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101(ワンオーワン)   作者: 叢雲弐月
101人目の魔境王
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果物

 華は、リュックの中に自分の持ち物を全て入れ、それを抱きしめて眠った。


 もうこれ以上、何も失いたくない。そんな気持ちでいっぱいだった華は、まるでぬいぐるみでも抱き締めるような形で眠った。


 ごつごつとした、硬くて重い物を抱える腕。そこにかかる負担が、華が持つ物の存在を嫌でも教えてくれる。


 まだ、全部なくしたわけではない。


 小さくなった両手の中に、なんとか抱えられることができる範囲のもの。それが今の華の精一杯で、それが華の最大限の現実。それでも華は、そこにすがりついていたかった。


 そうやってベッドの中で布団を被り、小さく丸くなって眠り続け、また再び容赦なく朝がやって来た。


 華が目覚めるよりも先に、部屋のカーテンが開けられ、さらに追い立てられるように声をかけられて、天蓋ベッドのカーテンも開けられた。


 そこには、昨日見かけたメイドやクラーラと共に、メガネをかけた初老の男が立っていた。


「お医者様をつれてきたわ。あなたの具合がよくないようだし、見てもらった方がいいと思って。」


 クラーラがそう言って、布団をめくる。華は、抱え込んでいたリュックをその場に残し、のろのろと身体を起こす。


「脈をはかるそうだから、こっちに向けて。」


 彼は、華に向かって丁寧にお辞儀をしてから椅子に座り、少しもったいぶった様子で持ってきた鞄を広げた。茶色い革鞄から取りだされた金属の箱は、ベッドサイドの小さなテーブルの上にのせられた。彼が蓋を開けると、その箱の内側には、銀色のメスやピンセットのような手術室でお馴染みの道具類がずらりと並んでいて、その妙にピカピカとやたら磨きこまれた鋭い刃先を目にした華は、これから何をされるのだろう、と身体を固くする。


 ところが、彼が最初にしたことは、ただの脈診だった。手首に指をあてて、なにやら難しい顔で考え込んでいる。病院で必ず目にするような聴診器がないのと、白衣を着ていないせいか、今一つお医者様という感じが華にはしない。


 脈をはかったあとは、何かいっぱい文字の刻まれた金属の重たいブレスレットを取り出し、華の手首にはめた。金属の冷たい感触に、何が起こるのかと思ったが、しばらくするとブレスレットの表面の色が変わり、華の脈に呼応するようにその色が点滅し、増えたり減ったり、また増えたり減ったりを繰り返す。彼はその様子を観察しているだけで、これでいったい何を計測しているのか、華には全くわからなかった。


 あれだけ眠ったというのに身体の熱はひかず、身体はやたらとだるいまま。ちっともよくなっている気はしない。もっとも、何も飲み食いしていないのだ。現状、体力を回復させることができないのは仕方がない。


 しばらくして、医者は華の手首からブレスレットを外し、結局、最初に広げた金属の箱の中身は一度も外に出されることもなく、再び閉じられた。


 一連の動きが、その医者にとって儀式のようなものなのだろう。使っても使わなくても箱は開けられ、患者を身構えさせる。歯医者の診察台がものものしいのと同じ構図だ。中身が何かわからない遮光瓶や、何本ものコードがつながった機械。そこに座っただけで、緊張させられる。


「食事がとれないようだけれど、果物とかなら食べられそうかって聞いているわ。」


 医者の言葉をクラーラが通訳してくれる。


 果物?


 そういえば、この世界に来てから食べたものといえば、持ってきたおにぎりと水筒のお茶だけだった。こちらの食べ物は何も口にしていない。初めて口にしようとした水は、あのとおり毒入りだったし…。


 華には、それを食べられるかどうかわからない。なにしろ果物といわれても、こちらにどのような果物があるかも知らないのだ。首をかしげてみせるしかなかった。


「昨日、あなたは何も食べられなかったでしょう?果物なら食べられるんじゃないかと、お医者様は言っている。加工も目の前で皮を向いたり、すりおろしたりすれば、自分の目で見て確認できるから、安心するだろうからと。」


 確かに。


 誰が作ったかわからないスープよりは、いくぶん安心だろう。どこで誰が何をするか、こちらは見当もつかないのだ。できれば、皮をむくのもすりおろすのも、全部自分でやってしまいたいところだ。果物だけだと栄養はかたよりそうだが、この際、文句を言ってられない。


