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101(ワンオーワン)   作者: 叢雲弐月
101人目の魔境王
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ハサミ

 華が小学六年生になったある日のこと、学校から帰った華は、玄関を入るなり、いきなり床に押し倒された。


 母親は、馬乗りになってこう言った。


「全部、お前のせい。お前が悪い。あの人がいなくなったのは、お前が女だから!どうしてお前、男に生まれなかったの?


お前が男だったら、きっとあの人は私と結婚してくれた。だって、私はあれだけ彼につくしたのよ。


だから、出て行くなんて本当はあり得ない、あるわけないの!わかったのよ、私、彼が出て行ったのは、お前が女だからだったんだって。」


 華の身体を押さえつけ、真上から見下ろす母親の、振り乱された髪。


「やっぱりお前のせいなんだ。お前が女だからいけないんだ。ねえ、どうして男に生まれなかったの?私とあの人の子なのに、どうして?


お前が男だったら、あの人はどこかに行ったりしなかった。だって私、あの人のために何だってした。何だって我慢した。


ねえ、だからやっぱり、お前のことが気に入らなかったせいなんでしょ。お前もそう思うでしょう?ねえ、ねえ!」


 意味不明だ。小学生の華にもわかる言いがかり。


 そんな風に言う根拠がどこにあるのか、華には全くわからない。華のいないところで、あの男に何か言われていたのかもしれない。でも、母親がそういった話をしたことはないので、よくわからない。


 だが、腹の上にのしかかる、大人一人ぶんの体重の重み。両手でガッシリとつかまれた肩。ガクガクと壊れた人形の首のように、揺さぶられる頭。


 あの柔らかな唇から紡がれた言葉だというのに、言葉は鋭く、尖った金属のようだ。それらは、雨あられと華の上に降り注ぐ。


 華はまるで、針山だ。ただ、無数の針をつきたてられ、きりきりと銀色に光る尖ったものを、痛みに耐えながら、眺めていることしかできない。


 両肩をつかんでいた手が、すべるようにして首へと移動する。


 うまくいかなくなった原因は、華。


 悪いのは華。間違っているのも華。


 だから、その悪くて、一番間違っているところを取り除かなくてはならない。


 華はこんなにも息苦しく、苦悶の表情をしているというのに、それをすぐ目の前で見ているはずの女の目には、全く映っていない。


 女?


 いったいこれは、誰なのだろう?


 母親、だったはずなのに…。


 彼女の眼は、華を見ていない。視線があっているようで、華を見ていないのだ。


 首にかかった両手は、華の細い首をがっしりと捕えている。そして、そのままの状態で、華を力任せにガタガタと揺さぶる。


 息が苦しい。


 喉がつぶされ、上手く呼吸ができない。


 声をあげたい。


 けれど、なんて言えばいいのか、わからない。


 知らぬ間に流された涙が、目尻を伝い、こぼれていく。


 華の両手は、何もつかめないまま、床の上で力なく這うだけだった。ただただ、圧迫された腹部が、首が、苦しくて苦しくて…。まるで餌を求める魚の口のようだ。空気だけを求めて、ただ、ぱくぱくとしている。


「そうだ!」


 突然パッ、と首にかかっていた手がゆるんだ。


 華の喉が声にならない音を不気味にあげる。やっと再開された呼吸が、華から失われそうになった血色を呼びもどしていく。


 母親は、華を押さえつけたまま、台所の流し台の上にあったキッチンバサミをつかんだ。


「最初から、こうすればよかったのよ。」


 そう言うと、華の髪をむんずとつかんだ。そして、つかみとった束のまま、手当たりしだい、ジョキジョキと切り始めた。


「最初から、こうすればよかった。だって、こんなにそっくりなんだもの。どうして思いつかなかったのかしら。」


 ニタニタ笑う女。その歪んだ笑顔に、華は身動き一つできない。まるで床の上にピンでとめつけられた、昆虫の採集標本みたいだった。


 耳元でシャリシャリこすれる刃物の音。


 床に投げ捨てられ、散らばっていく、黒髪。


「ほうら、ごらんなさい。あの人にそっくり。これまでが間違いだったの。お前は女じゃなく、男だった。そうでしょ?」


 腹の上にかかる、大人一人分の体重。圧迫され、苦しい息。抵抗できるはずもない。


 母親は、馬鹿みたいに笑い始めた。どうやらおかしくてたまらないらしい。


 なぜそんなに笑っていられるのだろう?華には全くわからなかった。


 ただ、ハサミの音と、女の笑い声だけが、閉じられた扉と扉の内側で、いびつに鳴り響くだけだった。


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