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101(ワンオーワン)   作者: 叢雲弐月
101人目の魔境王
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水、パン、シチュー

「何…、これ…。」


 華の頭ががくっ、と前に倒れる。目がかすむ。身体が椅子の上で姿勢を保てない。華は思わず、床の上に崩れ落ちた。


「馬鹿みたいに追っかけまわしたり、力でなんとかしようとするから、面倒なことになるのさ。」


 この女、あいつらの仲間?


「あーあ、もったいない。せっかくのシチューが飲めなくなっちまった。あんたが水を飲んでくれたら、わざわざ用意することもなかったのに。」


 水…。最初に持ってきた水を飲まなかったせいか。


 わかっていたはずなのに、またやらかしてる…。いくら親切そうに見えたって、だめなのに。よく知りもしない人間の出すものを口にするなんて。前の時にあれだけ後悔したのに。


 ここは、安全な日本とは違う。わかっていたはずなのに、全然理解していない!


「まあ、いいさ、このくらい。なんでも商売しようと思ったら、投資が必要だからねぇ。」


 朦朧としていく華の頭に、女の笑い声が響く。脂汗がにじみ、身体に力が入らないのを感じる。華はうつ伏せのまま、必死で片手を動かし、首元のネックレスをつかんだ。


「なん…で…そんな…事…。」


「ああ。言っとくけど、あいつらとあたしは違うからね。あいつらは、子供をさらって奴隷商に売るつもり。あたしは、ただの店主。」


 店?何の店?


「前の王様が女好きでねぇ。その前の王様も女好きだったけど、その中身が違った。女になりきる前の、幼い娘がいいんだとさ。要するに、大人の女じゃおったたないんだと。ハハッ、変な男だよね、子供がいいなんて。本当、迷惑な話さ。その話を聞いた馬鹿な連中が、流行りに飛びつくように、娼婦に若さを求めるようになっちまってねぇ。それでなくても、裏の連中が子供を集めて何かやらせてるって噂なのに。孤児は聖魔教会に保護されちまうし、簡単に手に入らないんだよ。後ろ暗い連中が、訳ありの子供をどこからか連れてくるけど、その高いことといったら。見目のいい娼婦五人ぶんの金をふんだくっていくんだ。でも、あたしは運がいい。あんたは自分からこっちに出向いてくれたんだからね。」


 女はおしゃべりだ。ぺらぺらと一人でいろいろなことを話す。相手が小さな子供だと思って、油断しているせいだろう。


 気を失ってはだめだ。


 ナーガラージャが言っていた。たいていの毒は、このお守りが解毒してくれるって。実際、少し、収まっている。でも、まだ身体が痺れていて、簡単に動けそうにない。


 女は、動けない華にはかまわず、棚から何かを取り出してきた。金属の棒の先に、何か四角いものがついている。


「あんた、薬のききにくい体質なんだねぇ。あたしは優しいから、寝ている間にすませてあげようと思ったのに。でも、仕方ないよねぇ。さっさとやっとかないと、さっきの連中みたいのが来るかもしれないし。ちゃんとうちのものだって、わかるようにしとかないと、面倒になる。」


 さっきの連中とは、やはり仲間ではないのか。でも、両方とも華の味方ではない。


 女は布巾を手に取ると、料理ストーブの扉を開け、持っていた金属の棒の先を突っ込んだ。


 いったい、何をする気?


「そうそう。先に聞いとかなきゃ。あんた、ブック?は子供だから持ってないみたいだよねぇ。でも、最初に追っかけてた男二人、いったいどうやってまいたんだい?」


 華は、頭をゆらゆらさせながら、黙ってうつむいていた。


「ああ、悪い悪い。薬のせいで、答えられないよね。その寝巻、かなり汚れちまってるけど、どう見てもかなり上等なものだよねぇ。子供用だっていうのに、これだけ手の込んだ刺繍がされているものなんて、始めて見たよ。あんたって、どっかいいとこの子なのかい?首からぶら下げているそのネックレスも、かなりの値打ちもんだね。ふふ、やっぱりあたしは運がいい。」


 華は、どうやって時間を稼ごうかと思っていた。少しずつ、手足の先のほうから、痺れがなくなってきている。ナーガラージャの言っていた通り、鱗には解毒作用があるようだ。


「世の中、なんだってタダのものなんてないのさ。あんたはあたしの作ったシチューを食べた。腹をすかしていたあんたに、あたしはパンを恵んでやった。どうせその様子だと、どこからか誘拐されてきたとか、事件に巻き込まれたとか、そんな感じだろう?ここがどこだかわからないみたいだし、どう見ても世間知らずだ。でも、大丈夫。あたしがあんたに、職と住処を提供してあげるよ。その代わり、あんたのそのネックレス、あたしがいただくよ。これは取引さ。正当な、取引。まあ、嫌な客もいるけど、仕事は仕事だからね。我慢しな。すぐに慣れるよ。あんたなら、売れっ子間違いなしさ。その代わり、綺麗なドレスと食べ物はあげるよ。」


 要するに、ここは娼館なのだ。ここで、子供の華に客をとらせようということなのだろう。確かにパンは食べたが、その対価が身体とは、天秤の先にのせて釣り合うとは到底思えない。


「さあて、そろそろいい感じにあったまったかねぇ。」


 女は料理ストーブから棒を引っ張り出し、その先端を華の方に向けた。


 焼き鏝?!


 まさか、あれを身体に押しつけるつもりなのっ?!!!


 華は思わず目を見開いた。


 真っ赤に焼けた金属の先に、赤々とした花の模様。火に焼かれ、熱を持った薔薇の印。


「じっとしてるんだよぅ。動くと綺麗な花が、身体に咲かないからねぇ。あんたも痛いのはいやだろう?あんたがジタバタすると、模様も汚くなるし、痛いところが増えるだけだからねぇ。ああ、でも、身体は痺れて動けないんだっけ、くふふ。」


 冗談じゃない。家畜みたいにあんな焼き鏝をおされてたまるか。


 女は楽しそうに笑いながら焼き鏝を持って移動してくる。


 どうする?どうする、どうする?


「大丈夫だよぉ。あたしも昔、押されたけど、元気だろぅ?」


 女は、寝転がる華の上にまたがり、手を伸ばしてきた。


 そして。


「うっぎゃぁあぁぁー!!!!」


 身の毛もよだつような恐ろしい叫び声をあげて、華から弾き飛ばされた。


 華は、まだ痺れてはいるものの、ようやく動くようになった手足を動かし、身体を起こす。そして、壁側にあった戸棚につかまるようにして、ようやく立ち上がった。


 女は顔を押さえるようにして床をごろごろ転げまわっている。あたり一面に、肉の焼け焦げる匂いが広がった。


「痛い、痛い、痛い、痛い。」


 女が大きな声で叫び声をあげたせいだろう。建物内が、にわかにガタゴト物音がしはじめた。


 まずい。人が来る。早くここから逃げないと!


 華は女をさけ、壁をつたいながら裏口ではなく、表の方を目指す。女は焼き鏝と身体を飛ばされた痛みで、華の様子にまだ気づいてはいない。


 今のうちだ、逃げよう!華は扉を放った。


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