 すぐに籠に大盛りにされた果物が、室内に持ちこまれた。色々な色と形をしたものが、二つか三つずつ入っている。


「どれがいい?」


 クラーラは、華に向かって聞いてきたが、どれも見たことのないものばかりだ。りんごのような形をしたものは、ブルーベリーみたに黒っぽい色をしていて、スモモ位の大きさをしていたし、ブドウに似ているものは目に痛いくらい真っ赤だ。さくらんぼみたいな形のものが黄緑色をしていたり、みかんっぽいものが白色だったり、そうかと思うと、やけに青い色をした星型のものがあったり、どれがどんな味をしているのか見当もつかない。


 考え込んでいる華にじれたのか、クラーラは全部を一つずつ用意させることにしたようだ。壁際にあった小さなサイドテーブルをベッドに近付け、そこに果物と皿を並べ、こちらから手元が見えるようにして、メイドの一人が皮向きをはじめる。医者に、そうやって本人が見て確認できるようにしろと、あらかじめ言われていたのだろう。


 そのメイドの向かい側には、もう一人別に若い男が立っていた。彼は帯剣している。小さいとはいえ、目の前でナイフを持って果物を食べられるように加工するため、監視役がつけられたのだろう。そのせいか、どことなくメイドの様子がぎこちない。いつでも抜剣できるような体制でいる男の姿に、委縮しているのだろう。


 気の毒に。


 華はそう思ったが、これ以上、あのような事件を起こさせないように周囲が用心した結果だろう。仕方のないことなのかもしれない。


 そうは思っても、華自身、この扱いにひどく困惑している。自分はここまでしてもらうような人間ではない。ただの子供になってしまった華に対して、皆大仰で、丁寧で、儀礼的だ。彼らが心の内で、どう思っているかはわからない。でも、なんとなくこちらの顔色をうかがっていることだけはわかる。


 五種類の果物の皮がむかれ、それぞれ小さく食べやすい大きさにカットされ、きれいに一枚の皿に盛りつけられた。ベッドの上に、昨夜と同じように折りたたみ式の簡易テーブルが出され、ナプキンやカトラリーが並べられる。メイドの一人が、華の首に真っ白なナプキンをかける。


 華の前に出された果物は、皮をむかれて、色が少しばかり淡くなった状態になった。それでも、全部が全部見慣れない果物だ。ナイフとフォークをとり、どれから食べるべきか迷った。幸いなことに、昨夜のような吐き気はない。やはり、混ぜ物ができない果物であることと、目の前で加工してもらったことが、気持ちに大きな影響を与えていたのだろう。


 黒、赤、黄緑、白、青…。


 初めて見るものばかりなので、色合いで味の予想がつかない。華は意を決して、はじからほんの少しずつ、さらに小さく切り分けて、味見をすることにした。


 黒い果物は、甘酸っぱい味がした。紫蘇梅のような味で、なんだか懐かしい。ブドウみたいな赤いものは、グレープフルーツみたいだった。黄緑のさくらんぼ型のは、食べてみるともちゃっとしたバナナのような柔らかさがあって、熟れすぎたキウイみたいだ。みかんのような白いのは、パイナップルみたいな感じ。青い星型のは意外なことに、りんご風味だった。


 どれもこれも、形と色を見なれないせいで、たくさん食べたいとは思えない。けれども、なんとか口にいれられそうなものがあることに、華は少しだけ安心した。そこで、どれも最初に切り分けられた一欠片ぶんずつ、ゆっくりと慎重に口に運んだ。それだけで、ずっととれなかった水分がやっと身体に補給できたような気がした。だが、それ以上は食べられなかった。


「まあ、ちょっと量は少ないけれど、食べることはできたみたいね。あとは薬なんだけど。」


 そう言って、粉薬の入っているらしい小さな紙包みを見せられた。だが、あれは水がないと飲めない。華は、頭を横に振った。医者も同意するように頷いてみせた。


「そう。じゃあ、仕方ないわよね。」


 クラーラは溜息をつきながら、薬をメイドに渡し、片付けさせた。それと共に、医者をはじめとした人々は一緒に出て行った。


 部屋には、クラーラと華、二人きりになった。


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