空から
え?え?
ええええぇー?!!!!
華の身体は、いつのまにか空の上にあった。空中に放り出されていたのだ。浮いているわけではない。転移による身体の変化、金色の粒々状態から元の身体にもどりつつ、落ちているのだ。
ここ、どこ?
ううん、それ以前に、どうしてこんなことに!
まずい、これって、絶対マズイ!!
あれ、ナーガラージャが何かした?と思った次の瞬間、華の身体はいきなり変異していたのだ。あっ、と思う間もなく華の身体は金色の粒々になり、そのままスッとどこかへ移動させられていた。
その早さときたら、クラーラやゾルタンがブックを使って行った転移とは、全く比べ物にならないくらいのスピードだ。ナーガラージャは、彼らのようにブックや杖を使うわけでもない。それだけではない。彼は呪文も言葉も口にしなかった。魔法の杖も本も呪文も、彼には必要ないようだ。
瞬きするほどの短い時間で、強制的に華は場所を移動させられていた。そして、再び自らの身体を取り戻しはじめた時、気づいたら空中に浮かんでいた、というわけだ。
先ほど彼は、王都へブックを取りに行け、と言っていた。ここがその王都?
眼下には、見渡す限り一面に街が広がっている。石やモルタル、煉瓦のようなもので出来ている街だ。中央から放射状に道が整備されている。が、端にいくほどごちゃごちゃして、細々とした感じの建物が増えてくる。
そんな街の上空で、華は自分の実体を取り戻しつつあった。自分の足元のずっと下の方に、ちょうど大きな広場があり、背の高い鐘楼や建物が建っているのが見える。
それだけじゃない。建物の上の方には、前に乗った飛行船もどきをもっとずっと小さくしたようなものが飛んでいるのが見える。華は、それよりもさらにずっと高い所にいるのだ。
転移させるにしたって、どうしてこんな高い所に!!
死んじゃう!こんな高い所から落ちたら、確実に死ぬ!ぺしゃんこになる!
あわてふためくが、どうにもならない。華は相変わらず薄汚れた寝巻姿で、徒手空拳。靴もはいていない。他に身につけているものといったら、ナーガラージャにもらったばかりのネックレスだけ。
だいたい、ブックを取ってこいって、そんなもの、どこにあるのよ。どこかで配ってるわけ?それとも、お店で売ってる?そんなの買いたくても、お金だって持っていないのに。
ああ、でもそれどころじゃない。ブックどころか、華は命を落としそうなのだ!
つまり、何もできない。文字通り、空の上にいるのだ。鳥のように、急に羽根でも生えてこない限り、飛べるわけがない。
あわあわするばかりの華の身体が、全て実体化してきた。ほとんど元にもどったところで、ゆっくりと降下していくその足元が、何かで急に止められた。
あれ?ここ、何かある!?
目には見えない。けれど、つま先が何かに当たった。華の足は、ふわりと、その透明な何かの上に着地する。
助かった…、のかな?
と思ったのもつかの間。
ピシッ。
不吉な音がした。
足元をよく見ると、その透明な何かにひび割れが生じている。
え?何これ、ガラス?もしかして、体重を支えられない?!!
ちょ、待って!
パリーン!
「うっぎゃぁあああー!!!無理無理ムリムリー。」
華の願いもむなしく、それは盛大に音を立てて割れた。この世の終わりがきたような、言葉にもならない叫び声を上げながら、華は降下していく。
嘘、もうだめ、もう、おしまいだ。
両手で顔を覆い、華はその時、の衝撃に備えるしかなかった。
目を覆う、が、指の隙間から、建物が見える。石造りの鐘楼。このあたりで一番高いように見えた建物、その屋根の上に…。
叩きつけられる!!
そう思ったその瞬間、華の身体はどういうわけか思い切り弾かれた。
ボヨーン、ボヨーン、ボヨーン!
右へ左へ上へ下へ、とにかく飛ばされていく。トランポリンの上でジャンプでもしているみたいだ。
でも、脚力は全く必要とされていない。なにしろ、身体のどこも着地することなく、ぽんぽん勢いよくはじかれるのだ。身体がスーパーボールになったみたいに、否応なくあちこちに飛ばされていく。もちろん、全くコントロールがきかない。
「うわっ、うわっ、ぐえっ。」
不可抗力だ。建物にはじかれる度、乙女にあるまじき変な声が出る。どうしてこうなったのかわからず、呆然としているうちにあっちこっち飛んでいくせいで、何もできない。ただ、頭をかばうように両手で覆い、身体を丸くして、ひたすら小さくなって耐える。
だが、さすがに何度も何度もはじかれているうちに、少しずつ勢いがそがれていったのだろう、だんだん飛ぶ間隔がゆるやかになっていき、スピードが落ちて来た。その頃になってやっと、華は目を開けて周囲を見渡せるようになった。
建物の屋根や壁を不可抗力で飛ばされ続けてきたが、だんだん地上が近くなってきたようだ。さすがに運動を苦手としている華にも、ちょっとだけ気持ちの余裕が生まれる。何しろ、さっきまで空の上にいたのだ。そこから眺めていた時と比べたら、地面がずっと近く感じる。
このまま飛ばされているだけではだめだ。なんとかして、止まらないと!
華は、それまで衝撃から身を守るように丸くなっていた身体を少しずつ伸ばし気味にした。そして、地面に向かってトン、と足を出し、ブレーキをかけるようにトトトトッ、と駆け足で勢いを殺すようにする。
飛行機が滑走路に降りるときのように、地面の上で、何度か短い距離をジャンプしたり走ったりして、やっと自分なりにその勢いを殺せたようで、なんとか華は止まることができた。
「ふえーっ。怖かったー、もう、絶対死ぬかと思ったよー。」
華はその場に力なく、へたへたとへたりこむ。
無事だった。とにかく、なんとかなった。のりきった。生きてる、生きている…。
お尻の下に地面があることが、こんなにありがたいなんて…。地に足がついているって幸せ。華は両手で胸を押さえ、なでおろした。




