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101(ワンオーワン)   作者: 叢雲弐月
101人目の魔境王
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人通り

 華は、裏道ではなく、なるべく人通りの多いほうを目指すことにしたのだった。


 最初は、汚れた寝巻姿が目立つと思い、人目をさけたほうがいいと考えたのだが、それが完全に裏目に出た。白昼堂々、子供を襲って物を盗んだり、さらおうするものがいるなど、華は考えてもいなかったのだ。


 人通りの多いところなら、少しはましになるかもしれない。人目があれば、子供をさらうことを、少しでもためらうだろうし、これだけの都市なら、それなりに治安を預かる警察のようなものだってあるはずだ。


 台所の扉を開くと、そこはまっすぐな廊下になっていた。


 華は、あらかじめ建物の構造を予想していた。小道でうろついている時に思ったのだ。ゴミ箱の置かれている間隔、間口の広さから判断した。もし建物がヨーロッパにあるタウンハウスのようなものだったら、ウナギの寝床のように、間取りが長細いものになっているのではないかと。


 裏道では、今もあの男達がうろついているに違いない。少しでも人通りのある表へ出るには、裏から回るより、建物を突っ切っていったほうがよほど早い。


 娼館なら多分、一階は顔見せをするサロンになっていて、二階以上のほうに人が多いはずだ。夜ならともかく、今は昼間だ。娼婦達を管理するのに、逃げだしやすい一階に寝かせたりはしていないだろう。店主は階段下付近の部屋に住み、そこで見張りをしながら待ち構えていればいい。


 懸念されるのは、用心棒の存在だ。店の警備をするため、どこか近くにいるかもしれない。


 台所にいた女の叫び声を聞いたせいだろう、扉が開き、上から人が降りて来る気配がする。


「どうしたの?もの凄い声が聞こえたよ。」


「泥棒?」


「あれ?!子供?!」


 華はかまわず廊下をまっすぐ走り、表に通じる玄関と思われる扉にたどりつく。迷うことなくドアノブに触れ、回そうとするが、ドアは開かない。鍵がかかっている。


 後ろのほうで、ドタドタという音がしている。


 ええい、面倒くさい!


 子供をさらって、こんなところで働かせようなんてところだ。後ろ暗いところはいくらでもあるだろう。遠慮はいらない。やってしまえ!


 華は、何歩か後ろに下がり、勢いをつけてドアに体当たりをしていった。


 バーン!


 自分が弾き飛ばされるかもしれない覚悟で勢いをつけたが、飛ばされたのはドアのほうだった。華の予想通り、ナーガラージャのお守りがいい仕事をしてくれた。


 だが、身体のほうにも勢いがついていたせいで、道路に飛び出してしまった。


 幸いなことに、人が少なかった。ドアが勢いよく吹き飛ばされても、華が飛びだしていっても、誰にもぶつかりはしなかった。


 あそこが娼館なら、このあたりは歓楽街なのだろう。どうりで昼間なのに人がいなくて、静かだったわけだ。夜に営業しているから、昼夜が逆転した生活を送っている人ばかりだったのだ。


『我の鱗は、どんな攻撃も弾く強い鱗だぞ。小さきものどもの悪意程度など、ものともせぬ。身につけている限り、そなたは守られる。』


 ナーガラージャの言った通り、攻撃は跳ね返される。華は身を持って知った。毒も、鱗の部分をしばらく口にふくんでいれば、解毒される。


 彼が華に与えてくれたものは、この世に二つとない宝物だった。宝石としての価値だけでなく、そんな付加価値がついているのだとしたら、誰もが欲しがるに違いない。


 確かにこれは、自分を守ってくれるお守りだ。でも、同時に人の目をひきつけてしまう危険なものでもある。そのことを肝に命じないと。


 華は、ネックレスを自分の中で取扱い注意な品物とし、寝巻の上からそっとふれる。


 身体の痺れはなんとかとれ、すぐに普通に動けるようになった。石畳の通りの真ん中で仁王立ちになったまま、華はどちらに向かうべきか、素早く周囲を見渡す。ここでぐずぐずしていられない。


