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101(ワンオーワン)   作者: 叢雲弐月
101人目の魔境王
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王のためのブック

「少なくとも私は、あのブックが儀式に使用される以外の使い道を知りませんでした。使用されている所を、見たことがなかったのです。


王は契約後、魔力が身体を通るようになり、魔法が使えるようになります。通常、後見役が用意した教師などについて、学びます。


杖を作り、火をつけるとか、水を出すとか、そういった簡単な魔法の発動の仕方を覚えることになります。


それから、魔法陣を描くことを学びます。魔法陣は、自分でインクを作り、羊皮紙に描き込みます。


そして、ブックを作製するのです。


自分のインクと魔法陣でないと、簡単な魔法以外は発動しない、他人のブックは使えないと私は学校で学びました。


そうやって、ある程度使えるように練習してから、魔境王としてのお披露目をすることになります。


魔力を流すことができないと、『はじまりの王』のブックに登録することができませんし、魔法が使えないと浄化もできません。


登録した上で、皆の前で簡単な浄化をしてみせ、初めて魔境王の戴冠式が成立します。」


「ということは、王はあのブックに登録だけして、あとは自分で作ったブックを使って浄化を行うってこと?おまけに、王の召喚から戴冠式までかなりの時間がかかる?」


 華の言葉に、ユリウスがうなずく。いきなり山のてっぺんで、あちらに向かって魔力を放ってみろ、と言われた華とは、まるで違うやり方で王は魔法を習っているようだ。習得方法が整っているぶん、別の方法を考えたり、試す機会がないみたいだ。召喚されてから、そのようなことをしているのなら、お披露目まで時間がかかってもしかたがないだろう。


「ええ、その通りです。早い王でも二カ月くらい、遅い王で一年近く間があきます。


ただ、すぐにはっきりとした予定が発表されることはありませんが、その前に、見通しのようなものは報告されます。


それによって我々は、だいたいの予定を知るのです。王は、他の魔法はともかく、浄化の魔法だけでもなんとか出来るような状態になってもらうことが一番重要視されます。


言い訳をするようですが、その時間のせいで、我々は陛下の苦境を知ることができませんでした。本来なら後見役は、王をお預かりしたという重い責任を持って日頃のお世話をし、魔法の勉強をしていただけるような環境を整えることになっているのです。


そのため、正式なお披露目をするまで、他領の者や我々は王と接触することはできない決まりになっています。


王は、慣れない環境の中で、今まで扱ったことのない魔力を使い、魔法を発動しなくてはなりません。


その邪魔になるようなことをしては、この魔境全体の損失になるため、厳しく禁止されているのです。そして後見役は、その期間を利用して、王との良好な関係を模索することになっています。」


 なるほど。そのタイムラグと隔離された状態が当り前なので、華が酷い目にあっていることが外にもれることはなかったのか。王の戴冠までに時間がかかり、他から干渉を受けることがなければ、プラーガ城から華がいなくなったことも世間に知られることなく、ある程度ごまかせる。


 あのいけすかない、コルンバヌス教会のヨハン・ランゲ主教代理が言っていた、そろそろ戴冠式の予定だけでも発表されてもいいはず、というのは、この、おおざっぱな見通しのことをさしていたのだろう。


 ゾルタン・ヴァルツァーレクは果たして、華を探しているだろうか、それとも…。彼は領主になって日が浅く、指導役をするはずの前領主も行方不明。領内は、ごたごた続きな上、側にいる伯母は領主のことを『かわいそう』と言う始末。


 ゾルタンの願いが何かなんて、華は知らない。知ったことじゃないと思っている。華は、神様じゃない。ただの学生。


 自分の願いは、自分で努力してかなえるもの。人に頼ったりするものじゃない。ドラクール領に問題が起こっているのなら、それを解決すべきは彼らだ。王が来れば全て解決する?たった一人の人間が来て、それが解決してしまうような簡単なものだったら、彼等はいったい今まで何をしていたの?


 王がいれば何もかもが上手くいう、という他力本願な幻想は捨て去ってもらわなくてはならない。ゾルタンと契約して後見にするかどうかと聞かれたら、今の段階では、それはない、という他ない。クラーラとは、顔を合わせたくもない。できれば、二度と会いたくない。それが華の本音だ。


 目の前にいるユリウスにしてもそうだ。行き掛かり上、会って話をすることにしたが、別に会わなくてもすむのなら、そうしている。わざわざここまで来たのに、ナーガラージャに大雪を降らされて立ち往生していると聞いたから、一度話してみよう、と思っただけだ。出来ればこれ以上面倒を増やしたくない。


 話を聞きながら、げんなりしていく。なんだって自分はこんな面倒な立場に立たされているのだろう?自分で納得し、志願してここに来たというのなら話は別だ。でも、そうではない。


 やっかいだと感じているのは、ユリウスのほうも同じなのだろう。どうしてよりによってこの人が来たのか、と相手も思っているだろう。相手はすでに酷い目にあっていて、ユリウスに協力的とはいえない。おまけに、命がけの誓約までさせられた。


 泣きたいのは、お互い様だ。


 この国のシステムの話は、聞いているぶんには面白い。でも、その渦中に放り込まれ、自分がそこに立たされるとなると話は別だ。


 ユリウスは説明を続けた。


「このようにして、魔法をある程度習得してから、王として浄化活動をはじめてもらうことになるのです。杖とブックを使えば、簡単な詠唱で魔法が発動するようになります。


魔法陣を使わず、詠唱のみで魔法を使うこともできますが、その際の詠唱は大変長くなると聞いています。元来、他人のブックは発動しにくく、使えないことがほとんどだと私は学校で教わりました。


