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101(ワンオーワン)   作者: 叢雲弐月
101人目の魔境王
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琥珀の間

 琥珀の間とは、食堂のことだ。華が勝手に呼んでいた部屋の名前は、いつのまにか周囲に定着しつつある。見たままの名前なので、名付けとしては芸がないが、とてもわかりやすい。


 部屋に入ると、三人はすでに丸テーブルについていた。


「待たせてごめんなさい。衣装が重くて、着替えてました。」


 華は、軽く頭を下げて席についた。


「む、重い?」


「そう。重かった。特に王冠。頭が痛くなりそうだった。」


 そう言うと、ナーガラージャは片手をポン、と軽く打つ。


「そういえば、そうであった。大きさだけ変えて、重さは変えていなかった。」


「気にしないで。あれって、おチビの為に作ったものを借りていただけだから。」


「む、では華には別のものを作ってやろう。」


「え、いいよ、いいよ。ナーガにはもう、いっぱい貰っているんだから。私、ナーガにもらったネックレス、肌身離さず、いつも首にかけてるよ。」


 華は、首元からちらりとのぞくネックレスを示した。


「うむ、そうか。気にいってもらえてよかったのだ。やはり、ちゃんと使ってもらえるのはうれしいものだ。」


「うん。このカトラリーだって、使い始めたら、手放せないし。」


「うむ、そうかそうか。」


 ナーガラージャは、華の答えに満足そうだ。実際、華が彼にもらったものは手放せないものばかりだ。どちらも装飾のためではない。片や毒消し、片や防御。自分の命を守るために必要不可欠なものだ。


「さ、それじゃ、さめないうちに食べよう。いただきます。」


「む、いただきます。」


 華に感化され、今ではナーガラージャまでもが、手を合わせていただきます、と言うようになっていた。テーブルについている他の二人、ユリウスとクリシュナは、それを怪訝な顔で見ている。


「む、どうしたのだ?食べないのか?」


 ナーガラージャが声をかける。すると二人は両手を組み、華が孤児院で聞いた、あの言葉を言った。


「はじまりの王と、おおいなるものがもたらす恵みに感謝を捧げます。」


「む、なんだ、その言葉は?なぜ、ゲオルギウスとおおいなるものに感謝するのだ?」


「私が『いただきます』と言うのと同じことだよ。ま、初めて孤児院で聞いた時は、私もびっくりしたけど。」


 ユリウスは、華の言葉を聞いて驚いたのか、すぐに反応してきた。


「どういうことです、陛下?なぜ、孤児院であげる感謝の祈りを知っているのです?」


「あー、それは…。」


 そういえば華は、教会でクリシュナに会った時、孤児院の話はしていなかったような気がした。それにしても、なんて目ざとい。結構、細かい人なのか。


「ちょっと必要に迫られて、王都で一泊したからです。そうだ、クリシュナ。教会では助けてくれて、ありがとう。」


 華は、とってつけたようにお礼を言った。


「ん、ああ、別にたいしたことはしてないぞ。」 


「ううん。クリシュナがいなかったら、私、あそこで一晩じゅう、あーだこーだと悩んでいたと思う。いろいろ教えてくれて、本当に助かった。おかげで無事にここに帰れることができた。だから、ありがとう。」


 後になって思った。あの教会でクリシュナに会えなかったら、華はブックに触れることすらできなかった。空中に浮かぶブックに手を出すことができないまま、一晩じゅう、指を加えて悶々としていたことだろう。


「そうか。」


「陛下、よろしいでしょうか。」


 さすがにユリウスは、華が簡単な一言ですまそうとしていたことを見過ごさなかった。


「何かしら。」


「私は、陛下に聞きたいことがたくさんございます。さきほどの広間の話でも、思いました。どうしてあのような薬と子供に関する話を知っていたのか、私は気になります。それに、孤児院で一泊したというのは?」


 やはりそこか。まあ、たとえ一泊とはいえ、なぜそんなところにいたのか疑問に思うのは仕方がないだろう。


「ええと、言いたいことはわかるけれど、食べてからにしませんか。私もあなたに聞きたいことがたくさんあるし、そのほうが落ち着いて話せると思うので。」


「わかりました。」


「ああ、そういえばあなたは、食べる暇もないほど仕事漬けなんでしょう?ここの食事は、とてもおいしいから、たくさん食べてくださいね。」


 華が普通にカトラリーを使って食べているのを、彼は少し驚いたような様子で見ていた。ナイフやフォークが使えることぐらい、普通のことだと思うのだが、孤児院育ちの彼にとってはそうでないのだろう。歴代の王もまた、色々な人間が召喚されていただろうから、地域や階層によっては、使えない者がいてもおかしくない。


 そういえば、ユリウスと最初に会った時、華は脛のところに穴が開いたジーンズと着古したシャツ姿だった。あちらの世界では貧民だったと思われていたのかもしれない。だから、カトラリーが使えること一つで驚くのだ。貧乏だったのは確かだが、あちらでは古着のジーンズが高値で売られ、新しいものもわざと加工してダメージを与えたりすることがある。逆に、きらびやかな宝石に見えても、フェイクだったりする。価値観の違いは、簡単には埋まらないだろうな、と華は思った。


 食事は、すぐに終わった。華は根っからの庶民だし、ナーガラージャとクリシュナは幻獣、ユリウスは貴族で総主教ではあったが、元は庶民だ。華達が、ぱくぱく食べているのを見て、ユリウスも同じように早く食べていた。早いことは早いのだが、さすがに貴族歴が長いぶん、優雅に食べるコツのようなものを会得しているのだろう。食事中の姿勢が、とても美しかった。