 ドアが吹き飛ばされた上に、子供が飛びだしてきたことに驚いたのか、ギョッとした表情の男や女がその場で動きを止め、華を見ている。


 だが、どうやら彼らはただの通行人らしい。女の人は買い物かごのようなものを持って立ち止り、男も荷車を休めて、見ているだけだった。


 こちら側は、ずっと似たような風景が続いている。あちら側は、もう少し人がいそうだ。通行人の進行方向もあちら。素早く判断すると、華は再び走り出した。


 とにかく、寝巻姿のままじゃ目立ちすぎる。どこかで寝巻を売って、服と交換してもらおう。それがだめなら、聖魔教会に行こう。そこでは孤児を保護していると言っていた。とりあえず保護を求めるふりでもして、服を入手しよう。


 お腹はもうすいていない。パンを食べたせいだろう。しばらく座って休んでいたおかげなのか、疲れもとれていた。おかげで酷い目にあったが、回復できたことは大きい。


 不思議なことに、裸足でずっと走っているにもかかわらず、足の裏が痛くなることがなかった。これもやはり、お守りの効果なのかもしれない。


 いくら石畳の上を歩いているとはいえ、細かいゴミや何かの破片があちこち落ちている。見えているものはよけているとはいえ、あわてて逃げながら走っていたわけだから、いちいち足元を確認できていたわけではない。それで、華の足が傷つかないよう、なんらかの保護が働いていることがわかった。


 要するにナーガラージャのお守りは、華を傷つけようとするものから守るようなものになっているようだ。自分からドアにぶつかっていっても、ドアのほうが壊れるのだから、そういうことなのだろう。


 でも…、と華は思った。これって、誰でも何でもはじいてしまうものなのかな?


 もしそうだとしたら、人ごみに入っていくのは危険なのでは…。触れただけで相手がはじかれてしまうようなら、お守りをつけているだけで相手を危険な目にあわせてしまう。


「いたぞ、あそこだ!」


 男の声が後ろから聞こえて来た。


 ゲッ、見つかった。


 華は思わず舌打ちした。だが、仕方ない。あそこから逃げるためとはいえ、派手にドアを壊してきたばかりなのだ。大きな音をさせていたのだから、間違いなく目立ったに違いない。


 走って逃げる華の前方は、かなり賑やかそうな通りだった。


 人が多い。どうしよう。関係ない人を傷つけるのはいやだ。


 でも、迷っている暇はない。捕まえられたら、どこに売り飛ばされるかわからない。たとえ、お守りの効果があるにしろ、華は無敵なわけではない。


 えいっとばかりに、華は人ごみに入り込んだ。幸いなことに、それによって華にはじかれた人はいなかった。周囲が華をただの子供、通行人の一人、としか認識していないせいなのだろうかと思ったが、もしかしたら、お守りの発動には華自身の意識も関係しているのかもしれない。


 こんな風に、お守りの効果を検証しながら進まないといけないのは、厄介だ。ここ一番という時に、確実にこちらの思惑通りに発動するか、わからないからだ。ナーガラージャによる説明不足が痛い。


「おい、待て!」


「お前は、あっちへ回りこめ。」


 大声で叫ぶ男の声が、後ろから聞こえてくる。


 ここは、商業エリアのようだ。買い物かごを持った人が多い。道端で、自分の腕にたくさんの品物をぶら下げていたり、直接道路に物を置いたりして、売り買いしている人がいる。


 華は小さな身体をいかし、ちょこまかと子鼠のように動き、人波をもぐらのようにくぐりぬけていく。


「くそっ。人が多すぎる。」


「おら、どけどけっ!」


 自分の周囲に、わずかな品物を置いて売買している人達の間を抜けると、屋台ばかりのエリアに入った。そちらは、さらに人が多い。


 華を追いかける男達は、乱暴に道行く人にぶつかりながらやってくるせいで、あちこちで騒動をおこしている。商売道具を蹴飛ばされたり、踏みつけられた人が怒って、怒鳴ったり、つかみかかったりして喧嘩になっている。


 その隙に、さらに華は先へと進んでいく。人混みを進みながら、屋台の陰に隠れるように道の端へと寄っていく。


 その時だった。


 華の腕が、急に誰かに捕まれた。通りの横道にいた誰かが華の腕を強くつかみ、建物の蔭へと引きずりこんだのだ。そして、華を腕の中に抱きこみ、表通りに背を向けるようにして口元をふさいだ。


「大丈夫。俺が助けてあげる。だから静かにしていて。」



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