かわいそうな子
「あなたが口にした薬だけど、あれはもともと一定期間魔力を溶かすものだったので、それを過ぎると体外に排出されるから、あとに影響は残らないそうよ。
でも、あなたの場合、身体から溶けたものは魔力でなかった。魔力は、魔素を含むものを体内に取り込めば自然ともどってくるものだけれど、身体は簡単にはいかない。もうそれは、若返ったと思ってあきらめてちょうだい。」
クラーラは、淡々と宣告した。華には、なんとなくわかっていたことだが、他人にはっきり口にされると、あらためてどうしようもない事実をつきつけられた感があった。
「召喚の魔道具は、『はじまりの王』が作って残したものなので間違いなどありえない、総主教様はそうおっしゃった。一度召喚が果たされると、その王が亡くなるまで、召喚の魔道具は使えなくなる。
だから、それ以外の時に召喚することなど、一切できない。おまけに、魔道具に使用する魔石に、巫女たちが何年もかけて魔力を蓄えなくてはならないので、簡単にやり直しがきくものでもないって。」
なるほど。それであんなに総主教という人は怒っていたわけか。何年もかけて力を蓄えた魔石を使って、やっと一人召喚することのできる王。それを、まるで不良品でも返品するかのように連れてきて、新しい王を召喚し直してくれ、などと言った彼らのお気楽さ加減に。
「そういうわけで、あなたがこの魔境王であることは確定なわけ。だから、あなたにはこれから、ゾルタンと契約を結んでもらわなくてはならない。今度の王の後見がドラクール公であることは、もう決まっていることなのだから。」
このことはすでに、クラーラ達の間では決定事項なのだろう。何が円満に話し合いをして、つつがなく契約の儀をすませるように、だ。話しあいなんて、どこにもない。彼等はそうするしかないから、こうやって手厚く華の世話をはじめたのだ。部屋は、この成金趣味丸出しの金ぴかの部屋にクラスチェンジ。あれこれメイドが世話をしてくれて、クラーラもいつもよりは少しばかり気をつかってくれる。
返品も交換もきかないので、仕方のないことだから…。
「あの子はね、かわいそうな子なの。」
クラーラが突如口にしたその一言に、華はカチンときた。
かわいそう?
「あの子の父親はね、私の双子の妹と結婚した。でもね、ボリスはこのドラクール領で純血の貴族だったから、妹をどうしても第一夫人として迎えることができなかったのよ。」
クラーラは、聞きもしないのになぜか昔語りをはじめた。
「どの領にも貴族はいる。私自身、カーロン領の貴族なのよ。私達は学園で知り合ったの。最初にボリスと知り合ったのは私。それから彼は妹と出会って、恋人になったの。
ボリスはイリーナを、妹を、第一夫人として迎えるつもりだった。私の実家もボリスの実家も、領主をたくさん出してきた家だったから、私はそれが当り前だと思っていた。
イリーナは、次期領主になるのではないかと目されるくらい魔力量の多い子で、本来なら第二夫人になるなんてこと、ありえない話だったのよ。
ところが、このドラクール領の貴族連中ときたら、純血第一主義な上に頭の固い連中ばかりで、よそ者との混血をとても嫌う気風があった。
ボリスはかなり抵抗したんだけれど、その頃にちょうど、彼がドラクール公になることが決定してしまって…。ドラクール公として領主の役目を果たすのに、妻をよそから迎えるとは何事かと、かなり反発があったの。
争いごとを嫌ったイリーナは、彼を説得するしかなかった。そうしないと、二人は一緒になれそうになかったから。結局、第一夫人には同じドラクール領出身の純血貴族、アデーラ・フォルカーを迎えることになったの。
あなたも会ったでしょう?転移陣の前で待ち構えていたあの女、あれがアデーラ。
彼女は先にヴァルツァーレク家に乗り込んで、第一子クリスチャンを産み、家の中を牛耳った。イリーナはそのあと、ゾルタンを産んだというわけ。」
なるほど。思った通り、あのシャトレーゼは屋敷の女主人を示していたのか。そして、金色の髪をしていた男が、ゾルタンの兄クリスチャン。ゾルタンに似ているのに、印象が全く違うのは、やはり育ちのせいなのだろう。二人の父は、ドラクール公。華は、クラーラの話を聞きながら、自分なりに整理していく。
あれ?でも、なんで弟が領主で、兄が家を継いでいるの…?
