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101(ワンオーワン)   作者: 叢雲弐月
101人目の魔境王
101/518

記録されるもの

「陛下のおっしゃることはもっともです。ですがそれでは、薬を得ることができなくなるであろう者たちが困ることになります。陛下、私に出来ることでしたら、なんでもいたします。私はこの世界の総主教であり、責任者です。罰するのであれば、私を罰してください。その代わり、どうか、どうかお願いいたします。陛下、及びカーデュエルの主様の寛大なる御心で以て、その者達から薬を取り上げるような無慈悲なことだけはなさらないよう、お願いいたします。」


 ユリウスの必死の懇願に、ナーガラージャがそわそわしながら華の方を見ている。優しい彼が、うずうずしていることはわかっている。だが、ここで追及の手を休めてはならない。ここが肝心なところだ。


「あなたがそれほどまで願うというのなら、考えないでもない。私も少し、考慮しましょう。でも、その前にあなたには、約束をしていただきましょう。」


 途端にユリウスの顔が険しいものになった。警戒していることが如実にわかる。


「何を約束すればいいのでしょうか。」


「あなたは先ほど私に向かって、出来ることならなんでもすると言いました。だから、その言葉通りにしていただこうと思うのです。」


「それは、契約しろいうことですか?」


 なるほど、こういう場合でも契約をすることがあるのか。彼が言っているのは、魔法を伴う契約のことだ。それはなかなか拘束力の強そうな契約だ、と華は思った。


「私はこの世界の人間を信用していません。そのような契約を結べるのなら、それもいいでしょう。私が死ねば、あなた方は多少無理をしてでも別の王を呼ぶことができるでしょうから、そのほうが都合がよいと思うかもしれません。でも、以前と違い私に関する守りは厳重なので、毒や攻撃で私が簡単に死んでしまうことはないでしょう。仮に死ぬことになったら、今度はナーガラージャ達があなた方を容赦しないでしょうし、それはそれで大変そうです。」


「うむ、当り前だ。我が我の庇護する者に仇なすものを許すわけがない。」


 ナーガラージャが華の言葉を追認する。これ以上ない、後ろだてだ。


「ですから、できないこと、心にもないことは言わないことです。私はあなたがまだ少年といってよい頃、この森に入ってクリシュナを得たという話を聞きました。養子先の奥方に、一筆書かせたことも知っています。」


 ユリウスは、驚いた顔をしている。まさか華が、そういった話を知っているとは思ってもいなかったのだろう。


「奥方に一筆書かせ、それをあなたは実行させたのですよね。私があなたと同じようなことをしても、実行していただけると私は期待してよいのでしょうか。それができるというのなら、契約していただきましょう。」


 華はそう言って、にっこり笑って見せた。はったりもいいところだ。心臓がばくばくいっているのを押し隠しながら、華は交渉を続ける。これはある意味、戦いなのだ。この世界の人間達の思惑通りに進むつもりなんて、さらさらない。


「もちろん、無理強いはいたしません。」


 逃げ道が逃げ道になっていないことを知りながら、華は相手を追い詰めていく。ところがユリウスは、そこから逃げることなく答えた。


「わかりました。おっしゃる通りにいたしましょう。」


 すかさず、ユリウスの側に立っていたジェイドが、どこからか再び鏡を取り出してきた。相手を映し、計り、悪しきものを退けるとナーガラージャが言っていた鏡だ。その鏡をユリウスに向け、おごそかにこう言った。


「この鏡は、お前を映すもの。映ったものは、お前を語る。私は映ったものを記録する。違えれば、お前はたちまち呪われるであろう。お前は心せねばならない。」


 その表情は、決して華に向けられたことのない、厳しいものだ。華は、自分が言われたわけでもないのに、思わず唾をごくん、とのみこんだ。


「な、ちょ、ちょっと待て。そこまでする必要があるのか。」


 それまでずっと黙って話を聞いていたクリシュナが、初めて口を開いた。


「なあ、ユリウス。こいつの言っていることをよく聞け。シンロクの鏡を甘く見るなよ。そいつは、計る者だ。この鏡の前で口にする言葉は、一切の妥協のない誓約になる。文字通り、命がけの誓いだ。それも、自分の魔力で自分を縛るものだ。」


