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101(ワンオーワン)   作者: 叢雲弐月
101人目の魔境王
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待ち伏せ

 三人の帰路は、まるでお通夜のようだった。


 あれからさらに、総主教から細々とした指示が二人になされていたようだったが、どのようなことを言われていたのかは華にはわからなかった。仮に理解できる言葉であったとしても、華の頭に入ってきたかはあやしい。


 口数がもともと少ないゾルタンが黙ったままなのは、通常通りなのかもしれない。彼がどのような人間なのか、昨日会ったばかりの華には何もわからない。彼のほうも、華をどう扱えばいいのかわからないのだと思う。


 だが、華にとってそれ以上にわからないのは、クラーラのほうだった。あれだけ自分の言いたいことばかりを押し通すように言い続ける女が、終始無言でいる。何を考えているのか、視線さえ合わさず、ずっと黙りこんだままでいる。それが、嵐の前の静けさのようで、華には少し不気味だった。


 これから、いったいどうなるのだろう?


 すでに授業を2日続けて休んでいる。お金の無い華が、苦労しながら高い授業料をなんとか払っているというのに、大学へ行けない。これは、華にとって非常事態だ。アルバイトも無断欠勤。きっとお店の人に、いい加減な学生だと思われているに違いない。でも、誤解をとくために言い訳をすることもできない。


 このままずっと帰れないのだろうか?もしそうなら、借りているアパートの家賃も、光熱費の支払いも、すぐに滞るだろう。もともとが自転車操業みたいなものだった。華がつつましくやりくりしていたから、かつかつ暮らせていただけなのだ。授業に出席できないのだから、試験も受けられるわけがない。留年扱いになるのか、それとも、後期の授業料が振り込まれなければ、退学したことにされてしまうのか…。借り物のパソコンだって、持ち逃げされたと思われるかもしれない。そのうち、何か事件に巻き込まれたことになって行方不明扱いか、自主的に蒸発したと思われるのか…。


 華は頭を抱える。問題はそれだけではない。


 このままここで、華は何をさせられるのだろう?わざわざ別の場所から、こことは全く関係のない人間を召喚する、という無茶なことをしてまで、王に迎えるのだ。それは、人間一人を誘拐してくる犯罪だ。そこには何かしら、そうしなくてはならない特殊な理由があるはずだ。


 華は、自分が王として召喚されたのだといわれても、簡単にうかれたりはしなかった。それどころか、実は犠牲の贄にするためだと言われても驚かない。王、などという綺麗な言葉は、飾りにすぎないかもしれないからだ。神へのお供え物のように美々しく整えられ、盛大に祭り上げられた後で、サクッと屠られてしまうかもしれない。絶大な権力があるとか、贅沢し放題とか、そんな話を華は頭から信じてはいなかった。おいしそうに見える話には裏があるものだ。


 華の頭の中を、そういったことがぐるぐるまわっている。自分がいなくなって、悲しむ人はいない。探す人もいない。それでも、あちこちに迷惑をかけてしまうことだけは確実だ。


 こんな風にいつも通りを失ってしまうことなど、誰にも予想できない。華が努力して作り上げ、維持しようとしていた日常は、あっけなく壊されてしまった。華の苦労など、何一つ知らない連中によって…。華の腹の内は、煮えたぎっている。


 せめて言葉がわかれば…。そう華は思った。意思の疎通が簡単にできればいいのに。事態を少しでも良くするためには、ここがどういうところか理解しなくてはならない。そのために、言葉を覚え、状況をちゃんと判断できるようにしなくては。周囲をよく観察して、逃げられるのなら逃亡も考えよう。


 ぐるぐる渦巻きのような堂々巡りを華は断ち切る。


 頼れるのは、いつも自分だけ。だから、考えるのも自分。判断するのも自分。


 華は、呪文のように頭に唱え、素早く決断を下した。


 それぞれの思惑を三人三様に心に思い描きながら、三人は総主教のところを辞し、再びドラクール領にもどることになった。


 出かける時には見送りは誰もいなかったというのに、再びの転移でプラーガ城の中庭に戻った時、そこにはどういうわけか三人の人物が待ち受けていた。


 彼らは一様にこちらに向かって頭をたれ、お辞儀をしている。その頭の向きは、どう見てもゾルタンやクラーラではない。彼らは三人とも、フード付きマントにすっぽり全身覆われた、相手から見たら正体の知れない華に向かって頭を下げている。


 クラーラにとっては、歓迎せざる客だったのだろう。あからさまに舌打ちしている。


 待ち受けていたのは、クラーラと同じくらいか、少し年上に見える、豪奢なドレスを着た女と、ゾルタンくらいの若い男、二人の後ろに控える若い女の三人。


「相変わらず耳の早いこと。あちこちにスパイでも潜り込ませていらっしゃるのかしら。」


 開口一番、いまいましげにクラーラが口にした嫌味に、相手の女性が険のある眼差しを返す。一方、ゾルタンのほうはといえば、前方の二人に向かって声をかけ、互いに軽い挨拶らしいものをかわしている。若い女の方には声をかけていない。どうやら彼女はただの侍女のようだ。