 まあ、この人の場合、出自のことがあるから、こういったことで手を抜くと、すぐに揶揄される原因になるだろうから、意地でも自分にたたきこんだのだろうな…。そんなことは、見ていなくてもなんとなく想像できる。やらなければ、彼はこの地位に昇り詰めることはできなかっただろうし、やらざるをえなかったのだろう。


 だからといって、警戒をゆるめることはできないけれど。


 食器類が下げられ、お茶の用意がされはじめると、華は先手必勝、とばかりに先に口を開いた。


「それで、クロイツェル様、あなたがどうしてここに来たのか、聞いてもいいですか?」


 ユリウスは、華の一線引いた感のある態度をものともせず、まずは笑顔で指摘してきた。


「陛下、私に対して敬語を使う必要はありません。陛下はこの世でたったお一人しかいない、尊い魔境王なのです。どうか私に対して、お気を使われませんよう。それから私のことは、ユリウス、と呼んでください。」


 はりついた感じのある笑みが、うさんくさい。だが、貴族間の上下関係においては、この笑顔が通常仕様なのだろう。


「私は確かに、王としてこちらに連れてこられたかもしれませんが、未だに納得はしていません。私より年長のあなたが、私に対してへりくだる必要はありません。私は、ただの学生でした。この世界の総主教という地位についているあなたを、年下の私が呼び捨てにするのはどうかと思います。」


 むやみにフレンドリーさを演出され、距離を縮めてこられても困る。華は、色々な権利を自分で確保しなくてはならない。うやむやにされてはいけないものがたくさんある。


「そういうわけにはいきません。私が総主教という地位にいるからこそ、率先して皆の模範とならねばなりません。私が陛下をないがしろにすれば、私よりも下の地位にいるものは勘違いをしかねません。私自身もまた、陛下を尊んでいない、と周囲にとがめられることになります。」


 相手もさるものだ。しかし華は、ユリウスの言っていることは正しい、と思った。立場が上のものは、自分の言動が周囲にどれだけの影響を与えるか考えて行動しなくてはならない。上に立つ者の一言で、下の者は右往左往するはめになるからだ。


 だが、考え方が正しいからといって、それを全て受け入れられるわけではない。華の言葉は自然、言外を思わせる皮肉げなものになる。


「それは、私がきちんとした形で王の地位についており、公に周知された席であるのなら、そうでしょう。でも、私はそのような立場にいません。それでなくても私は、女だから違うと言われ、しまいには捨てられた者です。私がいると困る人達もいるようですし。」


「それに対しては、私の至らなさを恥じ入るばかりです。今回の陛下の困難は、全て私の責任であると思っております。もちろん、私が陛下に対して害をなすようなことを指示したことは一度もありません。それだけはどうか、信じていただきたい。ですが、選定公による後見人選定、及び魔境王の召喚の総合的な責任者は、私です。」


 それは、最初からわかっていた。あれは、ドラクール領の問題と大きくかかわっている。ユリウスは責任者かもしれないが、彼自身が華にひどいことをしたわけではない。華は感情的にはならず、問題を区別する。


「今回の召喚は、私が総主教となって初めてのものでした。私は、義父の行った手順を順守し、後見役に言い渡す言葉もそれを手本にしたつもりでした。ですが、それでは足りなかったのだと、今ではわかります。ドラクール公領が問題を抱えていることは知っていました。ゾルタン・ヴァルツァーレクも、領主としては未熟でした。私はもっと、やるべきこと、言うべきことがあったのではと、考えてしまいます。言い訳をするようですが、選定公領はそれぞれの選定公の領分のため、私が領内のことに口をはさむことは、少し難しいのです。」


 どうやら総主教とはいっても、この世の全てのことに関与できるわけではないようだ。各領は、独立性が高く、ゆるく連合しているような状態なのだろうか。おまけに、彼にとって初めて迎える王とのこと。ユリウスが総主教になったのは、わりと最近のことだったのかもしれない。ということは、彼も総主教としては初心者?


「後見人選定とは、どのようにして行われるのですか?私は、この世界のシステムというか、常識のようなものが全くわからないのです。ナーガラージャと契約するまで、私はクラーラ・オルヴァの話す言葉しかわかりませんでした。はっきり言って私は、彼女のことを信用してはいません。聞かされた話も、どこまで信じていいものか、彼女の一方的な思い込みも入っていそうで、鵜呑みにできないと思っています。それに、私のいた世界に、魔法や魔物は存在していませんでした。ですから私には、この世界で起こることが、あり得ないことだらけ、わからないことだらけです。ここの人達にとってはごく当たり前な常識が、私にはないのです。圧倒的に必要な情報が足りません。あの領内の問題も、具体的なことは何もわからない状態です。」


 華は、知識を求める。考えるためには、材料が必要だ。自分なりの判断を下すためには、まず情報がなくてはできない。


「わかりました。では、少しずつ、陛下の質問に答える形で、ご説明していきましょう。わからないことは、その都度聞いてください。私の出来うる限り、答えていきます。まずは、後見人選定についてですね。魔境王の在位期間は召喚されてから亡くなるまでです。途中で引退するようなことはありません。王が崩御されると総主教は葬儀と同時に次代魔境王の後見人を選定公から選ぶ儀式を行うことになります。場所は、王都にある聖ゲオルギウス教会です。最初に王の崩御を報せ、選定公を呼び、葬儀を行います。続けて、次代魔境王の後見役を選ぶための抽選を行います。」


「抽選?くじ引きなのですか?」


 なぜ、くじ引き?クラーラは、魔境王の選出が抽選だと言っていたはずだけれど。



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