「大丈夫だ、クリシュナ。私は私の誓いを果たすまで。」


 ユリウスは、ジェイドの言葉にもひるむことはなかった。彼にはそれなりに、覚悟があるようだ。それでもクリシュナは心配そうな顔をしている。


 だが、ユリウスはその場で片手をあげ、声も高らかに宣言しはじめた。


「魔境国総主教、ユリウス・クロイツェルは『はじまりの王』に誓い申し上げます。我、第百一代魔境王、ハナ・ヤマダ陛下の杖となり、剣となり、常に陛下の側を離れず、陛下に仇なす悪しきものを退け、誠心誠意お仕えし、生涯に渡る忠誠を陛下に捧げることを、今ここに誓います。どうぞ私の心よりの誓いをお許しくださいますよう、伏してお願い奉ります。」


「許します。」


 ジェイドは、ユリウスに向けていた鏡の表面を手で回すようにぐるっとなぞり、いきなり鏡の中央に手を突っ込んだ。割れるかに見えた鏡の表は水面のように中心から銀色の波紋を広げ、ジェイドの手をのみ込んだ。彼女はすぐ、鏡の中から手を出してきた。手を取り出すと、鏡はまた、普段通りの表を取り戻していた。


 取りだされたジェイドの手には、何かが握られていた。彼女は、鏡から取り出したらしいものを華に向かってうやうやしく差し出した。


「華様、こちらは記録でございます。宣誓を行った者の言葉に魔力が宿っていると、このような石ができるのです。これが濁った時は、誓いにもとる事をしようとしている時。そうなると、自らの宣誓を破ったとみなされ、呪いに侵されることになります。いわばこれは、命をかけた誓いの記録です。この石が砕けると、相手は死にます。華様は、この者の誓いをお受けになりました。その印として、どうぞこの石をお受け取りください。」


 華は、差し出されたものを手に取った。ユリウスの目の色と同じ、アメジスト色した石だった。本人の魔力で作られたということは、これがユリウスの魔力の色なのだろう。


 この石が透明感をなくして濁った時、ユリウスが呪いに侵され、砕けると死んでしまう?なんて物騒な石だ……。


 華は急に怖くなってきた。彼に譲歩してもらったり、融通をきかせてもらうために契約をさせようと思ってはいたが、まさかそれが、本人の命のやりとりをするような契約になるとは思っていなかったのだ。ジェイドが周到すぎる。


 言葉に魔力が宿っているとは、まるで言霊だ。自ら宣誓した言葉によって縛られてしまう、言霊の縛り…。


 砕けると死んでしまうって、この石、万が一、落っことして壊れたりしたら、どうなっちゃうの?衝撃を与えただけで、本人が苦しむようなことになったらどうしよう…。


 華は、ジェイドから石を受け取ったものの、それをどうしたらいいのかわからず、手の内にぎゅっ、と握りしめることしかできない。


 どこにしまっておこうか?なくしてしまったら困るし、部屋にしまっておいても、華はうっかり落としそうだ。やはり、早く魔法を習得しよう。ナーガラージャのように、収納の魔法を覚えないと…。


 それにしても彼はいつ、華の名前を知ったのだろう?どうしてここまでするのだろう?総主教とは、自らの命をかけてまで果たさねばならない役職なのか。


「一つ、聞いてもいいですか。」


「なんでしょう。」


「なぜそこまで、薬草のことにこだわるのです?」


 するとユリウスは、苦笑しながらこう答えた。


「私の母は、病気で亡くなっております。父はおらず、母一人子一人の家庭でした。ですが、幼い私を抱えたまま、母は病気になりました。家は貧しく、薬代などありませんでした。ですから私は、流行り病などで私のような孤児が出ないようにしたかったのです。ですから陛下、どうか彼らから薬を取り上げるような真似だけは。」


 納得しやすい答えだった。孤児院にいたアランも、病気によって母と妹を亡くしたと言っていた。アランの兄、ローレルよりも彼は少し年上のようだが、母親を亡くしたのは同じ頃だったのかもしれない、と華は思った。


「私は先ほど、こう言ったはずです。別の手段を考えるべきだと。お店に欲しい品物があるのなら、訪れた人間は対価を払って欲しい品物を得るはずです。あなた方が、このカーデュエルに欲しいものがあるというのなら、それ相応の話を通し、相手に対価を払うべきでしょう。カーデュエルの資源をあてにして、あそこからとってくればいいくらいにしか思っていないから、森が閉ざされた途端、薬が流通しなくなるという発想になるのではないですか?私がいつ、薬草を流通させないというような話をしました?」


 ユリウスは、目を見開いた。


「それでは、陛下は最初からそのおつもりで。」


「当り前です。助けられる命は、助けるべきでしょう。薬草採りは許可制にするとか、資源を守るために、こちらから決まった量を渡すとか、やりようはいくらでもあります。私が全部止めてしまえと言ったところで、ナーガラージャが反対するでしょう。」


 なんだか華は、自分がひどいペテン師にでもなったような気分だった。





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