ダイブ
地球は丸い。でも、この世界は違う…。
衝撃の事実がわかり、華は呆然としていた。
別の世界とはいうものの、どこかで同じ宇宙の中にある別の星なのだと思っていた。それが当然だと思っていた常識が、いきなり壊されてしまった。華は、ぐらぐらとする自分の足元を簡単に立て直すことができない。自分の根底にある根っこまで、引き抜かれてしまったような気分だった。
「む、どうしたのだ、華?」
そう、確かに、最初からおかしなことだらけだった。いきなり住んでいたアパートのベランダから、この世界に来ていた。魔法で転移したり、妙な乗り物にも乗った。身体が溶けて子供の姿になったし、人化して言葉を話す龍と契約もした。いつのまにやら、自分でも魔法が使えるようになっているし…。
どこからどこまでも、おかしなことだらけ。そのおかしなことだらけの中にいながらも、心の隅で、今いる自分が見ている空の、ずっとずっと遠く向こう側に、自分のいた世界があると思っていた。それが否定されてしまったことが、華を打ちのめしているのだ。
今さら一つ、世界の不思議が増えたところで何だ、という気もする。そのくせ、なんでこんなことに一番自分がダメージを受けているのか、と自分でも不思議に思うくらいショックを受けている。
いや、そうじゃない。一つ一つの違和感をずっと無理して飲み込んだり押し込んだりし続けていった結果、あまりにもぎゅうぎゅうに押し込められていたそれが許容量を超え、いきなりあふれ出てきそうになっているのだ。もともと不安定だった華の足元が、さらにえぐられ、立っているのが困難なくらいに。
世界が平らで、丸くないからといって、それがなんだ。元々ここは、作られた場所だって『はじまりの王』のブックで映像を見て、知っていたじゃない…。
わかっていたはず。わかっていたはずなのに。
『おおいなるもの』だ。
ここは、『おおいなるもの』が作りだした箱庭なのだ。今もなお、瘴気漂うヨハネスの湖に封印されているという『おおいなるもの』の。
汚れた魔素の中で壊れながら、作りだされた世界。寄せ集めで、歪で、よくわからないもののごった煮状態で…。
「華様、御気分でも悪いのですか?だいぶ、お疲れになっているのかもしれません。今日はおしまいにして、おやすみになさったほうが。」
いきなり暗い顔をして黙り込んでしまった華を心配して、ジェイドが声をかけてきた。ユリウスは、胸に手をあててお辞儀をしながら言った。
「気がきかず、申し訳ありません。私が気をつけるべきでした。今日はこれで。」
「いえ…、大丈夫。私は、大丈夫…。」
ほら、ぼんやりしているから、周囲に迷惑をかける。心配をかけてしまう。役立たずで、親にも捨てられた子供のくせに。
やるべきことをやらねば、救われるものも救われない。助けられるものも助けられない。自分は悲劇のヒロインなんかじゃない。かわいそうな子供でもない。ヒロインだったら、捨てられる前に、毒を飲む前に、声を失う前に、召喚される前に、親に捨てられる前に、生まれる前に…。
世界が平らだから何?丸かろうが平面だろうが、同じこと。ここが別の世界であることに変わりはない。丸かろうが平らだろうが、もう帰れないことに変わりはないのだし。
何を今さら。本当に、何度も何度も繰り返す今さら感。受け入れたつもりで、どこかで拒否している。理解しているつもりで、わかっていない。
でも、でも、でも、でも…。
私はこの世界を愛せる?
この、元の世界とはかけ離れ、切り離された異世界を愛せる?好きになれる?それとも、憎む?
身体を作り変えられ、捨てられ、それでもここで、生きていける?
私って、こんなに何かに執着していたっけ?
「ごめん…。」
華は一言口からこぼすと、部屋を飛び出していった。
「華様!」
背後から、あわてたようなジェイド達の声が聞こえたような気がする。
でも、それにかまわず、華は廊下を走った。走り出したら、止まらなかった。どうしても、止まれなかった。何かに追いかけられ、逃げるように、走って走って、万華鏡の間の扉を開け、そこでも止まらず、出入り口の扉を開け、背の高い柱を何本も追い越し、外に出て行く。
そして、夜色の髪を風になびかせて、息つく暇もないほどにせり上げて来る衝動のまま、さらに走り、飛びだし、地面を見失い、空に向かってダイブした。




