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101(ワンオーワン)   作者: 叢雲弐月
101人目の魔境王
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地図の間

「申し訳ありません。そうですね。陛下は地理に詳しくないのですから、無理もない。」


「大丈夫です。驚いただけです。」


 薬で潤う村。連れてこられる子供たち。一方、華は毒で子供の身体にされた。どこへ行っても、薬の話がついてまわっているような気さえしてくる。全部が全部、関係あるわけではないだろう。でも、これだけ遭遇率が多いと、おかしな気分になる。


「私は、今いるこの位置がどこかさえ、知らないのです。」


「とりあえず、簡単な地図でも描いてご覧にいれましょうか。」


「それでしたら、いいものがあります。地図のようなものはあるのですが、私はこちらの文字がわからないので、読めないのです。」


「文字。なるほど、そういったこともお教えしたほうがよいですね。」


「華、チズとは何だ?」


「華様、あそこは寝室です。」


「む、寝室?」


 ナーガラージャとジェイドが口ぐちに問いかけてきたが、華はユリウスを地図の間に連れて行くことにした。


「これは…。」


 ユリウスは、驚いていたようだった。


「どうしてこのようなものがここに。」


 この神殿にないもの。それは書物の類だった。『はじまりの王』ゲオルギウスは、身の回りの物を周囲に用意させて送らせていたようだが、書物はその中に入っていなかった。読みたいものや書類の類は、自分で出入りするたびに持ち帰っていたのだろう。


 当然のことだが、魔物は字の読み書きを習うわけではない。人化できるほどの高位の魔物は少ない。ナーガラージャも、山に閉じこもりがちだったし、たまに森に入り込んでくる冒険者は、本など持ち込まない。そのため、この神殿には本がなく、唯一、文字のようなものがあるのが、この寝室の壁に描かれた地図の中の記号だった。


「この神殿は、『はじまりの王』が作らせたものだそうで、私が今使っている部屋は、彼が使用していたそうです。」


「それは本当ですか?」


 どうやら、知らなかったようだ。ここは、高くて険しい山の上だ。地上からは魔物がいるため、簡単に入ってこれない。空を飛ぶ乗り物もあるようだが、さすがにこの上を飛ぶのは躊躇するのか、この神殿のことは知られていないようだ。


「ということは、先ほどの見事な大広間も、食堂も、ここも、全て…。」


「む、この神殿はゲオルギウスが持ってきて置いていったのだ。どこぞの神殿から転移陣を使って、よく遊びに来ていたぞ。」


 ナーガラージャがそう言うと、ユリウスは絶句していた。それもそうだろう。こんなにバカでかい巨大建築物を持ち込み、置いていくなど、普通は考えられない。しかも、こんな山の天辺だ。どうやってこれだけの資材を集めて作ったのか、と考える方が先だ。


 しかも、ここは魔物の土地だから人間は勝手に出入りしてはいけない、出入りは自己責任で、と自分で取り決めて禁止していた場所に、気軽に出入りしていたなどと聞けば、驚くに決まっている。


「神殿は、王都の外にある山に一つあります。そこからここに転移を?ここを義父に見せることができたら、どんなに喜んだことか…。」


 その言葉には、実感がこもっていた。華は、彼が養子に入る時に無理難題を押し付けた奥方の話は聞いていたが、話をした者も、義父のことは悪く言わなかった。


「前総主教のことですか?」


「ええ。義父は、『はじまりの王』のことを研究していたのです。よく、私に話をしてくれました。


ですが、ここのことは知りませんでした。義父もしらなかったのだと思います。


この神殿は、どこもかしこも作られたばかりのように美しいので、そんな古い建物であるとは思いませんでした。


王都の外にある、『はじまりの王』が作ったとされる神殿は、かなり古びていて、何度も直したり増築したりされているせいか、こことは違う雰囲気です。


クリシュナから、山の上に主様のお住まいがあるとは聞いていましたが、まさかそんな由緒あるものだとは思いもしませんでした。


『はじまりの王』は、このような部屋で休んでいらしたのですね。」


 建物だけでなく、ナーガラージャは膨大な量の貢物を収納している。その収納の中には、かなり古い時代のものもあると言ったら、彼はさらに驚くだろう。華は、入口付近のものを少し見ただけにすぎない。あまりにも物があり、果てが見えないくらい広いので、奥に行って遭難しそうなのがこわくて、まだ確かめていないのだ。


「記録は残っていないのですか?」


「伝承のようなものが、あるにはあります。ですが、文献など、はっきりしたものはないのです。」


「え、でも、『はじまりの王』のブックに登録した時、この魔境のはじまりについての映像のようなものが…。」


 すると、ユリウスの顔色が変わった。


「なんですって?あのブックに文字以外のものが、何かあったのですか?」


「ええ。ブックの上に、小さな舞台のようなものが出てきて、そこで紙芝居のような感じのものがはじまりましたよ。


『おおいなるもの』がどのようにしてこの世界を作り、『はじまりの王』が『おおいなるもの』を封じ込めたところあたりまでを物語風にしたものですが、魔力を通したらいきなりはじまって…。」


「そのような話は、初めて聞きました。今までの王で、そんなことを言ったものはいないように思います。私も、あのブックは何度か開いていますが、文字以外のものを見たことがありません。」


 なぜだろう?他の王には見えていない?それとも、見ることができなかった?皆、よそから召喚されたのに?