「生まれた子供は、とんでもない魔力量を秘めた子供だった。イリーナはそこで、あわててしまったのよ。
このドラクールの連中は、特に純血を尊ぶ。それはなぜかというと、純血のものは魔力量が多いといわれているから。
貴族連中は、身分が高いほど魔力量が多くて当り前とされているの。たとえ貴族であっても、魔力量が少ないと馬鹿にされる。
だから、自分の結婚相手を選ぶ時は、なるべく純血で魔力量の多い相手を選ぼうとするわけ。確かに、魔力が多いもの同士のカップルから、魔力の多い子供が生まれることは多い。
けれども、確実じゃないし、見込みが外れることだってある。それに第二夫人に迎えた母親から、より魔力の多い子が生まれることもあるから、本当のところはどうともいえないの。
こればかりは、蓋を開けるまでわからない。純血を重視しているけれど、魔力量の多寡には目をつむれないという、実際問題がある。貴族は、体面を重んじるからね。
そこで、第二夫人だけでなく一族からも、これという子供を引き取って育てたりしている。だから、子供の初めてのお披露目の時に、第一夫人の子供か第二夫人の子供か、という立場はとても注目されるし、重要視される。
要するに、それ以前の子供の立場は、とても曖昧なの。それどころか、どのような子供がいるかさえ、隠されていることが多い。魔力量の少ない子供は恥と思われて、場合によっては存在さえ認められないこともあるの。」
なんだかややこしくなってきた。第一夫人と第二夫人の立場は対等ではなく、正妻と妾ほどに違うということなんだろうか?イリーナという人は、それを納得した上で好きな人のところにお嫁に来て、子供を産んだのかな。だとすれば、相手のことが本当に好きで結婚したのか。
華がよくわからないのは、貴族の家の複雑さだ。家系だけでなく、そこに魔力の多さがかかわってくるから、ややこしくなる。要するに、生まれた子供は母親が正妻だろうが妾だろうが、はたまた親戚の子供だろうが、魔力の量が多ければ第一夫人の子供としてお披露目されるってこと?一族ぐるみで魔力量の多いものを後継者の第一夫人に差し出し、全体の体面を保っている?
だとしたら、純血って看板も嘘になるんじゃ。ああ、多少の矛盾には皆、目をつぶっているわけか。お互い見栄をはって隠し通しているのだとしたら、かなり滑稽だ。そんなものに振り回されているって馬鹿みたい、と華は思った。
「イリーナとボリスの息子は、誰が見ても明らかに混血。ゾルタンの魔力量が公になった時、ここの連中がどれだけ混乱するか、イリーナは危惧したの。
それだけじゃない。せっかく生まれた息子が自分の手から奪われ、あのアデーラの息子扱いにされてしまう危険があった。そのことに、耐えられなかったのよ。
なにしろ私たちはカーロンの出身だったから、同じ貴族とはいっても、そんな風に子供をやりとりする風習はなかった。魔力量についてもわりと寛容で、この領みたいに神経質に反応するようなこともなかったの。
妹は、子供を手放すことなど絶対にできないと思った。それでなくても妹はすでに、第一夫人の座を譲っているのよ。その上子供まで奪われるなんて耐えられなかったの。
アデーラの家は、ここでは力を持っていたから、子供の魔力量を知られたら危害を加えられる危険もあった。ここでは魔力量がモノを言う。クリスチャンの地位をゾルタンが脅かすと思われたら、最悪の場合、殺されてしまうかもしれない。
ゾルタンがドラクール公になったのも、彼がこの領で一番魔力量が多いからだもの。そこでイリーナは、魔力量をそれとわからせないような魔道具を作ることを考えた。
彼女はもともと、魔道具作りが得意だったの。ゾルタンがいつも身につけていられるようネックレスの形にして、魔力量をごまかかすことにした。そうすれば、クリスチャンを脅かす危険な弟とは思われず、周囲に放っておいてもらえると思ったのよ。
イリーナは、ただボリスとゾルタンと三人で静かに暮らしたかっただけなの。貴族は魔力が少ないと侮られるから、少しでもかさ上げして多く見られるように、普段から魔道具のアクセサリーを身につけることが多かったから、ゾルタンのネックレスも、少ない魔力をかさ上げするためのものと思われて、成長するまで誰にも知られることはなかった。」
