噂のもと
華は、考え込むように腕組みをする。
総主教のユリウスも知らないようなことを、一介の主教代理が知っているものだろうか?あの男は、王の性別は知らなかったが、身体が弱いという噂が流れている、と言っていたのだ。では、その噂はどこから出た?
華と直接面識があるのは、ドラクール公の周辺だ。使用人と医者くらい。ごく限られている。最初にプラーガ城に入った時、華はクラーラによってフード付きのマントを着せられていた。総主教のところに行った時もそうだ。めずらしい顔立ちをしているから、見せないように、とも言われた。だから、華の顔を直接見たことがあるものは少ない。
だが、直接面識のある人達は多分、厳しく緘口令がしかれているだろう。そういった人達は、魔法の契約で縛られているのかもしれない。華は男性の王ではなかったし、毒を飲んで身体が子供になってしまった。そんな話が全く外にもれることがなかったことが、その証拠だ。だから、華がプラーガ城にいないことも知られていない。
噂がもれるとしたら、もっと下の連中からだ。華と顔を合わせたこともなく、性別も知らない人達。華はあの城で、まともに食事をしていない。毒を飲んだせいで、食事に手をつけられなかったからだ。そして、唯一口にしていたのは、果物だけ。
王がいるはずの城で、王の為の食事は作られることはなかった。食べないのだから当然だ。少なくとも、華はスープ以外の食事を目にしていない。
孤児院でアランが言っていた。果物はあっても、高価で口に入らないと。その高価な果物が一日三度、毎日、華のところに持ち込まれていた。色とりどりで、様々な種類のものだ。その果物を持ち込むのは、商人だ。
王の後見がドラクール公だということは、皆が知っている事実だ。だが、高級な食材を持ち込んでも、消費されるのは果物だけ。他の高級食材が使われた形跡はない。だから、体調が悪い、身体が弱い、そういった噂が出たのだ。だとしたら、噂の出所は、その辺りだろう。
実際に、毒を飲んで体調を崩していたのだから、噂は正しい。その一方で、何よりも話題になっておかしくないはずの王の性別は、全く話題に上っていない。噂の出所が、出入りする商人なら、それもおかしくはない。
それ以前の王は、きらびやかな部屋を好む王だった。華の滞在していたあの部屋は、かなり金ぴかだった。当然、食事も高級な食材を使っていただろう。どのような王が召喚されるかわからなかったから、王の為に様々な果物も用意されていた。だから、色々な種類の果物があったのだ。最初はそうでも、毎日そればかり消費されれば、変に思われただろう。
次の王は、どのような人間か。それはある程度、消費されるものに現れていただろう。何を好み、何を考えるか。王が浄化をすることで、領が潤うというのなら、できるだけ長く自領に王が滞在するよう、各領の選定公は頭を使うはずだ。
つまり、そういったところですでに、王は見張られていたのだ。
「どうしたのですか?陛下。」
ユリウスが、急に考え込んでしまった華をいぶかしむ。
「え?ああ、聖魔教会の主教代理のところには、しょっちゅう商人とかが出入りしているものなの?」
「頻繁に出入りするかどうかは、教会の場所にもよるかもしれませんが、商業地区に近いところなどは権利の申請などで、多いかもしれません。」
なるほど。いけすかない男だったけれど、あのランゲ主教代理とやらが仕事のできる人間だという話は本当だったんだ。商売人なら、様々な噂をあちこちから拾ってくるだろう。王の為に使われる金額は多額だ。部屋で使われていた小物一つとっても、それが高価なのは一目瞭然だった。商人は売上のために好みを知りたがっただろう。そういった王の嗜好、一つ一つは欠片でも、つなぎあわせていけば、何かが浮かび上がってくる。
プラーガ城で高級な果物が、華がいた時ほど消費されなくなれば、次はどんな噂が流れることになるのだろう?体調はよくなったようだ、と?