 紫色のバッスル・ドレスを着た年上のほうの女は、迫力ある美魔女といった風情だ。華は、腰に下げたシャトレーヌに注目した。クラーラや侍女らしき女も腰から銀の鎖で杖や本を下げているが、彼女のものと比べるとずっと簡素だ。彼女のシャトレーヌは、腰に下げる所が金とエナメルで作られていて、杖、豆本、鍵、ソーイングセットみたいなものが下がっている。いわば、実用とアクセサリーを兼ね備えた、本格的なシャトレーヌだ。


 シャトレーヌはもともと、屋敷や城の女主人という意味がある。そして、腰のベルトなどに細い鎖で鍵や時計などをぶら下げる飾りもののことを指す。鍵は、部屋だけでなく、貴重品の管理にも使われる。そのような鍵を持っているということは、管理できる財産を持っているか、又は管理をまかされている、ということだ。華にとって、彼女が着ているドレスの豪華さ、持っている持ち物は、相手の身分を推理できるパーツだ。


「お久しぶりねぇ、アデーラ。わざわざクリスチャンを連れて城まで出向くなんて、いったいどのようなご用件かしら。」


 クリスチャンというのは、若い男のほうの名前なのだろう。彼は、金髪に緑の目をしており、ゾルタンと同じようにフロックコートを着ている。だが、ゾルタンの全体的に黒っぽい色合いとは違い、華やかに見える。グレイの上下に、ベストは青みがかったものを合わせていて、育ちのいい貴公子然としている。


 なんとなく、その顔立ちがゾルタンに似ている。髪の色が全く違うので、持つ印象がかけ離れているような気がするが、アデーラが凝ったシャトレーヌを身につけていることから、華は彼らがゾルタンの義理の母である第一夫人とその息子なのではないか、と思った。


「気の利かない人たちね。陛下はお疲れなの。不興を買いたいの?」


 総主教に王だと言われた途端、この変わりよう。王とは、そんなに権威ある看板なのだろうか。クラーラは、あれだけ華のことを否定していたのに、自分にとって都合のいい時は、ちゃんと認めるらしい。


 クラーラとアデーラは会話の応酬をしている。華の耳に聞こえてくるクラーラの言葉は、相手に好意的とは言い難い。


「身の回りの世話の手伝いですって、白々しい。私たちの足を引っ張りたい、の間違いではないかしら。だいたい、ゾルタンが領主に決まった時は、挨拶一つも寄こさなかったくせに、王がいらした途端に擦りよってくるなんて!」


 本当、あきれるほどよくまわる口だ、と華は思う。華がここに来てから、彼らは華を部屋に閉じ込めていただけで、食事はおろか、お茶の一杯だってよこしてはいない。華は、今朝から水筒に残っていたお茶を口にしたきり、何も飲み食いしていないのだ。


「あらあら、どうやってもてなすつもりなのかしら。もしかして、ご自分自ら接待するおつもり?」


「そうやってしゃしゃり出てくるから、ボリスが帰ってこないんじゃないかしら。本当に、かわいそうなボリス。ご自分の屋敷だっていうのに、帰ることができないなんて。」


 ボリス?確かゾルタンの父親の名前だと言っていたはずだ。ということは、やはり彼女が第一夫人?ゾルタンの義理の母親に当たる人?


 華は、会話に熱くなっている二人の女をよそに、そっとフードの陰から周囲を伺う。そんな女達とは違い、ゾルタンとクリスチャンの二人は、一切口をはさんでこない。それどころか、そっと目をそらしているようにも見える。二人の争いに、かかわりたくないのか。


 それにしても、どういうことなのだろう?父親が帰ってこない?彼はいったいどこにいるのだ?


「ああ、でも今はクリスチャンが当主ですものね。それってどんな気分なのかしら。魔力量が少ないのに当主をやらされる兄の立場って。」


 華にはわからない。この人たちの間には、どれだけの確執があるのだろう?兄弟なのに、弟のほうが領主で兄が当主?魔力量の差?


 総主教に向かって、ゾルタンの家は彼を支えてはくれないと言っていた。けれども表面上、ゾルタンは義理の母や兄弟に対して普通に接しているように見える。彼らだってそうだ。おまけに、どこで聞きつけてきたのか、手伝いに来たらしいことまで言っている。クラーラが懸念する通り、足を引っ張るため?


 華は、別の可能性も考える。足を引っ張るためなら、協力などする必要はない。それとも、内部に入り込んで何かをしたいのか。


 だがここで一つ、華の中で疑念がふくらむ。もし、クラーラが意図的に彼らの仲をかき乱したい理由があったとしたら…?でも、なんで?

 あそこまであからさまに嫌悪を隠さないのには、何か理由があるはずだ。彼らが手を携えて領運営ができれば、ゾルタンは家の援助を受けることができるはず。

 わからない…。

 そう、わからないことだらけだ。言葉の壁が、ここまで大きいなんて。いや、それはどうだろう。言葉が通じても、伝えたいことが必ず伝わるわけではない。逆に弊害になることだってある。

 考えろ、考えろ…。

 華は自分自身に命じる。それこそが、打開策に通じる正しい道だと、華は信じていた。


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