魔力量の多寡で、命まで狙われる…。魔力量って、そこまで重要なことなのか。華は少しばかりゾッとした。
「でも、産後の肥立ちが良くなかったのにもかかわらず、ずっと無理して子供の為に魔道具を作っていたイリーナは、すっかり身体を壊してしまった。
魔力を多く見せようとする魔道具は、いくらでもあった。けれど、イリーナが作ろうとしていたのは、その逆。今までにない、全く正反対の性質を持つ魔道具を作るために、彼女は自分の命を削ってしまったの。
私が妹のところに駆けつけた時にはもう、遅かったわ。あの子は、ボリスとゾルタンを残して亡くなってしまった。
すでに子供の御披露目は終わっていて、第二夫人の子供であるゾルタンは、微妙な立場に立たされることになった。
私は、そんなゾルタンの母親代わりになって育てることにしたの。魔力が少ないと思われていたゾルタンは、よくいじめられていた。
いくらでも反撃しようと思えばできたでしょうに、彼はイリーナが死ぬ前に約束させたことを頑なに守っていて、こちらがイライラするくらい、やられっぱなしだった。基本的に、本人が争い事を嫌いなのよ。そういうところは、本当に妹とそっくり。」
聞いていて華は思った。クラーラとイリーナは双子なのに、全く違う性格なんだな、と。
クラーラの話を聞いていて、純血を笠に着る風潮は子供にも浸透していることがわかった。でも、そこで華には大きな疑問が沸き起こる。
ではなぜ、彼らは魔力を全く持たない人間をわざわざ違う世界から召喚して王にするのか?それだけ魔力量のことを絶対視しながら。
「ゾルタンは成長し、魔力量検査で領主にふさわしい絶大な魔力量を示した。
ここではね、領主の魔力量の衰えが見られると、成年に達した者は皆、最寄りの聖魔教会で魔力量の検査をすることが義務付けられているのよ。領主の魔力量が減ったということは、代替わりが始まったという証拠だから。
魔力量が多くないと、領主の仕事は務まらない。だから、その時は魔力量の多い者に位を譲り、その人の後見をすることになっているの。
でも、あろうことかボリスは領主の座を譲った途端に雲隠れしてしまった。ヴァルツァーレクの家はクリスチャンが当主になることになった。本当なら、それだって魔力量の多い、ゾルタンがなるべきなのに。」
なんだか引っかかる。話を聞きながら華は、どうしてゾルタンの父親はいなくなったのだろう、と考えていた。立場の弱い息子の後見をせずに、逃げるように去った父親。領主の座を退くのが嫌だった?子供の母親を愛していたのではなかったのか?
ヴァルツァーレクの家を継いだのが兄のクリスチャンなのは、なんとなく華にも理解できる。その母親をはじめとする後ろ立てが強いからだろう。両方を弟が継げば、第一夫人の家は黙っていないだろうから。
「そうやって領主になったわけだけど、反発するものも多くてゾルタンは苦労している。だから、彼が魔境王の後見となることが決まった時、これはチャンスだと思ったのよ。
これでやっとゾルタンの苦労は報われる。王に反抗できるものはいない。今まで散々私達を馬鹿にしてきた連中だって、頭を下げないではいられない。本当、いい気味だって思ったわ。」
やっぱり王の役割がよくわからない。魔力量が全てのような事を言いながら、魔力自体を持たないものが王になり、それに皆が逆らえないって…。理屈に合わない。
「あの子は、本当にかわいそうな子だった。でも、これからは違う。だって、こっちには王がいる。王がいるのだから、だから、きっと…。」
クラーラの口の中で呟かれた言葉尻を、華は聞き取れなかった。
「今度、ゾルタンと契約をしてもらうけれど、契約自体は別に難しいことは何もないから、楽にしておいてちょうだい。」
口をつぐんだまま沈黙を保つ華の様子を、クラーラは肯定と捉えたのか、彼女は言いたいことだけを華に一方的に伝えると、そのまま部屋を出て行ってしまった。