先ほども言った通り、魔方陣も自分で描かなくてはなりません。魔方陣を描くには、自分の魔力を通した専用のインクを使います。


ですから、『はじまりの王』のブックが陛下によって使用されていたことに私は驚いたのです。陛下は、こういった認識をいともたやすく打ち破ったのです。」


 華は、となりにいるナーガラージャのほうを見た。


「ナーガラージャ、あのブックって、王の為のブックだって言っていたよね。」


「うむ、嘘ではないぞ。ゲオルギウスから我は、そう聞いていた。あれは王の為のブックで、王しか使えないものだと。」


 華の思い違いではなかった。だからこそ華は、迷うことなく魔力を通し、転移の魔法を使ってこちらへもどる方法を選んだのだ。まさか、他人のブックがほとんど使えないものだとは思わなかった。魔方陣を描くインクすら、自分の魔力を帯びていないといけないとは…。


 それは、そういった知識が自分になかったから、できたことなのかもしれない。その情報を知っていたら、華は『はじまりの王』のブックを使うことはなかっただろう。


 華がそのブックを使ったのは、ナーガラージャに言われたこともそうだが、魔物達が杖もブックも詠唱も無しで魔法を使っていたことを見て知っていたことが大きい。ブックに描かれた複雑な記号の魔法陣。あれがなくても、魔法は発動するのだと…。


「もしかして、『はじまりの王』の意図するものが、後世の人に伝わっていないとか?当時の人にとって、あまりに偉大な存在だったから、亡くなってすぐ、神格化みたいなものが始まってしまい、王のためのブックであるにもかかわらず、聖遺物みたいな扱いになってしまったんじゃ…。」


「確かに、そういったことはあるかもしれません。ですが、他人のブックで魔法が発動しにくく、ほとんど使えないというのは本当のことなのです。」


 華は、首をひねった。それではどうして、あのブックは簡単に発動できたのだろう?


「……親和性の問題?」


「親和性?どういうことですか?」


「この間、ナーガが自分の鱗を使って私の為に裁縫用の針を作ってくれたんです。最初は普通に手で縫っていたのだけれど、それを見ていたナーガが針を魔法で動かすことを考えついて、運針の魔法を作ってくれて…。その時、自分の鱗で作った針を使う魔法だから、魔法が馴染みやすいとか、そういう話をしていたことがあって…。」


「馴染みやすい…、ですか。」


 華の頭の中では、何かがつながって腑に落ちそうな話も、ユリウスには通じていないようだ。彼は、この世界の常識の中で生きている人間だ。そこにどっぷりとつかり、当り前が当り前でなかったことにとまどいさえ感じている。華は、ここの常識を知らず、あちらの世界でたくさんのファンタジーを見聞きしている。こうなったらいいな、という夢を科学の力で実現していく様も。


「誰かのブックを借りて、実験してみたいですね。どの程度使えるのか検証してみたら、面白いかも。もしかしたら、あのブックにナーガの鱗が使われているのかもしれないし、あとは…。私がこの世界の人間でないから?。王は皆、別の世界の人間だから。」


 よそ者だから、この世界の人間が当然持っているパーツが身体に足りない。


 そして、足りないからこそ、この世界でその特殊性を発揮し、契約者の魔力を使って魔素を浄化することができる。いわば、この世界の者からしたら異常なことができる者。それが王なのだ。


「ん、まって。王の為のブックなんでしょ?だからやっぱり、別世界から来た人間の特殊性が関係しているのか…。魔力を持っていないから、固有の魔力が当然ない。だから、契約した者の魔力を使うことができる。しかも、分け与えても減ることがない。なんというか、例えるなら何色にも染まり、その都度色を変えることができ、誰かにその色をプレゼントするのも、コピーをわたしているような感じで…。」


 王は、この世界における異端。この世界ではありえないことをやってのける、可能性がある…?


 華が考え込みながら、ブツブツと呟いているのをユリウスはじっと見つめている。


「魔力がないからこそできる、特殊な能力、ですか。検証してみなければわかりませんが、それが王ならねばの特性だと言われれば、そうなのかもしれません。」


「もしかしたら、あの『はじまりの王』のブックの中に、もっと何か情報があるのかもしれません。でも、儀式くらいでしか使わないようになってしまったのなら、忘れられていることは他にもたくさんあるのかも…。」


 やはり、あのブックは読まなくてはならない。手に入れたい。


 きっと、今では忘れられてしまった、たくさんの秘密を抱えているに違いない。百代の王が入れ替わる中で、形骸化してしまったものの中に、多くの秘密が埋没している。ブックの中に、全てが書かれているとは華も思ってはいない。けれど、何かを華に示してくれることだけは間違いないだろう。


 しかし、あのブックは王都の聖ゲオルギウス教会にある。あれを手に入れるには、この世界の王として戴冠する必要がある。そうしなくては、人々の信仰の対象となっているあのブックを合法的に手にすることはできない。


 きっと、今の状態でも読むことはできるかもしれない。だが、そこで読める情報が、全てとは限らない、と華は思っていた。ただでさえ、いくつもの条件付けがされ、閲覧制限がかかっているブックなのだ。今のこの宙ぶらりんな状態で、どれだけの情報をブックが開示してくれるか、華は疑問に思ってしまう。


「ホント、胡散臭い上、迷惑で厄介で面倒な男…。」


 華は、会ったこともないくせに自分を振り回すことになった原因のゲオルギウスを評し、忌々しげに呟いた。







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