 何が違う?何が?


 同じように別の世界から召喚されていて、魔力を全く持たない人間が王だ。それ以外に、何か条件が違うから、見れたり見られなかったりするはずだ。


 華は選定公の後見との契約をしていない。要するに、ここの人間と契約は行っていない。それに、杖も持っていないし、定まった呪文や詠唱も知らない。自分で描いた魔法陣を綴じた、自分のブックも持っていない。


 待てよ、『はじまりの王』はどのようにして魔法を使っていたのだろう?


「ねえ、ナーガ。ゲオルギウスって、どうやって魔法を使っていた?」


「む、ううむ…。簡単なものは何もなしでやっておったような気が…。後になって杖やブックを使っていた?だが、転移陣とかでは陣しか使っていなかったか?」


 どうやらかなり昔のことなので、ナーガラージャの記憶もあやふやなようだ。魔法を使うところなど、いちいち注意して見ていなかったのだろう。


 でも、華の中ではっきりしていることはある。ブックや杖がなくとも、魔法は発動する。ゲオルギウス以降の人は、魔法を使いやすいように工夫した結果、杖やブックを使って魔法を使うことが当り前になってしまった、ということなのだろう。


 でも、それが一般的になってしまったため、今度は逆にその便利さが当り前になってしまい、それを使わないと魔法が発動できないようになってしまった。


 それがいつのまにか、常識になってしまったのだ。いわば、思い込みのようなものだ。魔法を学校で習うことが当り前のこの世界で、それ以外の方法が模索されなかったのは不思議ではない。魔法を杖やブックなしで発動するやり方は、すたれてしまい、忘れられてしまったのだろう。


 華は、自分の考えをまとめるようにひとり言をつぶやく。


「魔法の発動の仕方が違う。それだけじゃない、魔力の量とかに違いがあるのかも…。ゲオルギウスはもともと、『おおいなるもの』から魔力を融通されていた。しかも、それを他のものに分けていた。分けていたのにもかかわらず、どういうわけか最初の魔力量を保持したままだという、不思議な特殊性を持っていた。そこがまず違う。他の王が契約したのは、後見として選ばれた選定公。分け与えられた選定公と『おおいなるもの』では魔力量が違いすぎる?今まで五人の選定公全員と契約した王はいましたか?」


「いいえ。言われてみたら、全員はいません。多い王でも、確か三人か四人だったかと。でも、最初の戴冠式の時には後見の一人です。それに、あとで多重契約をしても、あのブックに王が触れることもなかったので、わからなかったのでは。」


 ブックは長い時がたったせいで、儀式用だと勘違いされるようになってしまった。そのせいなのだろう。


「あのブックは、たくさんの発動条件が重なった結果、一人の後見としか契約しなかった王には、使えなかったのかもしれません。だから、儀式用だと勘違いされるようになってしまったのでは。」


「つまり、魔力量が少ないと、見ることができない。魔力量によって、中身をみることが出来る者と出来ない者がいると?」


「単なる予想ですけれど。」


 あり得る話だ。さっき聞いたばかりの後見を選ぶ魔道具一つにしたってそうだ。発動の条件付けが幾重にもあって、周到に考えられている。思いつく限りのことを想定して、作られているのだ。


 華はなんだか、ゲオルギウスに挑戦状でもつきつけられているような気分だ。きっと、わかるものにだけにしかわからない、そんなたくさんの謎が、あのブックにはたくさん隠されているのだ。ナーガラージャが、ゲオルギウスのことを好きなのか嫌いなのか、よくわからないような複雑さを見せていたのもわかるような気がする。何のヒントもなしに、解答を求められているようなものだ。


 わからないことだらけだ。華は、覚えること、考えることが多くてめまいがしそうだ。問題は山積みで、何から手を出せばいいかわからなくなってしまいそうなのだ。だが、ひとまず自分の好奇心は脇に置いておく。とりあえず、片付けなくてはいけないことが目の前にあるからだ。


 華は、ヒトデの形をした島の地図を指さしながら聞いた。


「カーデュエルの山は、どこにありますか?」



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