だが、食べ物はともかく、他の物の調達は?城に出入りする商人は一人だけではないだろう。部屋の模様替えはおろか、高級品の購入も全くされない。最初はそれも、素朴なものを好むとか、つつましやかな王だ、と思われるかもしれない。だが、日常に使われるであろう、下着をはじめとした衣類などの購入が全くされず、魔法の教師も呼ばれない、杖も新調されていないとなれば……。
そんな状態で、王の不在をどれだけ隠しおおせるものだろうか?ごまかすにしても、よほどうまくやらねば無理がくるはずだ。
確かに後見以外の者は、簡単に王に接触できず、邪魔することもできない。だが、次の王がどのような人間か、皆、興味津々であることはまちがいないのだ。現に、ヨハン・ランゲ主教代理は、手っ取り早く王におもねり、自分の出世の糸口にでも使うため、華からネックレスを取りあげて献上しようとしていたではないか。
「ドラクール領の調査は、どのようにして行うつもりですか?」
「秘密裏に行うつもりですので、そういったことにたけた者を使うつもりです。」
つまり、諜報活動のできる人達か。
「あなたは、前のドラクール公のことを知っていますか?」
「ええ、もちろん。」
ユリウスは、即答した。
「今、彼がどこにいるかは?」
「それは知りません。彼はゾルタンが新しい領主になると、すぐに行方がわからなくなりました。本来でしたら、彼は新しい領主の後見を務めなくてはならないのですが。」
「そうですか。そういえば、コルンバヌス教会にあなたはいたそうですね。そこの孤児院に援助もしていると聞きました。」
「そうです。陛下はどこでそれを?」
「私が一泊したのは、そこの孤児院です。コルンバヌス教会の主教は、どのような人物ですか?私は、主教代理だという人物には会ったのですが、その人のことは知らないのです。」
そんな風な会話があっても、ユリウスの表情が崩れることはなかった。やはり、ボリス・ヴァルツァーレクをかくまっているのは、あそこの主教なのか。
「コルンバヌス教会の主教ですか。名前はエクス・アーレと言います。彼のことを一言で言うのは難しいですね。可もなく、不可もなく、温厚で劇したところを見たことがないです。」
「目立たないタイプなのですか?それなのに主教に出世?出身は?」
「確かに、でしゃばってくるような人ではないので、目立たないといえばそうですが、仕事は着実にこなす者ですので。確か彼は、カーロン領の中級貴族の生まれだったかと。」
「カーロン領?」
確か、ゾルタンの生母と伯母のクラーラは、そこの出身だったはず。だったら、ボリス・ヴァルツァーレクとエクス・アーレが知り合いであってもおかしくはない。しかし、クラーラはボリスの行方を知らなかったようだ。そのあたりにも何かあるのか…。
「目下の問題は薬草採取についてです。明日にでも、私は麓の村の様子を見に行きたいと思っています。」
「陛下自らですか?しかし、それは危険では。」
「私の姿を知っている人は少ないです。それに、ちゃんと自分の目で見て判断したいのです。私は、圧倒的にここのことを知らないから、聞いただけではわからないのです。」
「わかりました。では、私も御供いたします。」
「あなたがですか?はっきり言って、あなたでは目立ちすぎます。私は、村の実態が知りたいのであって、上辺だけの姿を見たいとは思っていません。」
華は断った。ユリウスは、遠目にも美形だとわかる上に、身なりがよすぎる。こんな人が側にいたら、聞ける話もまともに聞けないだろう。たとえ彼がお忍びで来ていたとしても、この顔ではバレバレだ。村総出の接待を受けたいのならともかく、こんな人間を御供にしていては到底、華の目的が果たせるとは思えない。
「ちなみにあなたがここへ来たことを、どれだけの人が知っていますか?」
「一部の主だったもの、数名だけです。その他の者には、少し休暇をとって地方に出ていることになっております。騒ぎ立てれば、どのようなことを引き起こすかわかりませんでしたので。あとは、平常通りにさせております。」
それは、賢明だ。華は彼の行動を肯定するように頷く。
「あなたは、私が今、ここでしようとしていることについて反対はしないのですか?」
「ここへ侵入するものを捕まえるのは、この土地の主の権限です。私に否やは言えません。しかも、侵入者は王都から来ているいるとのこと。私としても、犯罪者をこれ以上のさばらせるつもりはありません。だから、事情聴取の立ちあいを許可していただきました。村のことは、ドラクール公領の領分になりますが。」
「な、ドラクール公領?!」
「そうです。薬草採取で潤っている村は、ドラクール公領のアルゼ村です。」




