言った。


「大丈夫だよ。それより、話を聞かせてくれる?」


「話?なんの?」


「俺は、君が歓楽街のほうからチンピラみたいな男に追われて逃げてきたのを見ていた。ほら、俺って背が高いだろう?目もいいほうだから、結構遠くのほうも見えるんだ。」


 彼は、おどけるように言った。


 そう言った彼の腰には、革のベルトポーチのようなものがついていて、そこには薄いブックが入れられている。彼の杖は、なんの飾り気もない木製だったが、万年筆のクリップ部分みたいなものがついていて、革のホルダーにペンみたいに引っかけられている。


「ちょっとごめんよ。」


 彼は、華に着せたコートのポケットから、何か印刷されている紙を取り出した。


「俺はね、こういうものを作って呼び売りをしているんだ。」


 それは、手書きで書いたものを印刷した、チラシのようだった。文字らしきものや記号が書かれているが、こちらの文字を知らない華には、何が書いてあるのかわからない。


「ごめん、私。この文字は読めない。」


「え、悪い。もしかして俺の字、下手すぎて読めない?」


 華は、この世界の文字は読めない、という意味で言ったのだが、彼は自分の手書きが読みにくいととらえてしまったみたいだ。あわてて否定した。


「違うの。そうじゃなくて、私、字を知らないから読めないの。」


「学校、まだ行ってないの?」


 どうやらこの世界にも学校はあるようだ。少年の格好は、とても裕福そうには見えない。中学生くらいだろうか。


「もう学校に行っている年だと思ったんだ。行ってないのなら、読めなくても仕方ないね。」


 その言い方からすると、初等教育は義務教育なのかもしれない。


「ええと、呼び売りって、何?」


「え、そこから説明しないとわからない?君って、どこかのお嬢様?」


 しまった。話をそらすつもりが、失敗したらしい。どうやら、呼び売りという名称は、ここいらでは一般常識みたいだ。


「そうだなぁ。あっちのほう見たほうが早いね。俺の陰に隠れるようにして、ちょっとあっちのほうを見てごらん。」


 彼は指さした。


「ほら、自分の足元に布を広げて品物を広げたり、腕に持っているものを見せたり、籠に入れたぶんだけ売ってたりするだろう?あれが、呼び売り。店も屋台も持てない、貧乏な商人だって言ったほうが早いかな。あれでうまく金を稼げたやつが、屋台を持てるようになるんだよ。」


 つまり、商人見習いみたいなものだろうか。確かに、見るからに違いがある。呼び売りをしている連中と、屋台を持っている連中とでは、着ている服の様子からして違うのだ。屋台で物を売買している人の方が、明らかにこざっぱりとしている。


「開店資金を持っているかどうかで、これだけ違いがあるのね。屋台を作るのにもお金が必要よね。場所代も高いのかしら。」


「小さいのに難しいことを言うんだね。そうだよ。商業ギルドに場所代を払って許可証をもらい、指定された場所で店を出すんだ。ここは露天だけど、屋根のついているパッサージュのほうはもっと高級。それ以上になると、今度は店舗を構えることになるかな。」


「ふうん。ねえ、10ギニーあると、ここでは何が買える?」


 さっき二人組の男に追いかけまわされた時、ゴミ箱をあさっていた老人に華を捕まえる協力をさせようとしていた。その時に示された金額が、10ギニーだった。あとで20ギニーに値上げされていたけれど。


「10ギニーか。そうだなぁ。うーん、例えば、あそこで売っている肉入りパイ。あれが一つ、50シリングだ。1ギニーは、100シリングだから、えっと…。」


 華は、彼が一生懸命計算している間に、素早く答えを出していた。


「パイが20個買えるね。」


「ん、君、計算早いんだね。」


 そりゃそうだ。むしろ、こんな簡単なものをすぐに計算できないほうが、おかしい。ここの学校教育の内容は、どうなってるんだ?


 それはともかくとして、華は少し愕然としていた。


 人、一人をかどわかす手伝いをさせる金額が、10ギニー。


 あのパイが50シリングということは、日本円にするとせいぜい50円から100円くらいの価値だろう。ということは、10ギニーだって、1000円より高く見積もっても、せいぜい5000円程度。


 この世界では、子供のこづかい程度で、人をさらう手伝いをするものがいる!そのことに衝撃を受けていた。


 華が考えをめぐらせている顔を、彼の緑色の目がじっと何かを探るように見ている。


「俺の名前は、アラン・チャペル。」


「私は華。それで、これって何が書いてあるの?」


 華の再度の話そらしに、彼はのってはくれなかった。


「君、どこから来たの?」


「どこからって…、山から?」


 うん、嘘は言っていない。プラーガ城や異世界からとは言えないし。


「どこかの貴族?」


 かなり不審がられているみたいだ。こちらの基本情報が全く理解できていないのだから、仕方ない。こっちのほうも、お守りではじかれなかったから、とりあえず様子を見ようとしているだけだ。相手だって、なんで人に追われているのか疑問に思っているに違いない。お互い、全面的に信用できるかは、別問題だ。


「ええと、貴族、ではない。」


 魔境王らしいけど、ね。


「でも、どこか金持ちの家の子だよね。学校に行ってないみたいだけど。」


 いや、行きたくても行けないんだよ、今は。


「どうしてそう思うの?」


「その寝巻、エミル領で作られた最高級品のレースだ。かなり汚れてるけど、洗濯したらきれいになる。中古でも、かなり高値で売れるよ。」


 そうか、それはいいことを聞いた。そのことを知っていたら、古着屋で服を交換してもらう時、足元を見られなくてすむ。


「君、いったい何者?」


 アランは、どうやら華のことを不審に思っているようだ。


 華は一つ溜息をつくと、被せてもらっていた帽子を脱ぎ、アランの頭にもどし、着せられていたコートを脱いで返そうとした。これ以上は迷惑をかけられないし、自分が信用してもらえないことも仕方がないことだ。安易に事情を話せるほど、お互いのことを知らないのだから。


「だめだよ。脱いだら、見つかっちゃうよ。」


「迷惑をかけたわ。かくまってくれて、ありがとう。私、もう行くから。」


「ごめん。悪気はなかったんだ。ただ、どうしても何か知りたくなると、追及しちゃいたくなるのが、俺の悪い癖で。」


 アランは、再び帽子を脱いで華にかぶせると、華が脱ごうとしていたコートをつかんで襟元をあわせ、ボタンを止めた。


「もう詮索しない。頼むから気を悪くしないでくれ。」


「ううん、気を悪くしたわけじゃないの。私が物を知らなかったり、変なのはわかっている。助けてくれたのに、理由を話せなくてごめん。でも、話していいかどうかわからないの。ごめんね。」


「俺の名前聞いても、何の反応もしなかったから、ちょっと構えちゃったんだ。大抵の人は、なんとなく反応するから。反応しないのは、全く気にしない人なんだけど、君の場合、何も知らないみたいだし。」


「名前?何かあるの?」


「君、本当に、何も知らないんだね。やっぱり変だよ。」


 彼は笑った。


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